第3回 アーキニアリング・デザイン・アワード 2022


選考委員
福島加津也(委員長)(東京都市大学教授/建築家)、陶器浩一(滋賀県立大学教授/構造家)、磯 達雄(建築ジャーナリスト)、堀越英嗣(芝浦工業大学名誉教授/建築家)
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選考評(個別)


最優秀賞


最優秀賞:Yamasen Japanese Restaurant
ウガンダの地元技術と素材を用いた、ユーカリによる木造建築の実現
応募代表者:⼩林 一行(TERRAIN architects/テレインアーキテクツ)
共同応募者:⾦⽥ 充弘(東京藝術⼤学)、鈴⽊ 芳典(TECTONICA)、樫村 芙実(TERRAIN architects/テレインアーキテクツ)

【応募理由】ウガンダは赤道直下にありながら標高が1.2kmと高く、一年中快適な気候である。ここに生息するユーカリは、成長が早く現金化しやすいため、工事現場の足場や支保工として安価に販売され、利用後は廃棄されることが多い。耐久性、耐腐朽性に優れたこの材に注目し、大屋根を支える構造材として使えるよう丁寧に乾燥、製材、管理を行なった。各フレームは、現場で溶接・制作された5種類のスチールジョイントとボルトによって接合。基礎の焼成レンガや屋根の茅葺に至るまで、現地職人と共に最適な方法を探りつつ、構造的合理性も担保した。首都近郊の建設ラッシュの中で、現地の気候や文化、見過ごされてきた素材の価値を発信する拠点として認知され始めている。(小林一行)

【講評】アフリカのウガンダに建つ木造の日本食レストランである。地元職人でできる技術と、日常的に手に入る素材を用いて作られている。しかし、現地のものしかダメという地域原理主義に陥ることなく、透明感のある架構やスチールの金物など、現代的な要素と融合させている手さばきがすばらしい。
木材はウガンダで安価に流通しているユーカリを2×6に製材し、16組のフレームが高額な重機を使わずに人力だけで立ち上げられている。茅葺屋根や焼成煉瓦など、現地では見過ごされている素材もていねいに表現されて、新しい価値観を生み出している。
建築家は10年以上もウガンダで活動し、現地での建設活動を通して敷地の選定や機能の企画、工法や材料の選択まで関わってきた。それが結果的に良質な職人の育成となり、さらに地域住民にまで拡がり、この土地だからこそできる作り方が建築文化の種を植えることになった。
建築づくりを基点とした地域づくりは、現代の建築にとって世界的な関心を集めている。建築技術が発展途中で精度が低いウガンダだから、日本人が海外で頑張っているから、というステレオタイプを飛び越えて、この作品はものづくりの初源性を獲得している。(福島)


優秀賞


優秀賞:Stealth brace(ステルスブレース) 
開放的な歴史的木造建物への耐震補強
応募代表者:北 茂紀(北茂紀建築構造事務所)
共同応募者:井上説子、海津秀樹(伊藤平左エ門建築事務所)、松田仁、永峰馨、今森勝貴(神鋼鋼線工業)、田川英樹(FABSPACE JAPAN)、宮里直也(日本大学理工学部 空間構造デザイン研究室)、豊田尭博(北茂紀建築構造事務所)

【応募理由】ステルスブレースは、開放性の高い伝統木造建物に対する新しい耐震補強方法です。束にして橋梁などのケーブルとして用いらるφ7mmの亜鉛めっき鋼線を1本だけ使い、障子間に仕込むことで開放性を損なわずに耐震性能を確保することが可能となっています。また多くの試験を実施し、圧縮時の座屈防止、解体を最小限に抑えた施工方法、十分な靭性の確保を実現しています。竣工時にはその姿をうっすらと障子に映すだけの、目立たないことを目的とした耐震補強方法の提案ですが、AND賞ならば我々の想いを評価して頂けると考え応募させて頂きました。(北 茂紀)

【講評】文化財やそれに類する木造建築物を後世に残して伝えるには、建物の耐震化が必要となる。しかし、日本の伝統的な木造建築はその開放性を大きな特徴としており、壁を増やしたり、筋交を入れたりするといった方法では、本来の空間が備える魅力を大幅に損ねてしまう。この問題を解決するべく、応募者が開発したのが、⾼張⼒鋼で製作されたφ7mmの亜鉛めっき鋼線を、2枚の建具に挟まれたわずかな隙間に通して補強するという方法であった。好⽂亭楽寿楼で実際に施工された状態を写真で見ると、障子を透かして斜めの線が走っているのはわかるものの、その存在感は明らかに希薄化されている。既存建物の解体も最小限で済むことから、広く文化財の建築に普及が期待される技術である。この材料は、もともと長大な斜張橋のケーブルなどで用いられていたものであり、これを真逆な性質を持つ木造建築に活かした点も面白い。(磯)


優秀賞:一松山 本興寺 本堂建替計画
応募代表者:新関 謙一郎(NIIZEKISTUDIO) 
共同応募者:山田 憲明、香取 佑弥(山田憲明構造設計事務所)、加藤 忠弘(NIIZEKISTUDIO)

【応募理由】戦前より地域の檀家が気軽に集う場所となっていた寺の本堂の建替計画です。本堂を訪れた人々は低く深い軒下を抜けて、本堂の内部空間に入ることができます。低く深い軒は三角チューブ構造として鉛直荷重をねじれ剛性・耐力で両側面まで伝える仕組みとし、約3mの跳ね出しを可能としています。そして、6.5間四面の本堂内部空間では、屋根面を合板による折板構造として隅木を支え、さらに三角形骨組の合板充覆ユニットによって面外風圧を受ける広大な妻面と屋根面を支持しています。このユニットは壁が高く隅木までのスパンが小さい水上では耐風柱の役割が強く、壁が低く隅木までのスパンが大きい水下では屋根梁の役割が強くなるという、シームレスに役割が変化していく構造要素となります。(新関 謙一郎)

【講評】この建築は寺の本堂建て替え計画であり、方錐形屋根の本堂と会堂が対角で向かい合う特徴的な形態をした木造建築である。一見、主構造は方錐形状の折板構造で成り立っており、910㎜ピッチに配置されHP形状の内部空間を特徴づけている三角フィンは構造に寄与しない‟意匠”であるようにみえる。 改めてスタディ過程の話を聞くと、折板構造だけとすると高さのある妻壁を支持する大断面の柱と屋根をスパンさせるための大断面の梁が必要になるので、同一レベルで設定した軒と稜線および屋根面をつなぐ三角フィンの合掌を主構造としたことがわかった。一般的には折板構造で解いてしまうところだが、三角フィンの合掌が連続する構造を思いつき、そのことが単調な内部空間を引き締め、特徴あるものに昇華させている。「構造即意匠」は伝統木造の精神であるが、それを現代的に解釈した新しい木造建築といえる。(陶器)


優秀賞:出窓の塔居
応募代表者:藤 貴彰(tyfa/ Takaaki Fuji + Yuko Fuji Architecture)
共同応募者:藤 悠⼦(tyfa/ Takaaki Fuji + Yuko Fuji Architecture)、川⽥ 知典( 川⽥知典構造設計)

【応募理由】私たちは、意匠・構造・環境を高次に統合するデザインを指向し、環境シミュレーションを用いる他、素材や工法の新・再発見をしながら建築と向き合っています。
本賞の設立趣旨に「構造だけでなく環境を含めたエンジニアリングと建築(機能・空間・形態)との融合の有様をアーキニアリング・デザインと呼称し、ArtとArchitectureとEngineeringの関係を今一度とらえ直してみたい。」とあり、まさに私たちの目指すところでした。
最優秀賞には一歩及びませんでしたが、わたしたちと同じ応募者からの学びも多く、実りある審査会でした。審査員・運営委員・応募者のみなさま、同じ時間を共有できたことに感謝いたします。(藤 貴彰)

【講評】密集する都市における住居のあり方は、将来の気候変動、人口爆発の地域の増加の中で都市への人口集中は特に発展途上地域では今まで以上の密度となることが予測される。これまで都市の狭小住宅として建築家の提案が数多く行われてきていたが、今後は今まで以上に微環境、繊細な構造技術、コミュニティを育むおおらかな空間をAI等の様々な分野の先端技術を総合的に駆使して建築に取り組むことが必要になる。この提案はそれを見据えた未来への新しい可能性をもつ提案である。周囲を取り囲まれた狭小敷地に生まれる周辺との「隙間」を意味のあるポジティイブな「IN-BETWEEN」空間とするための変形八角形平面の中層塔状住居とし、最大延床面積と自然光を取り入れやすい出窓の形式を応用した、地震力に耐える「立体多面体」を細い柱で積み上げている。彫りの深い陰を持つ炭化コルクの外断熱外装は熱負荷を緩和し、昆虫が集まれる大木の表面という「自然」を作り出す。出窓開口部の光窓、出窓、壁窓が光と風を微妙に調整し環境負荷を低減する多面体の立体空間は町家や農家の不特定で近隣やコミュニティの居場所にもなるソシオペダルな空間を持つサスティナブルな空間を作り出している。(堀越)


優秀賞:グラウンドルーフ
応募代表者:藤村 龍至(RFA)
共同応募者:林田 俊二(CFA)、坪井 宏嗣(坪井宏嗣構造設計事務所)

【応募理由】小学校跡地のグラウンドを、隣接する高校が暫定的に利活用するプロジェクトである。スクールバス3台分の駐車場を内包する大きな屋根を持つ駐車場棟とトイレ棟、渡り廊下棟の3つの建築を設計した。比較的断面の小さな渡り廊下棟から構造材の材寸やモジュールを検討し、50mm材を500mmグリッドで組むことにした。駐車場棟では解析結果でNGがなくなるまで繰り返し検討し、必要に応じて段を重ね、最大40mmのむくりを付けた状態で溶接することで軽やかな屋根を実現した。こうした設計の仕方がANDの理念にも連なると考えていたが、審査では弱いところから決めるプロセスが面白いとコメントを頂き、勇気をいただいた。(藤村龍至+林田俊二+坪井宏嗣)

【講評】この建築は小学校跡地のグラウンドに隣接する高校が暫定的に利用するプロジェクトで、大きな屋根を持つ駐車場棟とトイレ、渡り廊下で構成されている。スケールも用途も違う3つの建築に共通するものとして50㎜角型鋼管を500㎜グリッドでの構成を見出し、大屋根は最大12mスパンを架け渡すため、必要に応じて互い違いに最大5段積層させ、さらに全体的に少し湾曲させた屋根架構としている。
小さなものの集積でできた架構が繊細で清々しい空間をつくりだし、即物的でありながら美しいデザインされている。
細い部材で作ろう!というエンジニアの欲でもなく、カッコいいカタチをつくろう!というデザイナーの欲でもなく、恣意性や作家の個性でもない。建築家と構造家の‟対話”の過程で作品が高められ洗練された建築空間を生み出していることに好感が持てる。 派手さとか、アクロバティックとか、複雑さとかとは別のところにあり、また、単にミニマルを目指しただけでないプロセスと出来上がった空間にANDの精神を強く感じる作品である。(陶器)


入賞


入賞:ステンレスの新しい表情を持つ HAGOROMO BENCH
応募代表者:長谷川 寛(竹中工務店)
  共同応募者:木下 拓也、小杉 嘉文、田中 匠、小林 大介、山田 基裕、小澤巧太郎(竹中工務店)、Gijs van der Velden、Filippo Gilardi、Kasper Siderius(MX3D)

【講評】応募者が所属する建設会社設計部のオフィスに置かれたベンチである。全体がうねるような不定形の連続面によって構成されている。この自由で複雑な造形は、座る、もたれる、寝転ぶなど、人間の多様な姿勢に寄り添い、様々なアクティビティを誘発するという狙いで採られたものである。この柔らかい形態を、ステンレスという硬い材料で製造する。これには、オランダのMX3D社とのコラボレーションで、ワイヤー&アーク付加製造による⾦属3Dプリントの技術が⽤いられている。先端的な技術が、建築の可能性をどのように切り開いていくのかを示す端的な事例である。書類審査の段階では、材料にステンレスを用いる必然性について疑義も生じたが、対面のプレゼンテーションで持参されたモックアップを手に取ることにより、連続溶接されたステンレスの質感の良さを確かめることができた。今後に展開されるであろう、建築本体への応用に、おおいに期待できる技術である。(磯)


入賞:流山市立おおぐろの森中学校   -サプライチェーンの構築から普遍的な技術の創造まで
応募代表者:小泉 治(日本設計)
  共同応募者:市丸 貴裕、草野 崇文、吉岡 紘介、中村 伸、角崎 康太(日本設計)、腰原 幹雄(東京大学生産技術研究所)

【講評】近年に大きな流れとなっている木造の教育施設である。千葉県産のLVLを用いた、耐震要素まで純木造の中学校だ。市松状で開放的な耐震壁は東京大学で実験を行い新しく開発されたものであり、平面計画の自由度と空間の連続性に貢献する。耐火は燃えしろ設計とし、慎重なモデュールの設定により歩留まりを高め、適正な性能とコストを実現している。材料の供給から耐震壁の技術開発、平断面計画にいたるまで、全体的に解像度の高い設計がすばらしい。しかし、日本でも有数の大きな設計事務所と大きな材木会社の協働を、サプライチェーンの構築ということと、LVLという木造の中で限定的な素材を普遍的な技術ということには、いささかの違和感がある。もちろん、1つの建築が大きなテーマを掲げることには賛成だ。木造という時代の空気感に流されることなく、これからも美しい木造建築をつくり続けてほしい。(福島)


入賞:千光寺頂上展望台 PEAK  -山頂に浮かぶ水平と螺旋の構造
  サプライチェーンの構築から普遍的な技術の創造まで
応募代表者:野田 賢(金箱構造設計事務所)
共同応募者:品川 雅俊(AS)

【講評】この作品は小高い山の展望台とロープウェイ駅舎の建て替え計画であり、途中既存展望台が解体されることになり、水平のデッキだけが空中に浮かぶような形態となった。機能的にはいわばシンプルな歩道橋であるが、起伏があり大きな岩が点在するという地形条件から、新設基礎による掘削を最小化すること、レベル差により柱長さが異なり曲げ抵抗の柱とすると偏心が生じること、という純技術的課題を解決するために逆V型の支柱を向きを変えて配置し、そのことで、単調になりがちな橋梁構造物に動きを与えている。橋梁の意匠というと装飾的なものになりがちであるが、土地に対して正直に、丁寧に向き合った建築家と構造家の対話により、シャープで特徴ある作品となって実現されている。(陶器)


入賞:WASTE PAVILION
応募代表者:濵﨑 拳介(九州大学大学院)

【講評】大学の学園祭に使う、仮設の構築物である。身近にあるが利用価値の低い素材を建材として、組立と解体の方法を工夫し、社会の当たり前となっている建築材料の使用と廃棄に新しい視点を与えようとする、小さいながら野心的な作品だ。軸組部材は広葉樹の小径丸太材で、通常はチップにしか使用できないほど変形して短い。その特徴をプラスに捉えて、小部材で大空間を構成できるレシプロカルフレームとしている。接合部には捨てられたペットボトルを、膜には捨てられたビニール傘を再利用している。基礎は建築実験用のコンクリートのテストピースである。施工は学生たちのセルフビルドであり、まさに建築をつくることが教育の一環となっている。このような大人の賞に飛び込んでくる、若者らしい勇気は大歓迎だ。
ただ、本当に社会に新しい視点を与えたいのならば、アップサイクルや環境負荷を抑えるなど、使い古されたキャッチフレーズは使わないほうがいい。(福島)


入賞:斜と構
応募代表者:加藤 大作(UND一級建築士事務所)
共同応募者:川⽥ 知典( 川⽥知典構造設計)

【講評】現在の都心木造密集地域で一般化してきている、ハウスメーカー、建売業者による定型化した3階建ての木造住宅が立ち並ぶ都市の空間に危機感を抱いた建築家の新たな提案である。定式化した、1階の狭い間口一杯に車の正面が並び、上階に新建材の目隠しバルコニーで閉ざされた周辺環境の画一的閉鎖的表情がうちに閉じこもる都市居住の生活をつくりだす現在よりも少し前の、乱雑ではあるが、生活感が表出するブリコラージュ的住まいのある路地の密集状態の再構成に可能性を見出す提案である。ここでは3階+塔屋の最大ボリュームの内側に微妙なズレを生み出す多様な階層を3次元的に傾けたダイナミックなスケールの立体ブレースが貫き、延焼の恐れの地域で縛られる開口部のサイズと網入りガラスを取り払う防火シャッターの採用で可能となる密集地域のスケールを逸脱したガラスファサードにより、定型が生み出す必然と思われている閉鎖的な都市の景観に新たな可能性を投じた提案である。(堀越)