建築(意匠)と技術(構造)の融合・触発・統合の有様を力強く志向する理念―アーキニアリングデザイン(AND)の言葉が日本建築学会から発せられたのは2007年。永年の思考を加速させたのは2005年に起きた耐震強度偽装事件。本来、建築が持つべき役割と魅力を社会に伝え、分野横断的な視点を建築界で共有する。その視点をカタチとして構築することが期待された。発案し、企画された「模型で楽しむ世界の建築」展には、古今東西の世界遺産、傑作・名作だけでなく話題作・問題作も選ばれた。そして2008年、AND展の開催。この年、「建築デザイン発表会」もスタートした。そこからの流れと12年の実績とがAND賞の設立へとつながった。
最近、「世界遺産」が大流行である。テレビ番組だけでなく、世界遺産を訪れる観光ツアーも盛んであり、日本での次期登録を目指す各地の候補推薦も目白押しという。
そして世界遺産の象徴ともいえる、文化と自然の価値をもった複合遺産の人気No.1は、なんといっても「空中都市マチュピチュ」であろう。アンデス山中深く、このマチュピチュを訪れたのは今から25年前の事である。吹き渡る風の中に、自然と文化が、ひとつに融けあった壮大な風景、ワイナ・ピチュを背にして眼下に広がるインカ帝国の遺跡の美しさは息をのむようであった。(中略)
ところで、石、水、街、といったキーワードで括ると、ポン・デュ・ガールやアルベロベッロといった魅力的な世界遺産が思い浮かぶ。日本の木造技術が生んだ数々の文化遺産もまた、その時代が生んだ、あるいはその時代に生きた人々の情念と叡智の結晶である。科学や工学が生まれるはるか昔から、経験と勘に基づく、たしかな「技術」があった。それが「匠」の世界であり、「エンジニアリングはサイエンスよりアートに近いもの」(O.Arup)と言われる原点になってる。
古代にはじまる文化遺産と今日の優れた建築とに共通するものはエンジニアリング・デザイン(ED)の視点ではなかろうか。「美しいものを合理的に」、あるいは「合理的なものを美しく」は人間がつくるあらゆるプロダクツに通じる基本理念のひとつであり、時として自然界にもそのアナロジーを見い出すことが出来る。インダストリアル・デザイン(ID)の思想や手法は、しかし建築の世界にはそのまま通用しない。多様性、個別性、即時性といった諸条件は、一般のエンジニアリング・デザインに比べはるかに困難な対応を迫ってくる。イメージ(求めるもの)をどう実現するかと同時に、テクノロジーの潜在的な可能性をどう引き出すかが今、強く求められている。
こうした視点をあらためて設定してみることはこれからの「21世紀の建築」を考える上で何かの示唆を得るに違いない。この秋、企画してる「アーキニアリング・デザイン展2008」(10/17~28・建築会館)の狙いはそこにある。
構造だけでなく環境を含めたエンジニアリングと建築(機能・空間・形態)との融合の有様をアーキニアリング・デザインと呼称し、ArtとArchitectureとEngineeringの関係を今一度とらえ直してみたい。これまでの、さまざまな歴史的発達過程と今日の状況を展望することにより、成熟したテクノロジーとデザインのゆくえを問いかけてみる。建築の面白さや大切さを市民にも伝えたい。そして次世代のエンジニアが、責任と共に「誇り」を持てるような世界の構築にも繋がらないだろうか。(中略)
そうした期待を共有しながら「建築」を愛する人たちの輪がこの夏、少しずつ広がっていくように感じられる。(建築雑誌 2008.9)
約12年以わたる国内外のAND展では、時には150点余の模型・パネルが並び、数多くのフォーラムが開催された。模型制作に当たっては完成された「作品」としての建築ではなく、そのプロジェクトがもつ固有の技術的テーマ(構造や環境)を明らかにし、デザインプロセス、しくみ(システム)やしかけ(ディテール)、素材や施工法などの表現に苦心した。そこから見えてきたものは2つ。第一に、「建築は織物だ」ということ。連綿と引き継がれる‘技術’のタテ糸は強靭であり、感性や社会的欲求を映す‘芸術’のヨコ糸により、時代の模様が描かれている。その交点には常に両者の葛藤や協同の物語がある。
第二に、「技術は空間を介して建築とつながっている」ということ。意匠が失われても空間はあるが、構造なくして空間は成立しない。イメージとテクノロジーの有機的な融合・協同の結果として、「美しく合理的な」「合理的で美しい」建築の空間・形態が生まれている。その歴史的検証が確かめられた。
IT時代の今日、AIやデジタル・デザインの話題は高まる一方である。コンピューターを背景にした解析や施工技術の向上は、かつてアンビルドとして果たせなかったカタチを全て実現可能にするかのような錯覚を誘い出している。知力とITをどう連動させるかは大きな課題であろう。
AND賞で評価したいと考える視点を次のように設定した。
● 発想から実現に至るデザイン・プロセス
● 個性的作品性だけでない普遍的技術の創造
● システム・素材・ディテール・工法などの新しい発想・工夫。
新築・恒久だけでなく、再生・適合・仮設もあり、スケールの大小、多様な用途・部位なども本賞の対象としたい。
ここでは一つの事例紹介として、AND展2019において展示された「平成30年間の軌跡ー構造技術が拓いた建築と空間」*から、上記視点からの「選奨」を試みたものである。(鉄構技術、2018.9)