第3回 アーキニアリング・デザイン・アワード 2022


選考委員
福島加津也(委員長)(東京都市大学教授/建築家)、陶器浩一(滋賀県立大学教授/構造家)、磯 達雄(建築ジャーナリスト)、堀越英嗣(芝浦工業大学名誉教授/建築家)
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選考評(総評)


第3回AND賞をめぐって
斎藤公男(AND賞実行委員長)

第3回となるAND賞2022の最終選考会も無事終了することができ、心より安堵すると共に、応募された方々、選考委員ならびに運営を支えて頂いた多くの皆さんに心より感謝申し上げる次第です。何事であれ、新しい試み(イベント)は三度目が最も重要といわれます。昨今の厳しい社会状況の中、今回のAND賞の成功は価値ある大きなステップを刻めたものと喜びにたえません。

コロナ渦がなかなか収束されない時期、第1回および第2回の最終選考会は建築会館大ホールにて行われたが、今回は日本大学理工学部の「CSTホール」へと選考会場を移すことが出来た。この建物の竣工は2003年。著名な建築家(当時日本大学教授)高宮眞介氏、渾身の力作である。わけてもこの1号館の6階にある「CSTホール」の空間デザインは他に類のない出来栄えと思っている。私が学科主任の際、教授一同の署名をまとめ建築設計を高宮氏にと、大学本部に嘆願した経緯もあった。AND賞の選考会として最高の舞台だ、と感慨はひとしおであった。

今回、第3回の選考委員長ならびに選考委員には昨年と同様に、福島加津也 (建築家)ならびに堀越英嗣(建築家)、陶器浩一(構造家)、磯達雄(建築ジャーナリスト)の各氏にお願いした。各自の建築界における永年の業績はもとより、様々な建築賞の審査経験が豊富であるということはいうまでもない。そして私が最も信頼のできるAND賞の選考者としてふさわしいと考える理由のひとつは、ある重要な価値観を共有していることである。それは2020年10月10日に行われた「AND賞設立記念フォーラム」での講演のなかで、期せずして山本学治(1923-1977)の論考「凧の糸」への同感の意が発せられていたからに他ならない。

AND賞への応募数は第1回は55件、第2回は40件、そして第3回は27件であった。応募件数の減少はある程度予想していたものの、問題は内容。件数だけでなく作品の質や評価も下降したら、と心配された。しかしそうした危惧は全く不要であった。10作品を選ぶ1次選考(12/17)から議論は沸騰した。惜しくも入賞を逃したいくつかは、別の機会に是非共もっと踏み込んだプレゼンを聞きたいものがあった。いずれ機会があれば…と願っている。

さらに最終選考に進んだ10作品はいずれも独自のテーマをもっており、建築的魅力と共に強い技術的創意や先端性を放っているように感じられた。実際に訪ねてみたい。そう思わせる作品ばかりであった。これは難航するな、との予感通り、各自のプレゼンを終えた後の選考会場は異様な緊張感に溢れていた。その状況は選考委員から発せられた「苦渋の判断との対面」の言葉からも充分読み取れた。各委員のコメントの数々は実に鋭く興味深いものであった。まさにAND賞に学ぶ、の感があった。

AND賞とは何か。その答えは定まっていないと思う。そこに参加する人々の思考と情熱とが創っていくもの。あらためてそのことが実感できたのも今回の選考会であった。最終段階では各々の選考委員が抱くAND賞に対する評価軸も吐露された。個性をにじませながらも大局的にはぶれない価値観が共有されていると確認された。そのことがAND賞の最大の特徴といえよう。

今回の「AND賞」に入賞した10作品をより広く深く伝えるために、昨年同様、今秋には建築会館・建築ギャラリーでのAND展(2023年11月1~8日)を開催する予定である。模型に加え、動画紹介も企画したいと考えている。

2007年に建築学会から発信された「アーキニアリング・デザイン(AND)」の小さな理念がさまざまなカタチで育っている。このAND賞もまた、あたかも” Butterfly Effect”の波紋のように今後につながっていくことを期待したい。


選考経過と総評
福島加津也(AND賞選考委員長)

昨年度の第2回に続いて、今年度に第3回のAND賞が開催されたことを大変うれしく思います。 前世紀の経済発展と進歩礼賛という単純化された目標から、現代の持続と発展の両立という重層的な状況の中で、工学と美学の融合を目指すアーキニアリングというテーマにはさらなる多様性が求められ、環境や建設、改修やものづくりにまで拡がります。このため、AND賞の選考委員も多様な分野になり、経験豊富な建築家として堀越委員、構造設計にとどまらず大学での教育や震災復興など幅広い活動をしている構造家の陶器委員に、日本では貴重な存在である建築批評家として磯委員に、若輩の建築家として福島、という4名で構成されています。

一次選考では、すでに多くの受賞を得ている著名な作品から、大学院生による仮設建築まで、幅広い分野から27作品の応募を得ました。その中から、AND賞の意義にふさわしい10作品が入賞として選ばれて、最終選考に進みました。最終選考は十分な感染対策を施した上で、対面とオンラインを選択できるハイブリッド方式を整えて、さらにYouTubeでのリアルタイムの配信を行うことで、幅広い方々に聴講していただきました。これらは、実行委員会をはじめとする関係者のみなさんの大きな尽力によるものです。

当日のプレゼンテーションは発表が4分、質疑応答が6分の計10分です。登壇者のみなさんの説明は分かりやすく、事前に十分な準備をしていただいたことが伺える発表でした。全体としてはどれも粒ぞろいで、先端的な技術の提案が印象に残ります。

10作品のプレゼンテーションの終了後に、最優秀賞を決める審査が始まりました。まず、4人の選考委員各審査委員がそれぞれの今年度の審査基準を明らかにしました。この中で、堀越委員の「統合力」、磯委員の「やり切ること」、陶器委員の「ものづくりのプロセスと対話」、福島の「初源性」が挙げられました。その後、1人4票で投票を行いましたが、満票の作品は1つもなく、3票が2作品、2票が5作品と、今年度はここで審査員の票がわかれました。多様性というAND賞の性格のため、最優秀を決めることが難しいことは予想していましたが、それぞれの作品の特徴や規模が大きく異なるため、議論がとても難しかったです。最終選考での議論の進め方は、次年度以降の宿題です。そうして、3票を獲得した「一松山 本興寺 本堂建替計画」と「Yamasen Japanese Restaurant」が残り、2票を獲得した5作品について2回目の投票を行い、3票を獲得した「Stealth brace」、「出窓の塔居」、「グラウンドルーフ」の3作品を加えて、合計5作品が最優秀賞の選考に残りました。 残った5作品には、1分の追加アピールの時間を取りました。審査員と登壇者の議論を双方向に活性化したい、という思いから、昨年度から始まった仕組みです。こうして、みなさんからのさらに熱いアピールを得ることができました。その後の最優秀賞の選考で審査委員が1人1票の投票を行い、堀越委員と磯委員と福島が「Yamasen Japanese Restaurant」、陶器委員が「グラウンドルーフ」を選びました。この投票の意向を確認して、全審査委員一致で「Yamasen Japanese Restaurant」を最優秀賞、他の4作品を優秀賞とすることになりました。

昨年もこの総評で書かせていただきましたが、この審査で議論されていたのは、今年度も建築の個別性と普遍性を両立することであったように思います。この普遍性と個別性の両立が現代の建築にとって重要な課題となっているのですが、近年の建築界でこのような議論が行われることがとても少なくなっているように感じています。複雑で難しいテーマかも知れませんが、AND賞での議論がその一助となることを期待しています。


選考を終えて

磯 達雄(AND賞選考委員)

審査の基準として重視したのは、前回までと変わらず、意匠と技術の高度な統合が果たされているかである。これに加えて、他の建築賞では選びにくい、仮設構築物や工法に類するようなものも積極的に拾い、審査のテーブルに乗せるよう心がけた。また、プロジェクトごとに異なる様々な設計条件をとらえて、一期一会の機会を活かしきっている作品を選びたいとも考えた。

今回の審査で1次審査の段階から感じたのは、提出された作品の全体にわたるレベルの高さだった。検討するまでもなく選から落ちる作品がほとんどない。これはAND賞も3回目となり、審査する側と応募する側とで、評価の基準が近づいてきたということなのかもしれない。レベルの高さは、1次審査を通過した10作品にも言え、最終審査においても、どれを選出するか、最後までおおいに迷うこととなった。

1回目の投票で選んだのは、「⼀松⼭本興寺本堂」「出窓の塔居」「WASTE PAVILION」「グラウンドルーフ」である。「本興寺」は、直線の木材によってこれまでにない象徴的な空間を生み出している。奥まるに連れて連続的に高くなっていく天井は、東京カテドラルをも想起させた。「出窓の塔居」は、狭小敷地の住宅において出窓という環境装置を活かし、それが構造にも人の居場所にもなっているというもの。「WASTE PAVILION」は大学の学園祭のためのパビリオンだが、身の回りのものを再利用するという手法が幾重にも織り込まれている。学生が取り組むプロジェクトととして、今後もこの水準のものはなかなか出ないだろうと思わせる出来だった。「グラウンドルーフ」は、ふわりと浮かぶ薄い屋根を、最適化の設計手法でつくり上げている。暫定施設の駐車場という、通例ならデザインが追求されにくいプログラムに対して、意匠設計者と構造設計者が共同することにより、街の中にたたずまいのよい構築物をつくることに成功した。こうした点を評価しての、4作品の選出であった。

この時点で審査員の票が割れたため、2票を獲得した5作品を対象とする2回目の投票が行われることとなった。この段階で選んだのは、「出窓の塔居」「グラウンドルーフ」「Stealth brace 」の3作である。「Stealth brace」は歴史的⽊造建物への耐震補強をどうすれば目立たないように行えるかに取り組んでいる。他の審査員からのコメントを聴きながら、この技術の普遍的意義について改めて認識するとともに、うまくいけばいくほど消えていく工法というのは、AND賞でなければ評価しにくい対象だろうとも考え、選に加えた。逆に「WASTE PAVILION」は、アップサイクルというテーマから実現した構築物への展開がストレートすぎることから、惜しくも落とすことになった。

ここまでの審査で、「本興寺」「Stealth brace」「出窓の塔居」「Yamasen Japanese Restaurant」「グラウンドルーフ」の5作が最終候補に残り、1作に絞る投票が行われた。ここで選んだのは「Yamasen Japanese Restaurant」である。1回目の投票では入れなかったのだが、追加のプレゼンテーションで見た、ウガンダの人たちによる建設の様子が印象的で、評価が高まった。ハイテックな技術も大事だが、人間がつくるための技術も大事だと、改めて考えさせられたのである。そして何よりこの作品は、出来上がっている建築が、ウガンダでつくられたものとして良いのではなく、世界中で建てられている建築の中でも良いという水準に達している。ヴァナキュラリズムを超えたところで、その合理的な美を評価できる点が、この作品を逆転1位に推した理由であった。


陶器 浩一(AND賞選考委員)

AND賞も今年で3回目となりました。3回目で少しペースダウンするかと思いきや全くそんなことはなく、組織のビッグプロジェクトからアトリエの小住宅、学生ワークショップに至るまで、今年も個性豊かな作品が並びました。これら多種多様な作品を横並びで評価することがAND賞の最大の特徴といえるでしょう。毎年述べていることですが、AND賞の評価軸は、ただ美しい作品や優れたエンジニアリングだけではなく、ものづくりのプロセスにあります。その中で今年の私のキーワードは「対話」にしました。エンジニアとアーキテクト、設計者と施工者、建築と社会、いろいろな「対話」があると思います。作品を創るプロセスで、お互いを高めあいながら「対話」のなかで作品を昇華させて行った作品に注目しました。

「一松山本興寺本堂建替計画」は方錐形屋根の本堂と会堂が対角で向かい合う木造建築ですが、最初資料を拝見した段階では、主構造は方錐の折板構造で成り立っており、HP形状の内部空間を特徴づけている三角フィンは構造に寄与しない”意匠“であると思っていました。改めてスタディ過程の話を聞くと、折板構造だけだと高さのある妻壁を支持する大断面の柱が必要になるので、同一レベルで設定した軒と稜線をつなぐ三角フィンの合掌を主構造とすることを思いつき、そのことが単調な内部空間を引き締め特徴あるものにしていったことがわかりました。「構造即意匠」という伝統木造の精神を現代的に解釈した新しい建築といえます。

「千光寺頂上展望台PEAK」は小高い山の展望台とロープウェイ乗り場をつなぐ歩道橋です。起伏があり大きな岩が点在するという地形条件から、新設基礎による掘削を最小化すること、レベル差により柱長さが異なり曲げ抵抗の柱とすると偏心が生じること、という純技術的課題を解決するために逆V型の支柱を向きを変えて配置し、そのことで、単調になりがちな橋梁構造物に動きを与えています。橋梁の意匠というと装飾的なものになりがちですが、土地に正直に、まじめに向き合ったスタディにより、シャープで特徴ある形態が実現されています。 「Yamasen Japanese Restaurant」は、ウガンダに建てられた商業施設ですが、設計者は以前から現地で継続した活動をしており、現地で入手可能な素材を選択し、‟その土地だからこそできる作られ方”を現地の人々と共に模索しています。途上国でのローカルな技術を用いるというとバナキュラーな建築になりがちなのですが、ただ現地の素材や構法のみに頼るのではなく、金物ジョイントなど現代的なものも用いながら現地の技術を応用した結果が、ここでしかできない洗練された建築を実現させたといえると思います。

「グラウンドルーフ」は学校に付属した暫定的な駐車場とトイレ、渡り廊下ですが、スケールも用途も違う3つの建築に共通するものとして、50㎜角型鋼管を500㎜グリッドでの構成を見出し、12mスパンの大屋根を架け渡すため、互い違いに最大5段積層させた屋根架構として少し湾曲させています。小さなものの集積でできた架構が繊細で清々しい空間をつくりだしています。即物的でありながら美しいデザインがされていて、単にミニマルを目指しただけでないプロセスと出来上がった空間にANDらしさを感じました。

これら4作品の「対話」が特に印象的でしたが、最終選考に残った作品はいずれもそれぞれ別の視点でANDの精神を具現化したものであり、その中から最優秀候補一点を選ぶのは非常に困難でした。 今年は最初から全員がイチオシするNO.1がありませんでしたが、そのことこそ、ANDというの多様性を示すものであり、ANDという概念が少しづつ定着してきたことの表れでもあるかと思います。


堀越 英嗣(AND賞選考委員)

第3回となるAND賞2022は新型コロナウイルスに加えてロシアのウクライナ侵攻という人類の危機が始まり現在まで続いています。そのような状況の中、科学技術力を平和と共存のために役立てること、小さく意義深い提案から、社会の構造変化に対応するプロジェクトまで、発見と協力によって明るい未来への道を開く提案、作品をAND賞として見出したいという気持ちで審査に臨みました。

今回27の応募がありましたが全体の印象は賞が目指す趣旨に合った真摯な技術的、芸術的追求の作品が殆どで、これからの社会を見据えた建築の役割を多くの方々が共有し始めた手応えを感じています。一次選考では票が分散したが、それだけに多様な視点を持った作品が多く、慎重な議論を経て10作品が2次選考へ進みました。

第一次選考から個人的に興味深かったのは「Yamasen Japanese Restaurant ウガンダの地元技術と素材を用いた、ユーカリによる木造建築の実現」でした。ウガンダは現在、世界最貧国の一つだが、22世紀初めには世界人口の38%となることが予想されるアフリカの人口上位10ヶ国中8位に入る将来の中心国の一つである。アフリカは広大な面積と埋蔵する資源を持ち、21世紀のフロンティアと呼ばれているが、将来の地球環境の鍵を握る地域でもある。現在日本も含めた先進国と言われる北側諸国は将来の地球温暖化を乗り切る先進的技術を生かした持続的発展の新しい価値観をアフリカと共有するべき時である。そのような状況で日本の建築家がグローバル資本主義に乗った消費社会のスターではなく、アフリカの将来のあるべき建築の姿を地域特性を踏まえた素材、技術を活用したサスティナブルデザインのモデルとして示すことは建築家、技術者のあるべき姿であり、それを実現していることは最優秀賞に相応しい。その努力に敬意を評したい。

優秀賞に残った4作品で、「出窓の塔居」は講評で記します。「 Stealth brace」は伝統建築を当時の姿に近い状態で展示することの視覚的障害となる従来の耐震補強ではなく土木分野の斜張橋の高張力鋼線のブレースを埋め込む画期的な技術とアイデアで、開放的な歴史的木造建物の耐震補強を実現している。「一松山 本興寺 本堂建替計画」は最先端の木造建築技術と意匠の融合の追求による王道の現代寺院建築である。「グラウンドルーフ」は、一見合理的と見える構造のサイズや形態を予め予想し、単純な形態に収めるという美学ではなく、構造限界をトライアンドエラーで探しながら徐々に正解の形態を発見していく最適なプロセスの追求という手法の提案である。予定調和的美学に収めるため無視されがちな微細な変化の形を発見することで生まれた形態は固定概念化されているモダニズムのシンプルさにはない生命的美学を感じる提案である。入選となった作品について、「斜と構」は講評で記します。「流山市立おおぐろの森中学校」はサスティナブルな木造の校舎を市松ブレースという技術の発見で新たな空間構成の可能性を示している。「HAGOROMO BENCH」はステンレス3Dプリントによる自由な形態ではなく新しい質感の実現に可能性を感じた。「千光寺頂上展望台 PEAK」は独創的建築アイデアを四つに組んだ構造設計者の優れた構造提案で実現している。最後に「WASTE PAVILION」は完璧に考えられたサステナブルな学園祭のパビリオンで、大学院生としての力量の高さに驚かされる。将来が楽しみな優秀な提案である。

最後に、残念ながら二次審査には進めなかったが、「SUMU」「RIPPLE」に不思議な魅力を「3,150▶2,700」「古平市複合施設」に真摯な追求の姿勢を評価したい。



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