第2回 アーキニアリング・デザイン・アワード 2021


選考委員
福島加津也(委員長)(東京都市大学教授/建築家)、陶器浩一(滋賀県立大学教授/構造家)、磯 達雄(建築ジャーナリスト)、堀越英嗣(芝浦工業大学名誉教授/建築家)
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選考評(総評)


第2回AND賞をめぐって

AND賞実行委員長 斎藤公男

当初、企画・予定されていた「AND賞設立記念フォーラム」は2020年4月であった。しかし急速に拡大したCOVID-19の波を前に、開催の延期を余儀なくされた。同年の10月10日 ―かつての東京五輪開催(1964)と同じ日― にオンライン配信という形ではあったが、選考委員3名、堀越・陶器・磯氏によるAND賞に対する強いメッセージが発せられ、AND賞のスタートがきれた。
第1回の応募作品数は55点。いずれもすぐれて魅力的な作品ぞろいであり、最終選考会で行われたプレゼンと意見交換、公開された選考プロセスは大きな関心と賛同を集めることができた。厳しい状況が展開しつつあるコロナ禍において、まさに「未来に向けて、ロケットが打ち上げられた」感があった。

それから1年経った2021年秋、コロナ禍は一向に収まる気配がなかった。2年目は大切だが、果たしてどうなるのだろうか。そんな心配にもかかわらず、40点の応募をいただいた。この事態の中で、まずは応募された皆様に心より感謝申し上げる次第です。

第2回となるAND賞の選考委員は4名の方々にお願いした。堀越英嗣(建築家)、陶器浩一(構造家)、磯達雄(建築ジャーナリスト)の諸氏は昨年と同じであるが、あらたに福島加津也氏(建築家)を選考委員長にお迎えすることができた。

今回も一次選考から議論は沸騰したようである。最終選考に進んだ10作品を見ても、その個性的な魅力と挑戦の姿には驚くばかりであった。作品は多様性に富み、いずれも優劣つけ難い強いメッセージを放っている。「選考」することの難しさと苦しさを共有するような緊張の時間を建築会館大ホールにおいて体感することができた。
最終選考会は昨年と同じくYouTubeをつかってライブ配信され、アーカイブが現在も視聴可能である。選考会の数日後には再生数は1000回を超えた。学生を含め若い人達も多いようである。

4人の選考委員から発せられたAND賞に対する視点や評価軸も興味深い。様々な「建築賞」と比べた時、「AND賞」とは何か。その方向性が次第に見えてきたような実感と期待とが交錯している。
一般的にみて「建築賞」の選考(審査)に大切なものは4つと考える。
1)賞に対する評価軸が理解されること。
2)出来得れば現地視察が可能であること。
3)選考プロセスをできるだけ公にすること。
4)受賞あるいは入賞作品に対する講評が記録・公開されること
。 AND賞では残念ながら2)の現地審査は行われないものの、他の要件をできるだけ満たすことが目標となっている。作品の完成度や個人業績だけでなく、プロジェクトにこめられたさまざまな協働や、設計から施工に至る発想・工夫、美しさと合理性の融合、個性的だけではない普遍的な創造性。漠とはしているがそうした力点と物語が形となって現われはじめている。第2回のAND賞選考からみえた第一の所感である。

あらためて「建築」を愛し、「デザインと技術の融合」に心寄せる皆様のご支援に心より感謝し、AND賞の今後の発展を楽しみにしたい。


選考経過と総評

AND賞選考委員長 福島 加津也

昨年度の第1回に続いて、今年度に第2回のAND賞が開催されたことを大変うれしく思います。
現代の日本では、成長社会から成熟社会へと大きく変化しつつあることを実感します。前世紀の経済発展と進歩礼賛という単純化された目標から、持続可能性と発展可能性という複雑な状況の中で、工学と美学の融合を目指すアーキニアリングというテーマは、さらなる多様性を求めて、環境や建設、改修やものづくりにまで拡がります。
このため、AND賞の選考委員も多様にならざるを得ません。経験豊富な建築家として堀越委員、構造設計にとどまらず大学での教育や震災復興など幅広い活動をしている構造家の陶器委員に、日本では貴重な存在である建築批評家として磯委員に、若輩の建築家として福島、という4名で構成されました。

一次選考では、すでに多くの受賞を得ている著名な作品から、大学の研究室の活動や家具のデザインまで、幅広い分野から40作品ものすばらしい応募を得ました。その中から、AND賞の意義にふさわしい10作品が入賞として選ばれて、最終選考に進みました。また、惜しくも僅差で入賞には届かなかった作品を、今年度から入選として表彰することになりました。ここには4作品が入りました。

最終選考は、昨年と同様にコロナ渦中での開催となりました。選考委員と登壇者のディスカッションが何よりと考え、十分な感染対策を施した上で、登壇者が建築会館大ホールでの対面とZOOMによるオンラインを選択できるハイブリッド方式を整えて、さらにYouTubeでのリアルタイムの配信を行うことで、幅広い方々に聴講をしていただきました。これらは、実行委員会をはじめとする関係者のみなさんの大きな尽力によるものです。

当日のプレゼンテーションは一作品の発表が4分、質疑応答が6分の計10分です。登壇者のみなさんにていねいな説明をしていただいたおかげで、資料ではわかりにくい内容までしっかり確認できたように思います。
10作品のプレゼンテーションが終了後、4人の選考委員が一人4票で投票を行いました。ここでは意外にも各選考委員の票がまとまり、3票以上だった4作品が最優秀賞の選考に残りました。
残った4作品には、これまでの選考委員との質疑応答を踏まえて、1分の追加アピールの時間を取りました。選考委員と登壇者の議論を双方向に活性化したい、という思いから、今年度から始まった仕組みです。こうして、みなさんからのさらに熱いアピールを得ることができました。時間管理などの課題はありますが、来年度以降もぜひ継続していきたいと思っています。

その後の選考委員の一人一票の投票では、堀越委員と磯委員が「まれびとの家」、陶器委員が「KAIT広場」、福島が「閖上の掘立柱」を選びました。そう、ここで票が大きくわかれることになったのです。多様性というAND賞の性格のため、最優秀を決めることが難しいことは予想されていました。そのため、各選考委員がそれぞれのAND賞の選考基準を改めて明らかにして、堀越委員の「チャレンジ、楽しさ、美しさ」、磯委員の「素朴、本質、技術」、陶器委員の「さりげなさ、正直さ、感動」、福島の「協働の拡がり、表現の強さ」などが挙げられ、これを元にさらなる議論を重ねた結果、全選考委員一致で「まれびとの家」を最優秀賞、他の3作品を優秀賞とすることになりました。

選考を終えた今、改めて振り返ってみると、この選考で議論されていたのは、建築の個別性と普遍性を両立することであったように思います。近代のモダニズムが普遍性を志向し、その後のポストモダニズム以降は個別性を志向しました。そして、この普遍性と個別性の両立が現代の建築にとって重要な課題となるのでしょう。AND賞での議論が、その一助となることを期待しています。


選考を終えて

AND賞選考委員 磯 達雄

第2回目のAND賞には40件の応募があり、それぞれに充実した内容をもっていた。茶室のインスタレーションから超高層ビルまで、規模も用途もまったく異なる作品を評価するのはたいへんな苦労であったが、応募作の多様性はAND賞ならでは面白さでもあり、選考の醍醐味でもあった。

選考の基準として意識したのは、“AND” という言葉に込められた意味である。“AND” とは、Archi-Neering Designの略だが、Architecture and Engineeringの“AND” でもある。“AND” は建築と技術の間に挟まって、両者をつないでいる。それだけでなく、離れているようにみえるもろもろの事柄を、“AND” は結びつけてくれるのである。
そういった意味で、最終選考会において最優秀賞に選んだ「まれびとの家 伝統Xデジタルファブリケーションに構造的な価値付けをする」は、建築と技術ばかりでなく、都市と山村、伝統と未来、ハイテックとローテック、プロフェッショナルとアマチュアなど、いろいろなもの同士を結びつけており、“AND” であることを最もよく体現したプロジェクトであった。また、AND賞はつくるプロセスを評価するという面もあり、デジタル技術を駆使したこれまでにない木造建築のつくり方を提示したこの作品は、その意味でも傑出していた。

選考で最優秀賞として推すかどうか、最後まで悩んだのが「懸垂鋼板が空に漂うKAIT広場」であった。湾曲した無柱の広い空間は類例がなく、ビルディングタイプとしても独自である。実現にあたっては、多くの困難があったと思うが、応募者を中心とするチームは見事にこれをクリアした。その点は最大限の敬意を表したい。しかし未体験の空間であるだけに、苦労して達成したこの建築の意義を確信するまでには至らなかった。もし実際に訪れていたら、躊躇なく票を入れられたのかもしれない。しかし書類と対面プレゼンテーションによる選考を行うこの賞では、仕方のないことである。
「閖上の掘立柱ー震災後に嵩上げされた堤防と共存するオフィスー」も最優秀賞の候補としてぎりぎりまで考えていた。東日本大震災で大きな津波による被害を受けた場所で、海と建築がどのように向き合えるかについて、技術によってひとつの解決を導いている。最終選考会の追加プレゼンテーションでは家具の説明が行われ、構造からインテリアまで一貫してデザインの追求が果たされていることが明らかになった。選考が進むにつれて、評価が高まった作品だった。
「甲陽園の家(LVLを用いた組木アーチフレーム)」は、小規模な住宅にしては主張が強い表現となっていたが、その理由が工法から合理的に説明され、AND賞にふさわしい住宅作品であると腑に落ちた。

以上の最優秀賞、優秀賞以外の入賞作の中にも、「GALLERY U/a」、「Dタワー西新宿」、「CLT二方向フラットスラブ -木の美しさを活かした環境型ターミナルの設計を通してー」、「HIROPPA ありきたりな材料とローテクでつくられた上品な建築」、「RYUBOKU HUTー流木を構造体とした縄文建築-」など、魅力的なプロジェクトが多数あった。 また、入賞からはもれたが、「Digital Garage "Pangaea" | Super Furniture」、「FUJIHIMURO "氷穴"」も興味深い作品であった。


AND賞選考委員 陶器 浩一

昨年度に引き続き、第2回AND選考査員を仰せつかりました。今年度も昨年度同様力作揃いで選考は難航を極めました。ANDという概念は「単に出来上がったものでなく、そこに至る思考のプロセス」ですから、単に作品の出来栄えだけでなく、そこに込められた想い、閃き、アイデア、そして実現のための試行錯誤のプロセス、を重視して応募作品を拝見しました。ANDの捉え方は人それぞれですが、私自身は、“正直”、“感動”、“物語”、“社会”という事を大切にし、主にそういう視点で選考にあたりましたが、応募作品はそれぞれ違う視点でANDの理念を具現化したもので横並びの評価は難しく、まさにANDの多様性を感じました。

その中で今年度特に印象に残った作品に共通しているのは「さりげなさ」ということでした。シンプルのものを実現させるのは実は大変な苦労を伴います。ものすごく頑張っているけれどそれを決して表にあらわさず、さりげなく実現している作品に、上記の要素を強く感じて最終選考で投票しましたが、おそらく違う視点で選考したであろう他の選考委員も同じ作品に票を投じ、優秀賞以上はあっけなく決定しました。評価軸は違っても作者の“想い”が作品ににじみ出ていたのだとしたら、これこそがANDの精神という事も言えるかもしれません。

“まれびとの家”は3D木材加工機と地元の木材を使い、伐採―加工―建設を地域完結させたもので、厚さ30㎜の薄い木板材で構成された架構はパズル感覚で素人が手で組んでいくことができますが、そのディテールは大工棟梁との綿密な試行錯誤により生み出されています。肩に力入れず“さりげなく”素材に向き合うその姿勢はさわやかさを感じ、さらに、単に建築だけでなく、このプロジェクトは、異なる職域、異なる技術、異なる地域、伝統と未来を連関させるものとなっていることに大きな社会的な意義を感じました。
「建築が風景になりえるか」という建築家の想いでつくられた“KAIT広場”は、少し窪んだ地面の上懸垂屋根がかかるだけのシンプルな空間ですが、単純なものは実はとても難解で、その実現にはものすごいスタディとエンジニアリングが込められています。歪のない滑らかな形状を実現するため完全な引張場とせず圧縮を許したり、夏冬の温度差により変化する屋根形状と応力状態に対する設計など、緻密な分析が行われる一方で、数センチの誤差を許容した施工に対するおおらかさ、即ち、ち密さとおおらかさ、の両面があるからこそ実現できたのだと思います。この“さりげない”空間は今までにない空間体験を人々に与え、まさに技術そのものが芸術に昇華した作品です。
津波被災地の嵩上げされた堤防脇に建設された“閖上の掘建柱”は、海が見えるように高床としたピロティ建築をパイルベントという土木技術により架構したものですが、津波により流され、巨大な堤防と区画整理により過去と分断されるという、自然や人工物に翻弄された環境に抗うのではなく、それを受け入れつつ“さりげなく”過去と未来をつなごうという姿勢に設計者のこの場所に対する強い想いを感じました。また、この構法であれば将来再び地盤が沈下したり嵩上げされたとしても成り立っているので、この場所が持つ過酷な状況を受け入れるおおらかさ感じます。

紙面の関係上3作品に触れましたが、最終選考に残った作品はいずれも、作品に込められた想い、閃き、アイデア、試行錯誤のプロセスに“物語”があり、社会、クライアント、協働者、素材、技術に対して“正直”であり、人に希望と“感動”を与え、“社会”に寄り添うものであったと思います。

選考を通じてこれらの作品とその想いに触れることができたのは大変幸せでした。
昨年も述べましたが、ANDという概念に明確な定義があるわけでなく、私たち建築に携わる者が「自分自身のAND」を持つことが大切で、この賞はそのきっかけとなるものだと思います。


AND賞選考委員 堀越 英嗣

世界は今、新型コロナウイルスが蔓延し、否が応でも世界はグローバルな環境であることを改めて再認識させられています。それは閉じた社会での特殊性に閉じこもって現状維持ができないことを意味しています。今、まさに未来の建築のあるべき姿を人類の英知を結集して考える時であり、建築の世界も環境全体を科学的知見と哲学を持って持続可能な建築のあり方を建築家とエンジニアの様々な叡智をインテグレートし、未来に向けたビジョンを発信する時と考えます。これはこれまでの成熟した美学やオリジナリティの価値観では気づかない大切な視点を評価することがAND賞の意義と考え、これをもとに本選考をおこないました。

今回も、第一回に引き続き、多様な分野と視点をもった高いレベルの応募作品が多かったことに感銘を受けました。一次選考ではこの中から10作品が2次選考に進みましたが、昨年と同様に大変難しい選考となりました。

最終選考に残った作品については他の選考委員が受賞理由を詳細に説明されるので、AND賞の持つ意義と作品の関係から考察します。

個人的には最優秀賞となった「まれびとの家」と「KAIT広場」は視点によっては甲乙つけがたく、どちらも最優秀賞にふさわしい提案であり、最後まで逡巡しました。「まれびとの家」は、伝統技術や最新の技術によってまた、CO2削減という環境的な優位性から急速に進歩している木質系の分野の提案である。その中で身近なファブラボという誰でもどこでも使える技術で、「使い手と作り手」の垣根を超えて世界中のどの場所でもその場所性を生かした空間を特別に修練した技術もなしに実現できる普遍性を示したことは、山本学治が凧の糸で示した、エンジニアリングと空間デザインが場所と時代につながった緊張関係を実現していると言えよう。甲陽園の家、RYUBOKU HUTもこの視点での優れた例です。 対してKAIT広場は、これまで見たこともない空間と経験を提案するという王道の建築家の歴史的役割を、極めて高度な構造家の解析技術で実現した、素晴らしい「作品」である。そのプロセスから見てもAND賞の最優秀賞に相応しい計画である。個人的には技術と成熟したデザインが極めて高いレベルで共同し、実現した追求の意義は「建築」が歴史的に持つ普遍的喜びであり、GALLERY U/aもこの視点での優れた作品である。
今回は貧困、災害などの世界の問題に対して、専門家でなくとも、場所に根ざした解決を「使い手」である普通の人々が参加できる未来のヴィジョンを示している「まれびとの家」はAND賞の意義を示す優れた提案であることから最優秀賞に選定させていただきました。 

残念ながら最終選考に進めなかった作品で、特に気になったものについて以下に示します。

FUJIHIMURO“氷穴”:氷室の改修案でFRPの自立構造体の提案。FRPという可塑性と半透明性という素材の性質をいかして懸垂線の組み合わせの幻想的な空間を作り出している。FRPと空間造形が不可分の関係で美しい空間を実現しているが、残念なのは形態イメージが先行しその後に構造家と素材が決定したのではなく、当初から共同で形態を発見するプロセスであればよりAND賞に相応しかったと思う。
南麻布の幕屋:都市の硬質な建築群がもたらすファサードは街を歩く人々にとって均質で退屈な環境になりがちである。建築と街の接点であるエントランスに、エンジニアとの共同により生まれた暖簾のような柔らかい桧のスクリーンが内外に気持ちの良い環境を作り出す試みである。
Digital Garage“Pangaea”Super Furniture:個人の感性による彫刻という閉じた世界である木質素材による造形を3Dデジタル技術を使って構造的限界を含めて全員が共有し、様々な普遍性を生み出す可能性を示した提案である。



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