第1回 アーキニアリング・デザイン・アワード 2020


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選考評(個別)


最優秀賞・優秀賞


最優秀賞:32    LUCERNE FESTIVAL ARK NOVA  東日本大震災の被災地を巡回する移動式仮設空気膜構造
応募代表者:森瀬愛子(元イソザキ・アオキアンドアソシエイツ/AAarchitects)
共同応募者:青木宏 堀正人 牧野令 吉田涼子 小俣裕亮(元イソザキ・アオキアンドアソシエイツ)、柳澤佳男 近藤秀邦 内田美保子 柏原幸次(TSP太陽)、川幡清秋 竹内大介(元TSP太陽)、喜多村淳 宮澤幸江 名波紳二 八藤丸恵 菊地淳⼀ 田原祐志(太陽工業)

【応募理由】本プロジェクトは東⽇本⼤震災の被災地を巡回する⾳楽イベントのための移動式仮設建築物、ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァである。500⼈の観衆を収容する無柱の内部空間を確保し、複数の敷地において設営・撤去を繰り返すことから、構造形式には空気膜構造が採用された。 単純に構造の合理性だけを追求すれば完全な球体となるところを、デザイン、音響、空間性によって生まれた未知の形態に対して、多面的な空気膜構造のエンジニアリングと芸術性を両立させることを目標に、特に構造計画においては特徴的な形態の実現と繰り返し使用について、空調計画においては室内の暑さ対策について、防火計画においては高ライズ形状による避難の安全性について、移動式仮設建築物という観点から 様々な技術的検討を行い、実現したプロジェクトである。 (森瀬愛子)
【講評】この建築は、10年前に起きた東日本大震災からの復興を願う目的で, 世界の様々な場所で人々に喜びを与えているアニッシュ・カプーアの空間彫刻的アイデアをもとに磯崎新、イソザキ・アオキアンドアソシエイツにより実現した移動式仮設空気膜構造である。被災地を巡回する祈りと音楽の場として、これ迄実現されてきた合理的な空気膜構造とは異なる形態を持ち、移動と繰り返し利用を可能にする特別な空間が導き出されている。被災地等の「サイト」に立ち現れるという、新しい時代の建築に求められる大切な意義を多くの人々の特別な思いで実現できたことは素晴らしい。人々の心に響く芸術作品を、見るだけのものから内部で音楽空間として体験することを実現するために多分野の共同によるチームワークにより、芸術と技術の総合と言う困難なインテグレーションを行ったことで実現したことはAND賞設立の意義に合致するものであります。この作品は不確実な気候変動が続き災害が多発する現在、未来の建築の目的、あるべき姿を考える時であり、まさにAND賞最初の最優秀賞に相応しい作品とチームであると思います。今後この作品がAND賞の持つ意義を十分に伝えてくれることを確信しています。(堀越)
優秀賞:05    スケールの異なる複層空間とハイブリッドな屋根構造  福井県年縞博物館
応募代表者:金箱温春(金箱構造設計事務所)
共同応募者:内藤廣(内藤廣建築設計事務所)

【応募理由】湖に堆積し気候変動などの情報を内包した「年縞」をテーマとした博物館である。1階は開放的なピロティであり、2階に展示室が配置されて地域産の集成材を用いた切妻の大屋根で覆われている。展示室は偏心して配置されたRC壁によって仕切られ、その壁によって合掌屋根を支える必要があった。積雪荷重が大きいという木造にとって過酷な条件下で、大屋根を偏心して支える架構形式を追求した結果、木造登り梁と鉄骨斜め部材によるハイブリッドな架構を採用し、ディテールの明確化と浮遊感のある木造大屋根を実現した。1階のRC造打ち放しのピロティは一方向に伸びる2列の扁平梁で構成されたスケールの大きな架構である。(金箱温春)
【講評】ピロティで持ち上げられた展示室が水平に長く延びる。屋根の形は、左右対称のシンプルな切妻。しかしこれを支える内側の架構は、左右非対称だ。そして1階に2列で並ぶRCの柱も、太さが異なっている。非対称の理由は、2階にあるRC造の壁が中央からずれた位置に配されており、その上に屋根架構が載っているからだ。ミュージアムの設計では、展示の自由度を高めるため、展示壁と躯体とをできるだけ分離させることが一般的だが、この施設では主要な展示物の形状から導き出される横に長い1枚の展示壁が、その配置によって合理的な平面を生み出すと同時に、構造をも担っている。意匠と構造が非常に高いレベルで統合された建築だ。選考委員の一部からは、屋根は対称形でなくてもよかったのではないか、という疑問が呈されたが、両側に開けた周囲のランドスケープとの関係を考えると、この形状にこだわった理由は十分にあると考える。最終選考のプレゼンテーションでは、設計の初期段階で想定していた木造の架構から、実施案である鉄骨を組み合わせたハイブリッド架構に変えたプロセスも丁寧に説明された。これも十分な説得力があるものだった。(磯)
優秀賞:24    TBM PROJECT   - CLTを用いた折板構造V字梁 -
応募代表者:新関謙⼀郎(NIIZEKISTUDIO)
共同応募者:多田修二(多田修二構造設計事務所)

【応募理由】新潟・燕三条で厨房用製品の加工製造を手掛けている会社の社屋と倉庫からなる建築です。金属加工が盛んなこの地域では、古くから金属という「素材」を精度よく加工することで「部材」そして「製品」を生み出してきました。そんなこの地域のものづくりを建築にも応用し、CLTという素材に新たな役割を与えて建築部材を作り、それを用いて建築をつくることを考えました。長さ11m超、幅2.4mの大板のCLTマザーボードをロスなく効率的に使うために対角線でカットし、一方を反転させる事でV字に組み合わせた折板梁をつくりました。この長いV字の梁を連続させた架構によって積雪にも耐える屋根をつくり、内部にも大きく印象的な空間を生み出すことを実現しました。(新関謙⼀郎)
【講評】CLTは使えそうで使いにくい建材である。木材で大判パネルであるということが最大の特徴であるが、曲げに対して異方性が大きく、CLTを用いた建築は単調な空間になりがちである。 この計画は、CLTを用いた折板構造V字梁により空間を構成したものである。幅2.4mのCLTマザーボードを対角に斜め切断し、その一方を反転させることでV字に組み合わせることで折板構造を構成している。折板構造とすることで作用する応力は面内力だけになり、CLTの構造的特徴を活かしている。大判を鋭角に斜め切りするなど精緻な加工を要するところもあるが、板相互は角材を斜め加工したガイド材にビス止めして接合し、受け柱も小口を梁受け形状に加工した角材にボルト止めするだけで、金物などは一切用いていない。特殊なことをすることなく、CLTという一見大味な素材に息吹を与えている。V字梁による空間は特徴的なものでありながら、一方で普遍性を感じる。(陶器)
優秀賞:44    昭和電工(大分県立)武道スポーツセンターの屋根構造におけるトータルデザイン
応募代表者:山田憲明(山田憲明構造設計事務所) 

【応募理由】製材を用いた木造で日本最大となるスパン約70mの屋根構造を実現するに際し、①無駄のない地域木材の活用 ②県の武道スポーツの中心施設となる美しい空間 ③特殊な素材と技術を使わない高い汎用性を持つ仕組 の3つをコンセプトとした。主要材料を県産丸太径と商流に配慮しE50、幅12cm×成24cm×長さ4m以下の杉一般製材とし、構造形態を力学的に効率良く全ての部材角度が統一されたアーチ状平面トラス、アーチ材の部材構成をH形の組立材、接合部を木材小口密着による支圧力伝達とブレース角度に追従できる高力ボルトとプレート分割、といった構造形態─部材構成─接合部のトータルデザインを行い、極めて少ない木材量(0.09m3/m2)、ローコスト、加工組立の大幅な合理化を実現した。(山田憲明)
【講評】一般流通製材を用いたスパン70mの大空間屋根構造による屋内スポーツ施設である。木造大スパン構造は大断面集成材を用いることがほとんどであるが、この建築では12cm×24cm長さ4m、曲げヤング係数E50 というごく普通の製材を主要材料とし、部材角度をすべて統一した形状と小口密着による支圧力伝達ディテールなどにより、特殊な部材加工や仕口接合を用いることなく、木造大空間を実現させている。 書くのは容易いが、これは誰にでも出来ることではない。一見さりげなく見えるが、実現に至る過程では大変な試行錯誤があったに違いない。構造設計者が今まで“木”という素材に真摯に向き合ってきたからこそ成し得たものであり、「製材でもここまで出来る」ことを示した画期的な建築である。構造設計者の木への信頼と忠実さは、「私はお前を信用しよう、お前も私の設計を信用せよ」と言った、マイヤールのコンクリートに対する姿勢に通じるものがある。アーキニアリングデザインで大切なことは、「空間が“正直”に出来上がって、それが人に感動を与える」ことであると思う。この作品は、木のもちあじを最大限発揮させた“正直で圧倒的な空間”を実現しており、優秀賞に相応しい作品である。(陶器)

入賞


文化財の復旧過程を見せるための構造手法-熊本城特別見学通路-
応募代表者:堀 駿(日本設計九州支社)
共同応募者:塚川 譲 (日本設計九州支社)

  【講評】2018年の熊本地震で大きな被害を受けた熊本城では、復旧の工事が進んでいる。工事の終了までに20年がかかるとされ、その間も一般見学者が安全に場内を巡れるようにした。そのための仮設通路の計画である。国の特別史跡であることなどから、地面の掘削は不可、既存樹木を残す、工事車両と動線を分けるといった特殊な設計条件が課せられた。これに応えるため、歩行者通路を支える構造として大スパンのアーチやリングガーダーなどの手法を場所ごとに採用。少ない置き基礎で、遺構への影響を最小限に抑えた。カーブしながら空中を進んでいく通路の形状は、非常にダイナミックなもの。地震による崩壊は痛ましいできごとだったが、期間限定の見学施設に工夫を凝らすことによって、新たな熊本城の観賞体験がもたらされたとも言えそうだ。アーキニアリング・デザインの意義を、地元の人々や観光客にわかりやすく伝えてくれるプロジェクトである点を高く評価したい。(磯)
CRANKS
応募代表者:河野有悟(河野有悟建築計画室)
共同応募者:長坂健太郎(長坂設計工舎)

【講評】都市の高密度の敷地に計画される住宅は一般的に地盤、防災、耐震、防音、杭、コストという都市型建築の持つ共通の問題を抱えている。この提案は密集地域の都市型住宅の新しいモデルの提案である。具体的には特殊な壁式RC造と在来木造の混構造で諸問題の解決を目指している。この実現のためのアイデアはタイトル名の様に“CRANK”することで壁厚と重量を抑えて水平垂直力を効率的に負担できる特殊なRCの外壁であり、そしてその形状が木造梁の受け皿として機能し、開口部周りのライトシェルフやカウンターとしても機能している。さらに周囲を耐震 要素としてのRC 壁に囲まれ、中央は在来木造であることから、将来の間仕切り変更などに自由に対応できる変更が容易なサステナブルな建築であり、構造と意匠の統合による都市型町家のモデルともなりうる優れた提案である。ただ、クランク形状についてはさらなる展開の余地があるのではないかと思われる。(堀越)
木頭の家
応募代表者:坂東幸輔(坂東幸輔建築設計事務所)
共同応募者:名和研二(なわけんジム)

【講評】自然豊かな集落に建つ築150年の古民家の改修である。丁寧な建物調査とヒアリングの結果、入母屋造り瓦葺屋根の建物は当初寄棟造り茅葺屋根であったことが判明した。母屋の歴史的価値を残しながら現代の生活に即した改修をという建築主の要望に対し、集落の風景を担っていたかつての屋根の佇まいを地場の材を活かした現代的構法による大屋根で再現することが提案されている。新たに作る大屋根は地産杉9m材(90mm×270mm)をジョイスト状に並べて構成し4枚の面を折板状に組み合わせて形成されている。それによって出来上がった無柱の小屋裏は屋根に入れられた全周スリットにより柔らかい光の差し込むギャラリー空間となっている。既存の建物に敬意を払いつつ、無理をすることなく新たな空間が生み出されている。新しいものと古いもの、守るべきものと新たに生み出すものが適度に調和されていて心地よい。(陶器)
洗足学園 STAGE ON THE LAWN
応募代表者:後藤一真(Arup)
共同応募者:天野 裕(Arup) 押野見邦英(k/o design studio)

【講評】音楽の専門教育を行なう学園のキャンパスにある屋外ステージで、昼休みやイベントの際には演奏会が行われる。その上に架かるパーゴラ状の屋根である。アルミの線材をつなぎ、カゴメ状に編んでいくことによって、3次元の自由曲面を生み出している。全体形状の決定から構造設計、そして精巧ではあるがシンプルな接合部のディテール検討まで、デジタルデザインの手法を活用した。アルミ部材の製作もデータの受け渡しにより、高い精度で実現させている。これにより施工も簡略化され、特殊な重機を用いず人の手によって短工期でつくることができたという。建築に使われる素材として、木材はローテックでアルミはハイテックといったような思い込みがあったが、このプロジェクトでは日本の木造建築に見られる伝統的な継ぎ手を想起させる接合方法をとることで、アルミという素材を、ハイテックであると同時にローテックでもあるものと再定義している。(磯)
垂井町役場
応募代表者:永廣正邦(梓設計)
共同応募者:日比 淳 森 一広 簾藤麻木(梓設計)

【講評】商業施設を役場庁舎へとコンバージョンしたものである。防災拠点としての機能を強化するために、既存建物の床壁の一部を含む減築を実施。自重を軽減すると同時に、外周部に鉄筋コンクリートのアウトフレームを設けた。これにより外観の印象も一新し、新たなシビックコア・ゾーンの整備をリードする施設であるということをメッセージとして伝えている。内部で特徴的なのは、スラブを解体することで4箇所に設けた吹き抜けで、トップライトにより自然採光や自然通風がもたらされる「環境井戸」として機能する。そしてその下は、人々が集まるコミュニティスペースとなっている。大型商業施設の撤退により空いた建物を庁舎へとコンバージョンする事例は全国で見られるが、地域のシンボルとなり人々の交流をうながす優れた公共建築として成立しているものにはなかなか出会わない。垂井町役場はその数少ない例外のひとつと言える。(磯)
CLTと鉄骨によるフィーレンディール構造  鳥取ユニバーサルスポーツセンター「ノバリア」
応募代表者:萩生田秀之(KAP)
共同応募者:小谷野直幸 (プライム建築都市研究所)、懸樋義樹(懸樋工務店)、古藤正己(KAP)

【講評】スパン約18mの小規模な体育施設であり、CLTと鉄骨による格子フィーレンディール構造の屋根架構が特徴である。フィーレンディールはH形鋼の上下弦材の間にCLTを挟んだ構造であり、見つけ寸法は50mmで統一されている。
鉄骨梁はレシプロカルに格子を組んでゆくことでフランジの剛接合を無くし、シンプルな見え掛かりとコストダウンを実現している。ウエブ部分のCLTはせん断負担を主としており、材料の構造的特徴をうまく引き出している。新しい材料を使おうとするとき、ついつい肩に力が入った“構造表現”をしがちであるが、素材に素直に向き合った結果、今までにない特徴的な空間が生み出されている。
決して目立つものではないが、新しい材料を普遍的な工法によって繋いでいくことにより、その新たな価値を見出している点がとてもさわやかであった。(陶器)
自然の力によって波打つ天板
応募代表者:萬代基介(萬代基介建築設計事務所)
共同応募者:木内利克(木内建築計画事務所)、平岩良之(平岩構造計画)

【講評】今回の応募作品の中で数少ない家具の提案であるが建築家と構造家の共同により、小さな構造体の新たな可能性を示した提案である。3次元的に波打つ天板を3.2mmの薄い鉄板と1.9mmφの脚という極めて繊細な部材で構成している。その複雑な形状を導き出すために重力による自然のたわみ具合を確かめながらスタディを繰り返し、展示のリズムに合わせた波のピッチを見つけ出すという、極めてアナログできめ細かい検討から始めている。最終的にはプログラムをつくって形状シミュレーションを行い予測通りの形状を見出している。不確実で非線形な中に存在する美しい形態の実現を目指すため、トライアンドエラーとコンピューターによる検証という繊細で複合的アプローチを行い実現している。コンピューターの解析だけでは到達しにくい合理性を超えた美の分野に挑戦する試みとして素晴らしい試みであるが、作品が生みす繊細な美がもう少し理解し易い表現が欲しかったと思います。(堀越)
White Tube ーサークルパッキングのアルゴリズムを利用したトンネル空間で、来場者に憩いの場を提供ー
応募代表者:廣瀬大祐(アーキコンプレックス)


【講評】インスタレーション的な作品の中で、単純な構成で安全かつ簡単に大きな範囲に展開している案として最終選考に残りました。東京ミッドタウンの庭園の小川に呼応する長い造形を軽量で手に入りやすいフラフープで作り出しています。大小いくつかのフラフープを『サークルパッキング』のアルゴリズムを使いランダムに組み合わせて、複雑にカーブする水の流れに沿って連続する立体トンネルを生み出していること、3次元造形技術を利用して解析し3Dプリンターで11種類のジョイント部材を作成することで実現している等、先端技術とローテク部材で実現していることは興味深い。台風の時期に、多くの子供達や大人が集まるイベントとして、安全であることを踏まえ、揺れながら柔軟に力を受け流す素材とディテール、構造がこの作品を実現させている。ただ残念なのは、ヴォールト上の構成は連続するアーチ状の鉄の棒で支えられており、この部分は改良の余地が有ると考えられる。(堀越)