人は日々の生活の中で起きることについて、その時々の評価や判断をしながら身を処して来ている。その際、意識するかしないかはあるとしても、過去の事例の記憶を手掛かりに現在を類推し、未来を予測しているのではないか。しかし問題は、その記憶はえてして曖昧であり、それが古くなるほどその度合いも大きくなることにある。そこにできるだけ多くの正しい記録があれば、曖昧な記憶が補完され、より的確な判断に近づくことができる。人が写真を撮り、記録を取る行為は、こうしたことがあることを予感するからこそのことではないか。
私事ではあるが、古い知り合いに宮城県名取市に住む、中川原さんという方がおられる。その中川原さんは、先の大震災による津波被害から辛くも免れたが、わずか数m離れた近隣の家々は大きな被害を受けていた。そうした中で彼は、震災後の数日間、津波に押し流されて来た膨大な日常品の山の中からアルバムを掘り起こし、冷たい水道水で写真にこびりついた泥を洗い流す毎日を送っていた。
丁寧に洗われ並べられた写真の中から、家族のものを見つけ出した被災者が、何度もお礼を言いながら宝物のようにして写真を持ち帰って行った。その後姿を見送りながら、中川原さんは被災した方々が日常を取り戻し、未来に向かって次の一歩を踏み出せる日が一日も早く来ることを祈っていたという。そして僅か数mの距離が被災の有無を分け、そのことで分断されそうになった近隣の方々との共同意識が、かろうじて繋ぎ止められることを実感したとのお便りを頂いた。
ところで「近現代建築資料館」という施設をご存知だろうか。5年前の2013年に、文化庁所管の施設として、旧司法研修所を改築して開館された資料館である。この施設の開設当初より、事務局的な役割で活動されていた桐原武志さん(同館主任建築資料調査官)も古い知り合いであったことから、かねてよりこの施設が開館されるまでの経緯を伺っていた。 その桐原さんは、この資料館の開館準備当時、多くの国には建築に関する立派な資料館があるのに比べて、日本ではそれに類するものがほとんどないことを嘆かれていた。当時も建築会館に日本建築学会建築資料館があったが、スペースが全く足りず、散在していた多くの貴重な建築図面や模型が、海外の美術館・資料館に買い取られていた。 桐原さんはこの状況を放置するなら、やがて日本の建築に関する資料を国内では見ることができなくなる、との強い危機感をもっておられた。
今年(2018年)の初め、その資料館で開催されていた「紙の上の建築 日本の建築ドローイング 1970s―1990s」という展示会を観た。そこでは東京オリンピック、大阪万博などをはじめとした歴史的出来事が前後した1970年代から、図面のCAD化が一般化した1990年代の間に描かれた、11人の建築家のドローイングを展示されていた。それぞれの建築家の気迫がこもったドローイングは、観るものにその時代の記憶をはっきりとよみがえさせる記録であり、小さいながらもその展示空間は史料保管の大切さを確認させられる空間でもあった。
家族写真もドローイングも、それぞれが持つ意味は異なるが、人々の記憶に与える影響の強さは、単純にどちらが勝るとも言えない大切な記録であろう。近年そうした記録保管の杜撰さや改ざん問題が後を絶たないのはどうしたことなのか。建築の分野だけみても、構造計算書、材料品質管理データ、杭施工データの改ざんなどが社会の混乱を引き起こした。改ざんされた記録からは、正しく現在を推測することも未来を予測することもできない。これも先ごろ国内外から聞こえる「惨憺たる日本の現状」の要因の一つなのだろうか。国家の品格に係ることのように思える。
(K.K.)
コーディネーター:金田 勝徳
パネリスト:
山本理顕(山本理顕設計工場 代表)、布野修司(日本大学 特任教授)、小栗新(アラップ プリンシパル/東アジア事業部 取締役/日本における代表者)
日時:2018年4月24日(火)17:30~19:30
場所:A-Forum
参加費:2000円(懇親会、資料代)
参加申し込み:こちらのフォーム よりお申し込みください。
*「お問い合わせ内容」に必ず「22回フォーラム参加希望」とご明記ください。
昨年12月のA-Forumメールマガジン[第46号]のエッセイ欄で「設計・監理報酬の不思議」と題した拙稿を掲載しました。そこでは現在、国交省によって改正作業進められている「設計、工事監理等に係る業務報酬基準(告示15号)」が、官・民問わずほとんど遵守されていない実情をレポートしました。
レポートでは、その背景に知的創作活動の成果に正当な価値を認めない不条理が、日本社会に根強く横たわっているのではないかと推測しています。執筆しながら、図面がCAD化される以前の時代に、たびたび「紙と鉛筆だけしか金が掛からない設計図が、どうしてそんなに高いのか」と設計料の値下げを迫られたことを改めて思い起こしました。手書からCADへと図面の様式は変わっても、社会の根底にある思考様式はたいして変わっていないように感じます。
同じエッセイで、コンペ・プロポの場合の非合理性にも触れました。プロポでは、ほとんどの場合、設計業務の内の基本構想ないしは基本計画に相当する成果品の提出が求められます。更にコンペと名がつけば基本設計相当レベルの資料の提出が求められます。そして、これ等の多くが無償、ないしは、現地までの交通費程度の参加報酬で実施されています。さらにこれまで公共建築の設計者選定の際に行われていたこれ等一連のことが、近年民間の建築までに及んできて、設計者の消耗の度合いは深まるばかりです。
こうしたことが続くなら、設計という仕事が生業として真っ当な形で成り立つはずがありません。この状況を放置したままの告示15号改正に何ほどの意味があるのかを考える時、虚しさを感じるばかりです。そこで今回のForumでは、設計・監理報酬のあるべき姿を模索し、どうすれば現状を変えられるかについて、豊富な体験とご意見をお持ちの3人のパネリストをお招きして、皆様と共に考えたいと思います。より多くの皆様のご参加をお待ちしております。
(金田勝徳)
詳細はこちら
コーディネーター:布野修司+安藤正雄+斎藤公男
(a)主旨説明:中村良和氏(中村工房デザイン室)
(b)プレハブ住宅メーカーの現状と課題についてー中村良和氏(中村工房デザイン室)
(c)地域木造ビルダーの現状と課題についてー高田清太郎氏(高田建築事務所)
日時:平成30年5月19日(土)15:00〜18:30(会場にて懇親会を行います)
場所:A-Forum
会費:2000円
AB研究会では第3回「日本の住宅生産と建築家 その歴史と現在の課題をめぐって」及び第4回「建築職人の現在‐木造住宅の設計は誰の責任なのか」のなかで、現在の(戸建て)住宅の生産供給の現状と木造住宅での架構設計の問題や賃金水準も含めた職方・施工者の労働環境といった問題について議論された。
特に、「第3回では現在のほとんどの(戸建)住宅供給は主にプレハブ住宅とプレカット木造住宅の二つに大別されるが、それぞれの住宅の差別性はクローズドシステム供給なのかオープンシステム供給なのかの差でしかなく、顧客から見ても提供される商品・サービスが不明瞭な状況である。住宅産業全体が新築市場の縮小化のなかで行き詰まり感と供給構造の維持が大きな課題となっている。」ことが確認された。
また、木造パワービルダーの台頭やアウトソーシング活用拡大に伴う設計・施工技術者の能力低下や性能・品質担保の問題や施工担い手不足への対策が求められている。」ことが指摘された。
そこで今回はプレハブ住宅メーカーと木造地域ビルダーの現状と今後の展望や課題について比較確認した上、今後の(戸建)住宅の展開と可能性を議論してみたい。