A-Forum e-mail magazine no.52(6-08-2018)

2018年 日本建築学会賞(作品)の「選考経過」をめぐって


 去る5月30日(水)の午後、建築学会会館の大ホールにおいて恒例の建築学会通常総会に続き、新名誉会員推挙式(13名)と2018年各賞(大賞・文化賞・教育賞・著作賞・作品選奨)の贈呈式がとり行われました。この内、2018年日本建築学会賞はさらに4部門すなわち論文・作品・技術・業績の各賞があります。それぞれの賞は建築学会の長い歴史の中でさまざまな議論を経て新設されたり、あるいは評価軸の確認等がくり返し行われてきており、その時代の建築界の有り様を映す鏡ともいわれます。特に「作品」は1949年に設置された最初の賞であり、約70年にわたる歴代の受賞作品と受賞者は日本の現代建築の歴史を辿る意味でも興味深く、建築界の金字塔として最も注目され続けている賞といえるでしょう。
 今回の授賞式で「今年の日本建築学会賞の作品は該当なし」との審査委員長(堀賀貴/九州大学教授)の発表に、大ホールの会場には一瞬、ため息に似たどよめきがあがったようでした。配布された「選考経過」に対する不満の声や疑問のつぶやきは懇親会場でもあちこちから聞こえてきました。
 作品賞なし、はこれまで4回(‛72、‛78、‛83、‛13)。5年前と同様に、選考委員の方々の苦しい判断・決断も垣間みえます。恐らく今回の結果をめぐってはこれからあちこちで議論の場ができることと推定されます。審査の方法や決定の仕組みにも問題があるのかも知れません。

 逸早く建築学会でも、建築文化事業委員会の企画によるシンポジウム―「日本建築学会賞『作品』を考える」が7月3日(火)、建築学会ホールで開催されました。登壇者は過去の受賞者や作品選奨も含め選考に関わられた建築家―赤松佳珠子、千葉学、古谷誠章、山梨知彦。司会は大森晃彦です。シンポジウムの主旨はこの賞の「今」を明らかにするところにあり、その上でこの賞のあり方と、社会そして世界への発信を考えたい、という。会場は満員であった。当日の主な発言には、学会賞に対する各自の思い出や選考基準の解釈の相違。応募する側の覚悟やベスト作品への期待、選べなかったことの反省といった大方予想された内容が多かった。一方、全場を含め根本的で前向きな意見もあった。例えば現地審査への落選も含め、議論のプロセスや選考委員の発言内容が全く見えない。審査会の前半だけでも公開にしたらどうか。そもそも学会賞は何のためにあるのか。学会の権威が失墜するのではといった危惧はどういった根拠から生まれるのか。若い人や社会へのメッセージ性、応募した人が落選しても満足する様な‘しくみ’が必要ではないか、など。

学会のシンポジウムの企画より以前から、A-Forumでもこの話題をとりあげてみたいと考え下記の様なミニフォーラムを企画した。審査結果に対するseriousな視点ではなく、今日の建築界のもつポテンシャルをたしかめることが目的です。作品賞候補として現地審査をうけたいくつかのプロジェクトを若い建築家の方々に紹介して頂くと共に懇談と懇親の時間を過ごしたいと考えたのです。


      日 時:2018年7月18日(水)18:00~21:00
      場 所:A-Forum (神田駿河台1-5-5 レモンパートIIビル5階、御茶ノ水駅徒歩5分)

      ミニフォーラム―建築学会賞(作品)をめぐって
         1)趣旨説明:斎藤公男
         2)プレゼンテーション
            「陸前高田市立高田東中学校」 SALHAUS 安原幹 日野雅司 栃澤麻利
            「近畿大学 ACADEMIC THEATER」 NTTファシリティーズ 畠山文聡
            「道の駅 ましこ」 MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO  原田麻魚 原田真宏
            「YKK80ビル」 日建設計 中村晃子
         3)討議

以上


当日、上記4作品のプレゼンを通して先ず感じられたことは、いずれも学会賞を受賞するに値するレベルではないかということでした。そもそも、日本建築学会の表彰制度における「作品」(1949年設置)の評価基準はどうなっているのか。本年度の表彰式に配布された冊子の表紙裏にはこう記されています。すなわち 「近年中、国内に竣工した建築作品であって、芸術・技術の発展に寄与する優れた作品」(3件)と。しかし前述のシンポジウムの資料に基づけば、評価基準の推移は次のように整理されるようです。

(1)[1967~89](22年間)「芸術・技術の進歩に寄与する優れた業績」
(2)[1990~2005] (15年間)「社会的、文化的見地からも極めて高い水準が認められ、技術・芸術の総合的発展に寄与する優れた業績」
(3)[2006~] 「社会的、文化的見地からも極めて高い水準が認めらる独創性をもつ、あるいは新たな建築の可能性を示唆するもので、時代を画すると目される優れた作品を対象とする」
(4)[2016~]「社会・文化的の後に環境を加える」

 毎年の選考委員はこうした評価基準を踏まえて選考を行う訳ですが、その認識と判断は個々で異なっており、選考は難しいことが推定されます。今年の「選考経過」(審査講評)はその混迷ぶりと困難さを表していると感じられます。あえていくつかを抜粋してみると、 「(前略)応募作品のなかから特に優れた作品を選び、単なる順位付けをもって上位 3 作を作品賞 とするような相対的評価による選考もできる。しかし、繰り返すが学会賞の場合は『時代 を画すると目される』ことが条件であり、学会賞の権威を保持するためにも、この点に妥 協は許されない。(略)今回の「該当作なし」が苦渋の決断で あったことはあえて隠さないが、学会員にはこの結果を一つのメッセージと受け止めてい ただき、今後も学会賞に相応しい作品の応募・推薦を引き続きお願いしたい。」と。本文のクレジットは特にないが少なくとも審査委員全員が目を通していると考えたい。
 会員のみならず建築界に問いかけられているのは、「時代を画する作品とは何か」「学会が守るべき権威とは何か」「絶対的評価はあり得るのか」「受け止めるべき今回のメッセージとは何か」といった極めて本質的なテーマといえるでしょう。
 実際の選考内容―委員個人の発言・判断や議論の推移をうかがうことはとてもできません。しかし「選考結果」の冒頭から始まる文章は特に衝撃的です。「本年の学会賞(作品)の選考は難航した。候補業績 48 作品のうち 9 作品について現地審査を行ったものの、すでに書類審査の段階から候補としての魅力を発する作品が少なかった。(中略)書類審査での印象を覆すべく現地審査に臨んだが、実際には期待外れの作品もあり、よい意味で予想を裏切るものはなかった。」と。

 7月18日(水)のAFミニフォーラムでプレゼンをお願いした4作品は応募されたほかの作品と同様にいずれも以前より私自身が興味を抱いていた作品であり、実際に現地を訪れることによりあらためて、その業績を知る・することができた。  ここでは建築学会賞以外の他協会の受賞を通じて4作品(略称)を紹介したい。

① 「高田東中学校」は、2017年に木材活用コンクール優秀賞・林野庁長官賞およびグッドデザイン賞金賞を受賞。近作の「群馬県農業技術センター」ではBCS賞(2014)等を受賞している。「木材による架構が秀逸であったが、建築物のスケールに違和感を禁じ得ない」が落選理由という。地域統合から要請されたスケール、豊かな空間創造の鍵となる魅力的な大屋根が何故理解に至らなかったのか。

「陸前高田市立高田東中学校」SALHAUS/写真撮影:吉田 誠

② 「近大・アカデミックシアター」は本年のAACA賞(日本建築美術工芸協会賞)および関西建築家大賞(JIA近畿支部)を受賞。対象の審査員・槙文彦からも絶賛の評価を受けています。しかし選考の中で「挑戦的な力作で あり受賞に最も近い位置にあった。」とされながらの落選理由は「竣工して間もないことから“建築プログラム の実効性”についての疑問が払拭できず―」となっています。かつて誰もが見たことない空間のゆらぎのおもしろさと大学の多様な活性化をめざしたプログラムがいかにリアルに成功しているかは誰の目にも明らか、と思うのだが―。

「近畿大学 ACADEMIC THEATER」NTTファシリティーズ

③ 「道の駅・ましこ」は現地審査9作品の選考で最初に選外となった3作品の1つです。その理由は不明。一方「風景でつくり、風景をつくる建築」のコンセプトとデザインはJIA審査員(富永・磯・後藤・相田・浅石)から評価され、見事JIA大賞を得た訳です。現地を訪ねても、意匠・構造・環境にわたる高い総合性が充分認められ、1つの建築が大きな社会的エネルギーを生み出すことが強く実感されます。

「道の駅 ましこ」MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO/写真撮影:Masao Saitoh

④ 「YKK80ビル」は本年のJIA環境建築賞最優秀賞をはじめ、米国のLEEDプラチナ認証を取得しています。選考評での落選理由は「一つ一つの配慮・工夫をストイックなまでに積み上げた成果の結晶であり、あえて平面計画や建築空間を犠牲にしてまでも環境性能を追求したようにも見え、独特の魅力を発していた。ただそれをもって受賞作とするには物足りないという意見ももっともであり授賞を見送った。」となっています。新たな建築の可能性、環境的価値の時代性、完成度・総合力といった評価が「時代を画する」という言葉の壁にはね返されているのではないかと思われてなりません。

「YKK80ビル」日建設計/写真撮影:rainer viertlböck

「該当なし」の結論は「学会賞の権威を保持するため」と言い切ってしまって本当によかったのだろうかと、今も考えさせられています。そして「受賞の可能性が徹底的に議論された。しかしながら、どの作品も委員の過半数の支持を得ることはできなかった。」との一文が選考経過の全てを物語っているようにも思えます。
今回のAFミニフォーラムでは、たまたま身近に感じられた4つの作品に限ってのプレゼンテーションとなりました。しかしそれらの現地をゆっくりと訪れ、利用者や発注者の声に耳を傾け、シンポジウムの熱心な議論に触れ、さらにフォーラムでは設計者からの説明を直接聴くことができました。その上であらためて、「選考経過」の内容に全く合点がいかないことを痛感したのです。建築学会が社会により拓かれるためにも、「作品賞」をめぐる理念の有様や運営的なしくみについての議論がより深まることを期待してやみません。今、学会のもつ発信力が求められています。(MS)


第24回AF-Forum 

東京2020オリンピック競技場の建設現場はいま

 

コーディネーター:斎藤 公男

パネリスト:未定

日時:2018年8月28日(火)17:30~19:30
場所:A-Forum
参加費:2000円(懇親会、資料代)
*大変申し訳ございませんが、参加申し込みが定数に達しましたので申し込みを締め切らせていただきました。 詳細はこちら


おしらせ

夏季休暇
 8月11~15日、8月31~9月4日まで夏季休館となります。