寺田寅彦は1934年11月発表の「天災と国防」にて「人類がまだ草昧の時代を脱しなかったころ、がんじょうな岩山の洞窟の中に住まっていたとすれば、たいていの地震や暴風でも平気であったろうし、これらの天変によって破壊さるべきなんらの造営物をも持ち合わせなかったのである。もう少し文化が進んで小屋を作るようになっても、テントか掘っ立て小屋のようなものであって見れば、地震にはかえって絶対安全であり、またたとえ風に飛ばされてしまっても復旧ははなはだ容易である。とにかくこういう時代には、人間は極端に自然に従順であって、自然に逆らうような大それた企ては何もしなかったからよかったのである。」と述べている。
世界で起こる地震災害は、建設関係者が耐震的だと言いつつ作ってきた建築物や土木構造物が自然の猛威の地震動に耐えられず損傷し、崩落して起こる。地震災害は、研究者、設計者、施工者などの関係者全体の責任である。
地球上には常に働く重力加速度があり、平常時には水平方向の加速度は生じていない。ひとたび地震が起こると、上下・東西・南北方向に縺れた糸のような複雑な軌跡を描く加速度・速度・変形の動きがこれに重なり、地上の構造物を大きく揺らす。構造物は常時に作用する重力に対して安定して耐えるように設計されているから、上下動そのものによる応答で崩壊する建築物は少ない。このため、我々は耐震設計を議論するとき、骨組の水平方向の抵抗力や水平変形に注目する。ただ、多くの人々の貴重な命を奪うのは、水平方向の揺れによって痛めつけられた構造物や傾いた柱などが、建築物の重量を支えられなくなり、重たい構造物が崩落して人々のいる空間を押し潰してしまうからである。耐震設計を考えるとき、永遠に働く重力を支える能力は劣化させてはならない。
1950年に施行された建築基準法に最低基準として示された耐震設計法は、建物の各階の質量に0.2以上の震度(Ki)を乗じて求めた水平力を、構造物の床位置に作用させて求めた応力に、鉛直荷重による応力を加算した値が短期の許容応力度を超えないことを確認する方法である。震度は高さが16mを超えると、4m高くなる毎に0.01を加算することにより、建物の応答を考慮していた。
現在の方法に換算して0.2から0.3程度の一階の応答せん断力係数になるが、これは最大加速度100cm/sec2前後の地震動による応答に相当する。当時はこれより大きな地震動には、構造部材、骨組の余剰耐力と塑性変形によって耐えうると考えられていた。振り返ると少々楽観的だったように思える。
1981年6月の新耐震設計法への大きな改正では、大地震が起きても人命を守ることを目標に、極めて稀に起こる地震動を考慮することになり、一階の応答層せん断力係数(C0)として1G以上が設定された。これは改正前の震度の5倍に相当するが、この大きな層せん断力係数に対して構造物を弾性範囲に収めるのは容易でないため、骨組の塑性変形を許容する方法が取り入れられた。必要保有水平耐力の計算に用いる低減係数として構造特性係数(DS)が定義され、十分な変形能力のある場合は0.25、最も脆いとされる構造物の場合は0.55など変形能力に応じて異なる値が示された。
地震を受ける骨組を応答加速度1Gに対して弾性に収めるのをあきらめ、この値の25%から30%の保有水平耐力で設計することは、不足分の75%から70%の地震の力を柱や梁の損傷がうけもつことになる。この損傷による変形は骨組の弾性変形に直列的に加算されるため、地震時に生じる骨組全体の変形は大きく、建築の持ち主、住人、利用者にとって望むものではない。ひびが生じて残留変形の残る建築物の修復は難しい。重ねて、梁は建築物のX方向とY方にあり、各方向の地震力をそれぞれ負担するので壊れにくく、柱はどちらの方向の地震力も負担するため、2方向の地震動を受けたときに壊れやすいなどの弱点を持つ。
純ラーメン構造に比べ、壁や筋違を用いる構造は変形能力が小さいとされ、必要保有水平耐力を大きく設定する必要があり、一般的に好まれにくい。壁や筋違は、鉛直荷重を受け持つ骨組構造の中に並列的に組み込まれるが、鉛直荷重の抵抗要素として期待されておらず、地震力のみを負担する。結果として、柱・梁の損傷は少なくなり、壁や筋違が損傷しても鉛直荷重の支持能力は劣化しない。重ねて、壁や筋違は建築物のXとYの両方向に配置され、各方向の地震力をそれぞれ受け持つため、2方向地震力に対して壊れにくい利点がある。
多くの地震災害の調査が耐震壁の有効性を証明しており、この方法は柱と梁の中に土壁を組込む日本の木構造に原点があり、ラーメン構造の中に適切な量の耐震壁を組込むべきと主張した内藤多仲、志賀敏男らの考えにも沿っている。
長く望まれていたことは、変形能力を有する壁や筋違の開発である。例えば、鋼板耐震壁、粘性壁、座屈拘束筋違、オイルダンパー、粘性体を用いたダンバー、摩擦ダンパー、回転慣性や粘性を利用したダンパーである。これらは地震時のエネルギーを吸収するため、建築物の応答を減じることができ、柱・梁によって構成される骨組の損傷が少ないため、地震後にも続けて使うことができる。これらを用いた構造物を制振構造と呼び、地震動と強風に対する設計に利用できる。これらのほか、超高層建築の頂部に設置するチューンドマスダンパーを用いた制振構造があり、主に強風時の居住性確保のために使われている。
耐震設計にこの考察を当てはめると、建築構造物を「重力を支える柱と梁による骨組」と「地震エネルギーを吸収する耐震部材」に分け、それぞれ独立に設計する方法として考えることができる。制振構造はこのように考えて成り立たせることができ、合理的な設計法と言える。柱や梁に塑性変形を許容する従来の設計に比べ、初期建設費においても安価になる場合があり、地震時の揺れの減少、被害の少なさ、容易な復旧を含めて考察すると、圧倒的に優れた構造法であることが分かる。
CAt(シーラカンスアンドアソシエイト・東京)とアラップジャパンの設計により、2017秋に竣工した京都外国語大学は、鉄骨の柱脚をピンにするなどによりしなやかな骨組を構成し、ここに耐震要素として座屈拘束筋違(BRBs)組み込んだ制振構造である。耐震要素を壁の中に隠す方法ではなく、開放的な空間の中に設置した新しい建築と言える。
写真は京都外国語大学(写真:伊藤潤一郎(Arup Japn)) (AW)
コーディネーター:神田 順
パネリスト:梅沢良三(梅沢建築構造研究所)、向野聡彦(日建設計)、篠崎洋三(大成建設)
日時:2018年6月21日(木)17:30~19:30
場所:A-Forum
参加費:2000円(懇親会、資料代)
参加申し込み:こちらのフォーム よりお申し込みください。
*「お問い合わせ内容」に必ず「23回フォーラム参加希望」とご明記ください。
設計・監理報酬を論じた前回のフォーラムに引き続き関連テーマで「専門家の責任」を取り上げます。まず思い浮かぶのは、朱鷺メッセの歩道橋崩落事故のことです。構造設計者として渡辺邦夫氏は、工学的原因究明こそが自らの責任と10年間の裁判を闘いました。裁判には勝利しましたが、社会的に受けた損害はとても大きなものです。パークシティLaLa横浜の杭施工不良問題では、構造設計者の責任を論ずることなく全棟建て替えが決議され、その賠償責任はデベロッパーと建設会社の間で争われています。
司法の場においては、民事裁判では真相究明よりは損害賠償能力が問われ、設計者の責任を明らかにしないままに建設会社が経済的責任を取る形で決着をつけることが多く、その結果、構造設計者が責任の取れる専門家と社会的に認識されない状況を生んでいるように思います。
建築基準法は、第1条の目的で、最低基準と謳っていて、20条では、国の基準に適合することで安全とみなすとしているのですが、自然の脅威のもとでの建築の倒壊や損壊について、国が責任を問われることはなく、また法適合している限り設計者も責任を問われないようになっています。
本来、建物の構造安全性については設計した人間が一番良く分かっている以上、設計者が責任取れるようでないといけないのに、今の社会制度が誰も責任を取らないようになっていることは多いに問題だと思います。もっとも、責任も、経済的責任、法的責任、道義的責任、説明責任などいろいろ分けて考える必要があります。
パネリストには、立場の異なる3人の専門家をお呼びして、専門家の責任をどのように考えるか、自論を紹介いただき、フォーラム参加者との意見交換の上で、これからのあり方についての提案も整理してみたいと思います。奮ってご参加をお待ちします。
(神田 順)
詳細はこちら
コーディネーター:布野修司+安藤正雄+斎藤公男
(a) 主旨説明:井手幸人(日本建築センター)
(b) デザイン・レビューの仕組み(仮):小出和郎(都市環境研究所)
(c) 那須塩原駅前図書館コンペ以後の進行状況(仮) 伊藤麻理(UAO)
コメンテーター:森民夫(前長岡市長、筑波大学客員教授、近畿大学客員教授)
懇談 「日本コミュニティ・デザイン・リーグJCDL」(仮)構想をめぐって
日時:平成30年7月21日(土)15:00〜18:30(会場にて懇親会を行います)
場所:A-Forum
会費:2000円
建築やまちなみに対して建築家がどう責任をとるか、そのためにどのような権限を与えるか、行政はそれをどのように支援するかについて、2007年、国土交通省の「(仮称)建築・まちなみ景観形成ガイドライン」検討委員会(座長は山本理顕氏)で議論された。タウンアーキテクト方式、デザイン調整方式など様々な仕組みの可能性が提示された。その一つとして紹介された英国建築都市環境委員会(CABE)の様々な活動、多様な分野の専門家が関わるデザインレビューの取り組みは非常に魅力的であった。この会で、今後、我が国の建築・まちなみ景観形成の取り組みのあり方を考える上でCABE的なデザインレビューの仕組みの必要性を言及した、小出和郎都市環境研究所所長は、その後日本版CABEの仕組みづくりに取り組んでいる。
そこで今回は、小出和郎氏をお招きし、良好な建築・まちづくりを推進するために、建築家等の専門家、専門家集団がどの様に関わればいいか、その仕組づくりも含め、いくつかの事例をご紹介頂き、今後の展開と可能性について議論したい。また、その事例の一つとして「公共建築の設計者選定問題を考える02-群馬県の設計者選定」においても話題に上がっていた、小出氏が仕組みづくりから関わられた「那須塩原駅前図書館等設計プロポ」の審査の仕組みについてもご紹介頂こうと考えている。