A-Forum e-mail magazine no.96 (12-05-2022)

建築家の建築への熱意

金田勝徳

常日頃、建築家の創作活動に対する並々ならぬ熱意に敬服している。自らの生業に、これほどの情熱を傾けられる職域はそう多くはないのではないか。

大分昔の話になるが、建築家谷口吉生氏がある施設の実施設計が終わる頃、依頼主から「工事監理は別の会社に依頼する」と言い渡された。それに対して、谷口氏は「監理をせずに竣工する建築は私が設計したものではなくなるので、図面から一切私の名前を削除して欲しい」と応じた。結果的に工事監理は、依頼主との「共同監理」、設計者は谷口吉生/谷口建築設計研究所として無事竣工している。改めて、建築家の建築への強い愛着と職能に対する矜持を目の当たりにした出来事であった。

以来、谷口氏とは長くお付き合いを続けて頂き、近年竣工した「谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館」の建設の際にも、谷口氏と周囲の皆様の変わらぬ熱意に接することができた。

この記念館の入り口近くに掲げられた銘板に、「この施設は、金沢市名誉市民第一号である建築家谷口吉郎氏が暮らした家の跡地に、金沢市が建設した建築と都市に関する美術館です」とある。その施設の工事中であった2018年1月の夜、谷口氏が単身、丸めたA1判の図面の束を抱えて私の事務所に来所された。工事着工後の今になってもまだ、設計変更をしたい個所がいくつかあるので、直接打ち合わせをしたいとのことだった。設計終了後、設計者が「設計意図伝達」と称する僅かな残務の外は、そのプロジェクトから退場させられることが少なくない昨今の状況とは、別の世界を見ている想いがする。

その美術館で2021年11月16日から2022年5月29日まで、「静けさの創造 谷口吉生の美術館建築をめぐる」という企画展が開催されている。そこでは谷口氏の設計による資生堂アートハウスから金沢建築館までの11の美術館が、精緻な模型と多くの展示パネルで紹介され、別室では展示美術館の映像が映し出されている。谷口氏は、その展覧会のポスターに「建築とは、与えられた条件の下で、理想とする環境を創造する芸術であると考えます。(中略)私が設計した11の美術館に目指したのは、『静けさの創造』による作品鑑賞のための環境です」と記している。

この展覧会を準備された谷口研究所のスタッフの方たちのご苦労が、いかばかりのものだったかは、お聴きするまでもない。とは言え日頃、建築家をはじめとする協働者と苦労を共にしながら仕事をしている構造設計者の癖なのか、その展覧会を鑑賞する前の予備知識として、そのご苦労の一端を谷口研究所のAさんに伺ってみた。

案の定、苦労話は尽きないとのご返事が戻ってきた。中でも、会期直前まで展示内容が定まらず、展示レイアウトも決まらなかったこと、Aさんが撮影者と共にニューヨークのMoMAを除く美術館10館の膨大な映像を撮ってまわったこと、それを僅か20分程度のビデオに編集したこと、展示パネルに使うシナ合板を真夏の倉庫に並べた500枚の中から均質な60枚を選び出したこと等々、会期間際まで続けられたご苦労は泣き笑いなしで聴けるお話ではない。

Aさんはこうした苦労話の最後に、「展示を見てこれら一連の(騒がしい)ドラマがあったことが感じられない展示になっているとしたら、少しは「静けさの創造」に近づいたと言えるのかも知れません」と、話を結んでいる。なんという熱意と執念だろうか。

私がその展覧会を見終わるころ、偶然に仕事をたくさんご一緒させて頂いている建築家Kさんが、一心に展示を見入っているところに出会った。「谷口ワールドをじっくり味わっている」とのことである。Kさんも、ご自身の「ワールド」をしっかり形成して、多くの建築を完成させているベテラン建築家である。建築家の設計行為に対する飽くなき熱意に打たれ、思わず背筋を延ばした出会いであった。

 


空間  構造  デザイン研究会 Part II :「“空間構造”の軌跡」…実践的挑戦と世界の潮流
第6回「IT時代のデザインをめぐる構造評論」


日時:2022年05月21日(土)14:00~
会場:オンライン(Zoom、Youtubeライブ配信(アーカイブあり)
参加申し込み:https://ws.formzu.net/fgen/S56224667/
★Youtubeでのご視聴はお申し込みの必要はありません。

第2回AJ研
建築メディアの新たな潮流

日時:2022年6月4日(土) 14:00-16:00
会場:オンライン(Zoom)
参加申し込み:https://ws.formzu.net/dist/S49503985/
★Youtubeでのご視聴はお申し込みの必要はありません。

コーディネーター:磯達雄(建築ジャーナリスト Office Bunga)
パネリスト:
加藤純(TECTURE MAG 編集長)
1974年生まれ。東京理科大学工学部第一部建築学科卒業、同工学研究科建築学専攻修士課程修了。月刊「建築知識」編集部を経て、2004年よりフリーランスで雑誌や書籍、WEBの企画・編集・執筆を行う。
富井雄太郎(株式会社ミルグラフ代表取締役)
1979年東京都生まれ。2002年早稲田大学理工学部建築学科卒業。新建築社を経て、2010年株式会社ミルグラフ設立。2012~15年東京藝術大学美術学部建築科教育研究助手。
コメンテーター:今村創平(千葉工業大学教授)、青井哲人(明治大学教授)(仮)


紙媒体の建築専門誌が次々と休刊となっていく一方で、WEBやSNSによる建築メディアが多数の購読者を得ている。こうした建築情報サイトは世界規模で広まっており、グローバルな建築情報の流通構造が、この10数年の間に大きく様変わりしたと言える。もう一つの注目すべき動きとして、建築書の出版形態がある。以前は建築分野を得意とする専門出版社がこれを担っていたが、出版点数と発行部数の両方を大きく減らしており、なかには出版活動自体を停止したところもある。そうしたなかで、「出版社が出せないなら自分で出してしまおう」と、自らが版元となって建築書を発行する人たちが続々と現れるようになった。今回は、次世代型空間デザインメディア『TECTURE MAG』の編集長を務める加藤純さんと、建築系出版社を退社後に株式会社ミルグラフを立ち上げ多数の建築書を自ら企画し出版している富井雄太郎さんを招いて、現在進行形の建築メディアの変化について明らかにしていく。(磯)


第42回AF-フォーラム +
空間  構造  デザイン研究会 Part I第5回 :「空間と構造の交差点」
「軽い木の特徴を活かした“モクビルプロジェクト”」


日時:2022年06月25日(土)14:00~
会場:オンライン(Zoom、Youtubeライブ配信(アーカイブあり)
参加申し込み:https://ws.formzu.net/dist/S895819741/
★Youtubeでのご視聴はお申し込みの必要はありません。

コーディネーター:斎藤公男
パネリスト   :加藤 詞史(加藤建築設計事務所)、中西 力(スターツCAM)、小野塚 真規(オノツカ)
プログラム   :建築家・構造設計者・木架構制作者の3者による講演(各20~30分)の後、討議など。

木質系の建築技術が、大スパンから高層化へ向かう現在、江戸川区に竣工した「モクビル」を題材に「高層木造の現在」を考える機会とします。
2010年に施行された公共建築物等木材利用促進法や温室効果ガス発生抑制などの社会的ニーズにより、木質構造による中高層建築物の規制緩和を背景にした建設会社と設計事務所の「民間企業」による取り組みがその特徴です。
カーボンニュートラル、免震による都市部の質向上(強靭化)などの課題解決と新しい価値の創出をテーマとしています。

題材の南葛西モクビルは、上階4層の木質構造と下階5層の立面混構造建物に免震装置を加えた構成となっており、都市部をフィールドとして建設、不動産を中心に多角的に事業を展開するスターツCAMと木質系技術を背景に活動・設計を行なってきた加藤詞史/加藤建築設計事務所の共同開発プロジェクト(試設計)を背景に生まれた建物です。
南葛西モクビルの原型となった共同開発の想定モデル建物は、地上8~11階建て、述床面積1,000~2,000m2前後の中小規模の建物で、上層4層の木質化と免震を組み合わせたものです。

木質化の取り組み内容は以下となります。

▹上層4層木質化の特徴
・告示仕様の汎用性のある耐火構造。
・120角柱を基本とする一般住宅流通材を使用。
・「構造用合板張耐力壁」の構成。
・耐風圧性能、通気構法などによる持続性に配慮。
・遮音試験による居住環境の性能確保。
▹下層5層RC部の特徴
・上層木質化(木重量はRC重量の1/6)による構造躯体量および杭の軽減を(同じ9階建てRC造比)。
▹免震部の特徴
・混構造に最適化した免震装置の選定。
・斜め柱による容積最大化(免震離隔距離確保)。

このプロジェクトの先進性は、汎用性の高い告示を中心とした仕様と部材構成による高層木造の実現に加え、下部躯体・地盤への負荷軽減を中心にして、構造、施工的なメリットを反映、同規模の全階RC造(耐震)と同程度の建設コストによる免震建物を実現した点です。
「見せる木」とは異なる「軽い木」を活かす、材を性能面から活用する取り組みとなっており、木の材料特性を引き出しています。

施工においては、林産県の加工工場との連携による都市部と地方との人材交流と補完をはかっています。
また、住居空間と親和性が高い木質構造により、より快適な温熱空間を実現。住空間の代名詞ともいえる勾配屋根の採用で、最上階の住まいをより豊かにしています。

将来的な改修や減築、解体負荷の低減など、建設〜解体までを包括するプロジェクトとしても位置づけています。複数棟、量産メリットを視野に入れた取り組みとなっています。


多様化する構造デザイン 未来へと繋ぐ平成時代の軌跡

著者名:日本構造家倶楽部 多様化する構造デザイン編集委員会 / 出版社:建築技術
ISBN:978-4-7677-0171-4 / 定価:3,960円(3,600円+税)
発行日:2022年5月20日
ご購入はこちらから

★出版記念シンポジウムを企画中です。詳細決まり次第ご連絡いたします★


『建築文化』が、今から60年前の1961年4月号で「構造設計への道」という特集を刊行している。 当時は、これより10年前の1951年に日本初の建築基準法が施行され、戦後の建築構造設計・技術が発展の途に就いたばかりの頃であった。
この特集から30年後の1990年11月に、同じ『建築文化』で特集「建築の構造デザイン」が発刊された。 そこでは、当時の建築構造設計界に大きな影響を及ぼしていた構造家、建築家、学識経験者によって、1960から1990年にいたる30年間の構造デザインの潮流が論述されている。
本書はその時代に続く、1990~2020年の構造デザインの軌跡を後世に語り継ぎ、 次代の構造デザインの姿を探ることを目的としている。1990~2020年の30年間は、あらゆる分野で多様化が言われ、構造デザインの分野もその例外ではなかった。そこで本書の表題を「多様化する構造デザイン」とした。 また、対象としている1990~2020年がほぼ「平成」と重なることから、副題をを「未来へと繋ぐ平成時代の軌跡」としている。
さまざまな課題が懸案事項のまま2020年代に残されている今日、かつてこれほど未来を予測することが難しい時代があっただろうか。このときに、本書が少しでも構造デザインの未来、さらには社会の未来を考える手掛かりになるとしたら望外の歓びである。(「刊行にあたり」(金田勝徳)より抜粋)


【目次】
1. 構造デザインの過去・現在・未来
2. 平成時代の構造デザイン
3. 構造デザインに影響を与えた学術研究の動向
4. テーマ別にみる1990~2020年の構造デザインを取り巻く諸問題
5. 世界の中の日本の構造デザイン


神田 順 まちの中の建築スケッチ 「赤坂プリンスクラシックハウス—ビル群の中の洋館—」/住まいマガジンびお

SNS
aforum4   AForum9   A-Forum Staff