4~5年前に自宅近くのアパートが解体された後、しばらく駐車場になっていた場所へ今年の4月、消防署が移ってきた。構造は3階建てながら、最近すっかり影を潜めている鉄骨鉄筋コンクリート造である。その上、柱・梁の断面寸法が建物規模の割には大きくて、消防署らしく耐震強度が高そうな構造に見える。
私の住む街は東京都内にありながら、どういう訳か一昔前まで「東京都下」と呼ばれ、現在でも市外から人が訪れるような繁華街もなく、街並みもひっそりとしている。おまけに「都下」であったころにパラパラと点在していた工場の多くはより郊外に移転し、畑も確実にその面積を縮小させている。そしてその後に建設されるもののほとんどは集合住宅で、他には貸コンテナ倉庫、駐車場、コンビニか、たまにスーパーマーケットといったところで、「人口増に比べて税収が増えない」と市の行政担当者を嘆かせている。
そんなこぢんまりとした街にふさわしく、その消防署は本署と言いながらもさして大きな建物でもなく、一階が消防と救急車両の車庫ということ以外は、ありふれた集合住宅の様な佇まいである。建物のそんな地味な表情も、丁度良いサイズに納まっているように見える大きさも、決して財政豊かとはいえない我が町らしく、微笑ましくも感じられる。
この消防署の竣工時に市民を対象として開催された見学会に、ご近所のよしみで参加をしてみた。見学会には、近年多発する災害からこの種の施設への関心が高まっているのか、私の想像をはるかに超える数の市民が参加をしていた。その参加者からの「どうして免震構造にしなかったのか」という質問に、説明担当者は「予算がなかったから」とばつが悪そうに答えていた。一納税者としてはそれも仕方ないと思いながらも、鉄骨鉄筋コンクリート造の耐震構造と鉄筋コンクリート造の免震構造とのコスト比較は?と、こんなところでも抜けない日ごろの癖に苦笑しながら、口を挟むのを思い止まった。
見学会の際、消防署副署長から「これから何かとお騒がせして、ご近所の皆様にはご迷惑をお掛けしますがご理解を」というご挨拶があった。その時は、消防署なら消防車、救急車の出動の際のサイレンはつきもの、そのくらいの覚悟はできてますよ、との想いでそのご挨拶を聞いていた。ところがいざ消防署として本格稼働し始めると、狭い裏庭や小さな訓練棟を使って熱心に消防・救急訓練を日常的に行う様子に驚かされ、発せられる(騒)音も想定外であった。
その訓練では、火災時の喧騒の中でも良く通るだろうと思える大声での指令とサイレンが間断なく飛び交い、その指令に従って署員が訓練棟の小さなドアをめがけて放水をする。その程度のことなら何でもないことの様に見えるが、ホースの先から高圧で吹き出る水を遠くて小さなドア開口を通して屋内に注水することは至難の業のはずである。別の日には、はしご車から伸びた梯子を駆け登り、屋上やベランダにいる人を梯子の先端に取り付けられた揺れる台の上に誘導する訓練が繰り返されていた。高所恐怖症気味の私には見ているだけで目がくらむ。
こうした様子の一部始終を、新型コロナ感染予防のために在宅を強要された自宅から眺めていた。一緒に見ている女房が「なんだか遊んでいるみたい」というのを「何を言うか、この訓練がいざという時の備えであり、消防署員にとって、これが最も大事な仕事」とさかしらなことを言って諫めていた。しかしそう言う我が身を振りかえれば、家に置いてある消火器の扱いすら知らない。そんな頼りない二人暮らしの私たちは、署員の皆様の頼もしくも凛々しい姿を目の当たりにし、「こんな若者が近くに来てくれたので安心」といささか見当はずれのことを思っていた。
日本が「経済大国」と言われ、米国はじめ海外との貿易摩擦を起こすたびに「エコノミックアニマル」などと揶揄嘲弄された時代があった。それに変わって、このところ日本が「災害大国」と言われるのをよく耳にする。確かにこれまでのこと、これから起こると予測されていることを思い起こせば、この言葉を否定することはできない。ならばこうした防災・減災体制をしっかりと整え、備える必要があることは言うまでもない。そして国内だけでなく海外のどこかで災害が発生した時、救援活動に必要な人材と機材をいち早く派遣して「災害大国」のノウハウを活かし、その役割を果たせる国になることを目指したらどうだろうか。
(K.K)
コーディネーター:和田章
パネリスト:田辺新一(早稲田大学) 、山中大学(総合地球環境学研究所)
日時:2020年8月21日(金)18:00~20:00
地球上に人類が現れる前から存在していたと言われるウイルス、これほど恐ろしいものだと思っていなかった。新型コロナ感染症の広がりは、日本では第二波が始まり、世界の感染者は増加を続けている。3月17日に短期のトルコ出張から帰ったが成田空港はほとんどフリーパスで、水際対策はほとんど行われておらず、ウイルスはこの時期に日本に入ってきたのだと思う。4月16日には緊急事態宣言が全国に発せられ、社会活動、経済活動が大きな制約を受けた。5月25日に宣言は解除されているが、7月以降の東京の状況は再度悪化している。哲学者、歴史家、生物・環境の専門家だけでなく、建築家もコロナが終息したのちの社会について論じている。
建築の構造設計に関わる仕事をしてきた我々にとって忘れられないことは、1995年の兵庫県南部地震、2001年のニューヨーク世界貿易センタービルのテロによる崩落、2011年東日本大震災であるが、100年に一度と言われるウィルス感染症のパンデミックは、これらを超えるほどの大問題である。
人々の豊かで楽しい生活を満たすために、建築関係者は日々頑張ってきたし、これからも同じように進めるのだと思う。このようにして作られた人口集中かつ過密な東京は、ウィルス感染症の広がりには弱い都市であることがわかった。
多くの人がこれからの社会の進む方向について考え、悩んでいると思う。最も楽観的な人は2年もすれば、コロナのことは過去のことになり、今まで進んできた方向に戻ると考え、最も深刻に真剣に考えている人は、これまでの社会でノーマルだと思っていたことが、実はアブノーマルなのであって、これからは本当のノーマルな社会を作るべきと考えている。
答えのない問題についてA-Forumに集まる方々と議論したいと考え、関心のある方には遠隔からZOOMからご参加いただく方法で開催したい。
和田 章
「新型コロナウイルス感染症制御における換気の役割」田辺 新一
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症を(COVID-19)と呼ぶ。日本でも猛威を振るっている。ウイルスそのものは、0.12μm程度の大きさである。日本では3月上旬に3密(密閉、密集、密接)を避けるという対策が提案された。感染経路には、飛沫感染、接触感染、空気感染の3ルートがある。結核や麻疹のように空気感染しないとされていたが、3密対策で換気の悪い密閉空間でのリスクが高いと指摘されたため、エアロゾル感染(空気感染)が注目されている。講演では世界保健機関(WHO)の対応、国内外の対応に関して述べる。また、1~2mの距離をあけることの重要性、マスクの機能に関して科学的な知見に基づいてその効果を紹介する。加えて、会話や咳などによる飛沫・飛沫核の粒径や挙動に関して述べる。特に5μm~20μmの飛沫は空気中に漂うことが分かっており、換気は効果があることが科学的に証明されてきている。広州のレストラン、韓国のコールセンターでのクラスター発生状況に関して解説する。ここ数ヶ月で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が便や尿からも排泄することが分かっている。また、唾液中に存在することも分かっていることから、食事、会話、合唱、カラオケなどのリスクに関して説明する。換気や空調でリスクを低減するためには何を行えば良いか、厚生労働省や建築学会、空気調和・衛生工学会の提言を引用して紹介する。接触感染に関しては、一時間に10~40回程度顔面に接触することが分かっており、手指衛生の重要性に関して紹介する。学術的な研究がまだ全世界で継続的に行われているが、研究者の情報発信のあり方に関しても紹介したい。この感染症が何時終息するかはワクチン、特効薬、治療法、ウイルスの弱毒化など見通せないが、社会変革は加速し、「脱炭素、超分散、デジタル社会」は到来するだろう。
「COVID-19で顕在化した人間活動偏在による災害・環境リスク」山中 大学
海岸付近(陸海空3圏の境界)では物理量の変化が大きく純水(河川・降雨)供給も集中し,多様な生物圏が作られ,人類もここに偏在して産業・交通を営み,権力・富・設備・人材・情報を集約した巨大都市(megacity)を構築してきた.このような人間活動の偏在が,近年の災害多発,経済格差,環境汚染,感染症蔓延の背景となっている.
人間活動の偏在を表す指標として「平均対人距離」(mean personal distance = MPD)を,人口密度の逆数の平方根として定義する.MPDは,地球上の全陸地については (77億/1.5億km2)-1/2≒140 mでインドネシア泥炭開拓地とほぼ同程度であるが,東京都は12 m、ジャカルタ都は8 mで,各都心繁華街や通勤交通機関ではさらに小さい.自然災害やテロに対するリスクは, MPDが小さいほど高い.最近のCOVID-19に対するsocial distancingは,MPD < 1~2 mで感染リスクが生じることに対応している.
COVID-19に際しての自粛(鎖国・都市封鎖)で人々は住居近くで日常品購入など限定的に活動し,少数のsuper-spreaderが感染を拡大した.総感染者数=人口×感染率=人口密度×面積×感染率=MPD-2×面積・感染率という関係が,日本47都道府県, インドネシア34州, 欧州(WHO区分)54国, 米国55州・領土について土地利用形態や貧富格差,解析対象面積の違いにも拘らず第一義的に成立する.日本では5月末に感染率×地域面積~1 km2,つまりこの面積程度の全住民感染で一旦収束した.この値はインドネシアでやや大きく,欧米では2桁ほど大きい.北海道やインドネシア泥炭地域は,支庁別など下位行政単位にすると他と似た分布になる.日本の6月以降の「第二波」や,東京都下62区市町村の分布はMPD-3に近い分布で,最終感染面積あるいは面積固定時の感染率がMPD-1に依存することを示唆する.
面積1 km2程度の間隔の「街路のsocial distancing」は, 感染症に限らず自然災害に対しても有用である.日本各地で甚大な被害を出している局所的豪雨に対する避難所や医療施設の配置なども,総合的に考えていくべき時期である.