A-Forum e-mail magazine no.71(16-03-2020)

日本建築学会大賞受賞の感謝

⼤切なことを教えていただいた国内外の多くの先⽣⽅、先輩、⼀緒に研究や設計を進めた同僚や後輩、そして卒業⽣に⼼より感謝致します。このなかでも、多くの卒業⽣が研究・設計・施⼯の場⾯で⼤いに活躍していることを誇りに感じています。74 歳の誕⽣⽇に⼤賞受賞のお祝いの会を開いていただいた機会に、最近感じていることを少し書かせていただきます。 

「簡単ではないが、こんな人になれたら良いと思う」

マドリッドのある⼤きな美術館に朝から⼣⽅までいたことがある。画家の卵の⼥⼦学⽣が、それほど⼤きな絵画ではなかったが、その横にキャンバスを⽴てて模写を始めていた。絵具も筆も持っているので、特別な許可をもらっているのだと思う。朝には鉛筆で輪郭を描いていたが、⼣⽅にはほとんど完成していた。オリジナルの絵を描いた画家は、何枚もスケッチを描いたかもしれない、絵の具や筆を使うときにも⼤いに悩んだと思う。これには何年もかかることもあれば、1週間の場合もあると思う。しかし、⽬の前の素晴らしい絵を模写するのは1⽇でできてしまう。

ゼロから考えて実⾏することに⽐べ、既にあるものを真似することは驚くほど容易である。多くの⼈はどうしたら上⼿くいくかを知りたいと思っている。⽂明社会の効率を⾼めるために、教育が必要で、教科書が必要なのはこのためだろう。構造設計の分野では、研究者や技術者が真剣に考え、学会や協会の指針やマニュアルを作り、メーカーのカタログ、構造計算ソフトなどを整備している。我々のまわりには、ゼロから考えなくても良い仕組みが次々にできてくる。

インターネットを通して何でも調べることができ、汗⽔かいて⾏っていた構造計算はコンピュータの仕事になった。それでも、関係者は忙しい・忙しいという。もっとゆっくり考え、議論し、模型を作ったり、国内外の建築を⾒たり、地震災害や豪⾬災害を調査に⾏く、マニュアルやカタログを疑い、実験をする、⾃分でできなくても実験を⾒学する時間はあるに違いない。⽇々設計し、施⼯している建築が良い社会を作っているかどうかも考えねばならない。

汗⽔かかずに⾝につくことなど何もないことを多くの⼈が忘れている。我々の努⼒はまだ⾜りないと思う。ミケランジェロは歴史に残る最⾼の芸術家であるが、晩年に「Still, I learn」と⾔っている。

誰かがこれで良いと記述し、その周囲の⼈たちがこれで良いとして、順調に進められていることについて、基本に戻って考え、指摘・質問することは難しい。うっかり質問すると、「そんなことも知らないのですか」と冷たい⽬で⾒られる。根掘り葉掘り、他⼈がしたことを疑うのは、順調に動いている社会に竿をさすことだと多くの⼈が思い、黙ってしまう。しかし、「仕事の流れを誰も疑わず、順調に進んでいる」ことの⽅が怖い。

構造物の成り⽴ちを⽀えている重要な原理の⼀つ「塑性理論」に従えば、「構造物や⾻組について、その壊れ⽅を想定して計算した終局耐⼒は、その構造物の真の終局耐⼒を表すこともあるが、真の値より⼤き過ぎることが多く、控えめの値にはならない」という上界の定理がある。関係者の考えた崩壊形が正しくないと、計算した終局耐⼒は真の値より⼤きめになってしまう。どのような構造物も、どのようなシステムも、関係者が期待した強さや能⼒を発揮しないことが多く、実際の強さや能⼒は期待したより低くなりやすい。よほど慎重に真剣に議論した場合のみ、「考えと実際が等しく」なり、期待した通りの性能を発揮する。真剣な考察と議論が何より重要である。

構造物や社会に存在する弱さは、阪神淡路⼤震災や東⽇本⼤震災などの⽇本の震災や近年の⼤⽔害だけでなく、世界の震災・⽔害や事故でも顕れた。多くの研究者・技術者が関わっていて、真の崩壊形や事故、そして災害状況がイメージできていないからである。楽観的な⼈間がしていることには弱点があり、⾃然は偉⼤で抜け⽬がないから、同じような災害や事故はまた起きうる。

⼼臓⾎管外科の名医・須磨久善は想像⼒について重要なことを述べている。⼿術の前夜に、当⽇の⼿術の始めから終わりまですべてを想像のなかで作り上げる。ただ、実際の⼿術では思ってもいないことが起こるから、とっさの判断・決断⼒が重要であり、⼿術の⾼度な技術が必要だという。建築物だけでなくまち作りにも第⼀に想像⼒が必要である。そして設計があり、経験、科学と⼯学がこれを⽀える。

構造設計者として皆が尊敬する坪井善勝は1976 年に⽇本建築学会⼤賞を受けられた。有楽町の旧・建築会館で⾏われた受賞記念講演会にて、構造設計者には想像⼒が必要だと強調された。鋼製の球殻で作られる深海探査艇の設計を依頼されたとき、ご⾃⾝が⾼⽔圧の海の底で球殻の中に⼊って、安⼼して研究活動をする気持ちになれるかと本気で想像して、鋼板の厚さを決めたといわれた。計算はそのあとである。

最後に⼀⾔。本当の技術者とは、⾃然に敬意を持ち、仕事に愛があり、⼈々や社会に愛があり、仕事をする仲間の中に⼊り、出来上がった姿やその状況に広く深く想像⼒を働かせ、皆の意⾒を謙虚に聞き、真剣に議論し、⼀緒に仕事がしたくなる魅⼒のある⼈だと思う。簡単ではないが、こんな⼈になれたら良いと思う。

(WA)


第32回 AF-Forum
世界遺産への道 ―レガシーとしての「代々木」を考える―


コーディネーター:斎藤公男
プレゼンテーション:
1) 山名善之(東京理科大学教授/美術史家)「世界遺産とは何か―その意義と現状」
2) 豊川斎赫(千葉工業大学准教授/建築史家)「「代々木」の世界遺産登録の課題」
3) 村田龍馬(村田龍馬設計所主催/構造家)「代々木」の耐震改修計画」

日時:2020年4月20日(月)18:00~
諸般の状況により日程が変更される場合には追ってご連絡いたしますのでよろしくお願い致します。
場所:A-Forum
参加費:2000円(懇親会、資料代)、学生1000円
参加申し込み:こちらのフォーム よりお申し込みください。
*「お問い合わせ内容」に必ず「第32回AF-Forum」とご明記ください。

いよいよ東京2020オリンピック開催の足音が高まっている一方でさまざまな状況が日々変化する不安と緊張が交錯する日々が続いている。大会の成功に向けて整備・建設された五輪施設も厳しい工期をのりこえて、無事、完成を迎えることができた。国立代々木競技場(「代々木」)もその一つである。

「代々木」は前回の東京オリンピック(1964)の主役であった。戦後約20年後の日本の復興の姿を示すだけでなく、「日本の建築」の技術とデザインの革新的な融合が世界的に評価された訳である。一時は解体されるのではないか、という危機的状況をのりこえ、今回の耐震大改修となった。レガシーとしての「代々木」をさらに世界遺産登録へ、という期待が高まっている昨今、この動きを何としても高めたいものと誰もが痛感していよう。

いうまでもなく世界遺産(World Heritage)とは、1972年にユネスコ総会で採択された国際条約に規定された世界遺産リストに記載される文化と自然あるいはその複合遺産のことをいう。審査にあたって建築等が含まれる文化遺産は助言機関であるICOMOS(国際記念物遺跡会議)が事前調査を行い委員会に意見を出す。文化遺産の様々なカテゴリーの内で、「20世紀遺産」と呼ばれる領域だけは19世紀から現代を対象とした時間軸を設定し議論が進められるようである1)。また1988年にオランダで結成された国際NGOであるDOCOMOMOは、20世紀遺産の中でも特に近代運動、いわゆる「モダニズム建築」に関わる建築遺産の保存をその活動の中心においている。

こうした近過去の遺産をどう評価するかは今日の社会状況と深く関わってくるだけに中々難しい課題であろう。たとえば“作品”と建築家・設計者の関係はどう問われるか。非西欧圏に対する視点が欠如していないか。建築後何年経っていることが必要なのか。そうした多くの議論が交わされているようである。

日本の文化財保護法においては、登録文化財は50年以上を経過したものと明記されており、当然、その上の国宝、重要文化財は50年以上が運用の前提となり、世界遺産登録への足がかりもそこが問われることになる。一方、シドニー・オペラハウス(1973)の世界遺産登録は完成後34年(2007年)であり、今年で56年目を迎える「代々木」(1964)は決して時期尚早とは言えない。今、「シドニー」と「代々木」を対比することは極めて興味深い。

20世紀遺産と考えられリストに登録されたものは、例えばA.ガウディの作品群(1984)、L.コスタ・O.ニーマイヤーのブラジリア(1987)、L.コルビュジエの作品群(2016/7か国・17作品)、F.L.ライトの作品群(2019/8作品)などがある。ほかにもA.アールトやM.V.ローエ、L.バラガンといった巨匠達の作品も申請されたが登録には至らなかったようである。

果たして20世紀遺産は世界遺産としてどう評価されるのか。稲葉信子は世界遺産に求められるのは普遍的価値と物語性であるとし、2つの会議の様子を紹介している2)。ひとつは1994年の専門会議であり次のような憂慮を議事録に記している。「たとえば、20世紀建築は偉大な建築家や美学の観点からのみ考えるべきことではなく、材料の使用、技術、仕事、空間組織、または広範に社会生活における多様な意味の明らかな変化として考慮すべきである。(以下略)」と。
いまひとつは1988年のアムステルダムで開催された専門会議の声明。すなわち「文化・自然遺産を特徴づける顕著な普遍的価値の要件は、人類のあらゆる文化に共通し対処される普遍的性質の諸問題に傑出した対応と解釈されるべきである」と。

ところで筆者が大学に入学した1957年(昭和32年)、建築会を醒覚させる2つの出来事があった。L.コスタによる「ブラジリア」とJ.ウッソンによる「シドニー・オペラハウス」が共に国際コンペに勝利したのである。そして両者は各々36年後、50年後に共に世界遺産に登録されたのである。筆者が初めて両者を訪れたのは1972年であったが、完成を半年後に控えた「シドニー」の思い出は特に感慨深い。竣工式を欠席したというウッソンの苦悩や挫折、アラップの16年の苦闘、そして当局と関係を回復した建築家が登録直後に逝去(2018)したことなどが胸を打つ。

幸運にも筆者は、院生時代に坪井善勝研究室の一員として「代々木」のプロジェクトに参加することが出来た。当時やっと軌道にのりかけた「シドニー」の大版の青図を囲んでの議論も鮮明に思い出される。

いまあらためて思う。「シドニー」は一体どのような評価を得たのか。そして「代々木」が世界遺産として問われる「普遍性」や「物語」は何であろうかと。遺産登録への理解と支援の高まりを期待したい。

参考文献:
1) 山名善之「世界遺産―ル・コルビュジエ作品群」(2018.TOTO出版)
2) 稲葉信子「世界遺産と近代」(2019.A+U)


第19回 AB(アーキテクト/ビルダー「建築の設計と生産」)研究会
建築生産を支える専門職(サブコントラクター)の世界

コーディネーター:布野修司+安藤正雄+斎藤公男
概要・趣旨説明:中村良和
プレゼンテーション:
1.「瓦職人(屋根仕上業者)の世界」:坪井 進悟((株)坪井利三郎商店 代表取締役社長)
2.「鉄加工建材メーカーの世界」:代表取締役社長 坂田 清茂(カツデンアーキテック(株))

新型コロナウイルス感染症の影響により、開催延期が決定いたしましたのでお知らせいたします。
代替日時につきましては、決まり次第お知らせいたします。

日本学術会議公開シンポジウム/第9回防災学術連携シンポジウム 「低頻度巨大災害を考える」

日時:2020年3月18日(水)12:30~17:30
詳細はこちら
われわれは、地震や台風、火山噴火など、地球規模の物理的な営みの影響を受ける環境の中に暮らしている。地球の営みは人間の一生よりもはるかに長いスケールで変化・変動しており、人類が地球上に現われたのちに注目しても、記録が文書に残されるより以前から、われわれの祖先は多様な自然災害に見舞われながら生きていたはずである。本シンポジウムでは、現在の社会の構築、構造物の設計や防災活動において、一般的に想定している自然外乱よりも、発生頻度は低いが、もし発生するとわれわれの社会に非常に大きな影響を及ぼし国難級の被害となる巨大自然災害を対象として議論したい。これらの中には防ぐことが極めて困難な災害も含まれると予想されるが、学術分野として躊躇することなく、これらの発生の可能性を把握しつつ、取組みの方向性を考えておく必要がある。
この低頻度巨大災害を引き起こす極端な自然事象の発生の可能性を、現在までに得られている科学的知見に基づき、理学系各分野の専門家より解説していただき、これらが社会に及ぼす影響について工学系、および人文・社会科学系の各分野の専門家より発表していただく。これらをもとに、今後の学術分野における取組みの方向性を議論する。

新型コロナウイルス感染症の拡大防止を考慮し、発表はインターネット中継によって公開し、日本学術会議へのご来場はお断りすることにしました。インターネットでの閲覧は、以下よりアクセスしてください。

AND賞設立記念シンポジウムの開催変更について

三寒四温の日々、例年より一足早い桜の開花とのことですが、コロナウィルス感染症 の鎮静化はあまり見えません。健康への不安はもちろんですが、社会や経済の活動が停滞していることが大変気がか りなことです。

そうした状況を踏まえ、過日ご案内した「AND賞設立記念シンポジウム」の開催予定(4月4日)をYoutubeライブ配信に替えさせていただくことにしました。永年にわたって構想した上での同賞の設立に当たっては多くの方々から支援と期待の 声が寄せられています。是非、リアルタイムでの受信を通してAND賞への関心を盛り上げて頂くと共に、多くの方々の応募(応募要項は5月初旬公開予定)をお待ちする次第です。

皆様のご健勝を心よりお祈りいたします。

実行委員長 斎藤公男


司会:宮里直也
1)基調講演:「アーキニアリング・デザインの世界」 斎藤公男(日本大学名誉教授/A-Forum代表)
2)パネルディスカッション:「イメージとテクノロジーの融合を目指して」
司会:福島加津也
堀越 英嗣(委員長・芝浦工業大学教授、建築家)、陶器 浩一(滋賀県立大学教授、構造家)、磯 達雄(建築ジャーナリスト)

日時:2020年4月4日(土)16:00~
場所:A-Forumより配信。懇親会は中止


神田 順
まちの中の建築スケッチ 第28回「札幌の時計台—まちの象徴としての建物—」/住まいマガジンびお