1.未完成の製造技術と出荷試験データの改ざん
建築構造設計において、構造設計者がまとめる 図面や仕様書の各部の製品には、あるメーカーの製品と要求性能が書き込まれるが、建設会社は同等品であれば他のメーカーの製品を採用することも可能にすることが多い。これにより、製品選択に競争原理が働き建設費を下げることができる。高減衰ゴム系積層ゴム支承(以後、高減衰ゴム支承と呼ぶ)を用いた免震建築物は、この支承に、①鉛直荷重の支持機能、②基礎と建築物間の絶縁機能、③適度な復元機能、④地震時に発揮する減衰機能、⑤大きな水平変形能力の5つの重要な機能を期待していて、メーカーはこの複雑な要求性能を満たす製品を開発する必要がある。
東洋ゴム工業の高減衰ゴム支承の開発においては、先行するメーカーが存在していたため、このメーカーと同等の性能を持たせることを目標にして開発が進められた。減衰性を発揮するゴムそのものには各社のノウハウがあり、材料や製造法は公開されていない。開発にあたり「あちらを立てれば、こちらが立たず」となりやすいため、すべての性能において同等な性能を持つゴムを作ることは難しい。東洋ゴム工業の事件が顕在化してから分かったことだが、国土交通大臣への認定申請書類の提出段階から、同社はデータの改ざんを行なっていた。
これは恐るることであり、研究開発が未了のまま、この製品の販売が始まっていたことになる。先行メーカーとの間でコスト競争が始まり、データ改ざんされた製品が154棟もの免震建築物に適用されるに至った。工場出荷試験でデータ改ざんを行うことにより、製品の歩留まりは 100%となり、真の性能保証のないままコスト競争力が高まった。
同種の事件として、2018年10月まで約20年間にわたりデータ改ざんが露呈しなかったKYBなどのオイルダンパーがある。歩留まり 100%で生産され、異常なコスト競争が進められ、852棟の免震建築物、139 棟の制振建築物に使われた。「二度あることは三度ある」と言われるが、免震構造・制振構造の健全な発展と普及のため、我々は確実な対策・方策を取る必要がある。
2.個別の試験データの確認だけでなく、多数の製品の試験データの統計的確認
工場から工事現場に製品を受け入れる段階で、書類や工場の立会い検査などが行われるが、ここに多くの外部の技術者が関わっている。しかし約20タが、要求性能のなかに「入るか否か」を独立的に注目していたことに問題がある。同種の多数の製品の各性能について統計データを作って確認していれば、故意に係数を乗じて作られた「試験データのばらつきに生じるおかしさ」に気付くことができたはずである。モノや現象を個別に見て可否を決める個別的かつディジタル的な方法に盲点があったと言える。建築に関わる各種の製品は多量に使われることが多く、個々のデータに注目するだけでなく、同種の製品の全データを統計的に確認する習慣を、我々は持つ必要がある。
3.高減衰ゴム支承の交換工事
出荷試験のデータが改ざんされた高減衰ゴム支承が組み込まれた多くの建築物のなかには、すでに竣工していたもの、工事中のものなどがあった。すでに使われている建築物の場合は、建物内の人々の安全とその建物の機能維持が最重要であり、交換工事中の安定した鉛直支持能力の維持に加えて、工事中の地震発生への安全性を考慮した工事が必要である。この方法について、多くの施工会社の垣根を超えた真剣な議論が行われ、各施工会社はこの結論に従い安全第一の大変な交換工事を進めつつある。
4.製品の能力に比べ能力不足の試験設備とデータ改ざんの温床
積層ゴム支承を用いた免震構造の開発は、我が国では1970年代後半に始まった。当初は減衰性を持たない天然ゴムを利用していたため、試験結果は変形速度の影響を受けない。水平2方向に変形を与える試験を行ったとしても、天然ゴム系積層ゴム支承(以後、天然ゴム支承と呼ぶ)は弾性かつ線形な性質を持つため、水平抵抗力は与えた変形履歴の影響を受けず、最終時点の絶対変形量のみによって抵抗力が決まる。この合力の方向は常に積層ゴム支承の上下面の中心点を通るなど、天然ゴム支承の力学的性質は単純である。試験装置は十分な鉛直荷重を作用させつつ、水平一方向に低速の加力ができればよく、高速な動的水平加力や2方向加力などを行う必要はなかった。
一方、後になって開発された高減衰ゴム支承は、減衰性をもつため変形速度の影響を受け、非線形な挙動を起こす。水平2方向変形を与えると、抵抗力は履歴の影響を受け、抵抗力の向きは積層ゴム支承の上下面の中心を通らないなど、力学的性状は非常に複雑である。これを正確に把握するためには、実大の製品について鉛直荷重を与えた条件で、水平2方向に高速の水平変形かつ大変形を与えることのできる試験が必須である。
新しく減衰性を持つ大型の免震支承を開発し、市場に出したにもかかわらず、天然ゴム支承のために作られた試験機を能力不足のまま用いてきた。今でも、この状況は変わっていない。具体的には、「小型の製品の動的試験データ」と「実物大の静的試験データ」をもとに、実大の製品の動的力学的性質を計算で推定している。この推定の計算過程に故意にデータを改ざん・操作しうる温床があり、外部の技術者の目をごまかしていた。現在でもこの温床は日本の各社にそのまま存在し続けていて、基本的に解決されていない問題である。
5.今後の方策
積層ゴム支承を用いた免震構造の開発・応用において世界を率いてきた日本であるが、我が国には、大きな鉛直荷重を安定して与えつつ、水平2方向に高速大変形大荷重の載荷が可能な本格的な試験機は、メーカーにも公的試験機関にも存在しない。米国にはカリフォルニア大学サンディエゴ校の試験機、中国にはすでに複数の試験機、台湾には2台の試験機、このほかイタリアにも2台、トルコなどにも本格的に試験機がある。
我が国にも本格的な三軸大型動的載荷試験装置を持つ共用機関を作り、①免震・制振技術の国際競争力を高めるための研究・開発を進めること、②各社の製品が要求通りの性能を持つことの確認試験がいつでもできること、③具体的な建築物の施工に用いられる製品を抜き取りで試験し性能の確認ができること、などを早急に実現すべきである。
建築防災 2019.10より
(WA)
コーディネーター:金田勝徳
パネリスト:大越俊男(元 日本設計)、五條渉(日本建築防災協会 参与)、常木康弘(日建設計 取締役兼常務執行役員)
日時:2019年11月14日(木)17:30~
場所:A-Forum
参加費:2000円(懇親会、資料代)
参加申し込み:こちらのフォーム よりお申し込みください。
*「お問い合わせ内容」に必ず「第30回AFフォーラム参加希望」と明記ください。
建築基準法は、前身となった市街地建築物法が1919年に制定されて以来、今日までの100年の間に改正が繰り返されて現在に至っている。とりわけ後半約40年間の改正は目まぐるしく、1981年の新耐震設計法の導入以来、改正の度に構造設計に係る技術基準が増え続けている。
2000年には「性能規定化」が行われたが、同時に確認・検査の民間開放が行われたため、技術基準は、関連する解説書などを含め、より具体化・詳細化される方向となった。これらは、一貫計算プログラムへの依存度の高まりなど、設計のあり方そのものにも大きな影響を与えている。続く2005年の構造計算書偽装事件をきっかけとした2007年、2008年の法改正では、偽装事件の再発防止に加えて、同時に明らかとなった不適切なモデル化の横行等への対策として、法の運用の厳格化、違反に対する罰則の強化が目指され、手続き関係の規定や基準がより一層細かくなった。同時にピアレビューの考え方を踏まえた構造計算適合性判定制度や、構造設計一級建築士制度が導入された。しかしそれらの結果として、限界を超えて詳細で複雑なものとなった法基準によって不自由と感じている設計者はいても、構造設計者が責任や能力を十分に発揮できるような環境作りが進んでいるとか、法体系があるべき姿に近づいているという声は聞いたことがない。
そこで当フォーラムでは、フォーラムの4回に一度の割合で、改めて現在の構造設計に関する法制度を問い直し、これからのあるべき姿を考え、さらにはその姿に近付けるためにはどうすれば良いかを全3回の予定で議論することとした。第一回目は、今年2月に表題テーマの「その1 現行法基準の問題点を考える」を、神田順、五條渉、土屋博訓の方々をパネリストにお招きして開催した。
当日はフォーラム参加者も交えて白熱した議論が展開され、様々な視点から今生じている、ないしは今後生じることが予想される法基準の問題点の洗い出しを行った。その結果、全体の流れとしては、現在の仕様規定型を中心とした設計法から、性能設計型への移行がこれからの法基準のあり方にではないかという方向性が見えてきた。そこで今回は「その2」として、性能設計に関する論議を中心に話題を展開したい。
当日はやや重いテーマではありますが、設計のBIM、AI化を間近にした今、多くの皆様と忌憚のない意見交換ができることを願っております。
金田勝徳
日時:2019年11月6日(水)~ 13日(水)9:30~19:00(6 日(水)13:00 から/9 日(土)20:00 まで/13 日(水)16:00 まで)
会場: 建築会館・建築博物館ギャラリー(東京都港区芝 5-26-20)
展示内容:
・構造技術の歩み「空間構造」と「対震構造」
・力学から東京オリンピックへ「学生と考える五輪スタジアム」
・構造デザインの世界「若手構造家のプロジェクト」と「川口衞メモリアル」
・40 Years After BSS の軌跡(IASS とともに)
主催:日本建築学会・JSCA
詳細はこちら
日時:2019 年 11 月9 日(土)15:00 ~ 18:00
会場:建築会館 3F 会議室(東京都港区芝 5-26-20)
主催:日本建築学会関東支部構造専門研究委員会
詳細はこちら
日時:2019 年 11 月6 日(水)~ 11 月8 日(金) 9:00 ~ 20:15( 6 日(水) 14:00 から)
会場:建築会館ホール(東京都港区芝 5-26-20)
期間中に講演会開催、詳細は Web サイトを参照ください。
主催:JSCA・日本建築学会
詳細はこちら
会期: 2019年7月20日(土)~10月14日(月・祝)
会場: 建築倉庫ミュージアム 展示室A 〒140-0002 東京都品川区東品川 2-6-10)
開館時間: 火〜日 11 時〜19 時(最終入館 18 時)、 月曜休館(祝日の場合、翌火曜休館)
入場料: 一般 3,000円、 大学生/専門学校生2,000円、 高校生以下1,000円 (展示室Bの企画展示「Wandering Wonder-ここが学ぶ場-」の観覧料含む。)
企画・主催: 寺田倉庫 建築倉庫ミュージアム
特別協力: 斎藤 公男
協力: 犬飼 基史/ 津賀 洋輔/ 瀬尾 憲司/ 犬飼 としみ/ 吹野 晃平/ 川口 貴仁/ 石田 雄太郎
詳細はこちら地球温暖化の影響で気象現象は明らかに激化しており、従来の想定よりも激しい豪雨・暴風や高潮などに対して、防災・減災の準備を着実に進める必要があります。日本学術会議、防災学術連携体と57の会員学会などは、これらの災害の軽減に向けて、様々な分野の研究を続けています。防災には「自助・共助」「地域での連携」が大切であり、各地の消防団、町内会や自治体、学校や職場では、防災訓練や教育が続けられています。これらの活動と連携して、学術分野で得られている知見を正しく社会に伝え、互いに情報を共有することが、地域の防災力強化のために極めて重要です。 ここでは防災推進国民大会2019におけるセッションとして、気象災害を対象に、市民の皆様が知りたい防災科学の最前線をわかりやすく伝え、市民の皆様から防災科学に関する質問やリクエストを受け付け、各分野の研究者が答えます。