A-Forum e-mail magazine no.139 (19-01-2026)

ゆく年、くる年 ―年のはざまで想ったり、考えたり

斎藤公男

毎年のことではあるが、年末から年始にかけての数日間、そこには不思議な『時』が流れる。心身の疲れがどっと溢れ出し、美酒にほろ酔いながら過ぎし日をふり返り、新しい年に想いをよせる。何とも得難い時間である。
思えば、明治維新(1868)は私が生まれた昭和13年からわずか70年前。明治と昭和の、2つの時代の隔たりの感覚は自分自身驚くばかりである。21世紀もあっという間に1/4が過ぎた。

年末のテレビでは2つの番組(NHK)を興味深く視た。
ひとつは「映像の世紀―激動の昭和」。昭和元年から数えて100年、太平洋戦争の終わりから80年という。その頃の記憶や思い出は鮮やかに刻まれている ― 日夜響く空襲警報のサイレン、防空頭巾をかぶりながら聞いた機銃掃射の音、東京大空襲で真っ赤に染まった夜空、玉音放送に炎天下で立ちつくす人々の姿。そうした風景を忘れずに覚えている世代はおそらく私たちが最後かもしれないと思う。食するものの乏しさは「モノ」に対する「モッタイナイ」や「アリガタイ」の心を育み、苦難の時代を耐え忍んで乗り越えた人々への敬意は増すばかり。それが反芻された。
いまひとつは「惜別―あの人にもう一度会いたい」。2025年中に逝去した懐かしいスターたちの顔も次々と現れた。長嶋茂雄(6/3、89歳)、仲代達矢(11/8、92歳)、尾崎将司(12/23、78歳)など。長嶋が巨人に入団した1958年は東京タワーが完成し、私が大学2年生、日大の駿河台校舎で学び始めた年でもある。バブル崩壊後、日本が「失われた30年」と呼ばれる時代を通して、彼は生きるレジェンドとして「かつての元気な日本を思い出させる象徴」の役割を担い、演じきった。それはかつての「東京五輪(1964)」や「大阪万博(1970)」の軌跡と役割と同じではなかったかと思わずにはいられない。

左から:仲代達矢(1932生)、長嶋茂雄(1936生)、尾崎将司(1947生)

建築界を息永く牽引してきた原広司(2025/1/3、88歳)、谷口吉生(2024/12/16、87歳)の両名も逝った。原氏とは40年前の1986年、共に建築学会賞(各々が作品賞と業績賞)を受賞して以来の縁。谷口氏は協働した「慶應義塾幼稚舎 新体育館(1987)」で張弦梁に大きな関心をよせ、さらに「酒田市国体記念体育館(1991)」へとつないでくれた。最近、松隈洋が以下のように記している。
「こんなに美しい体育館を見たことがなかった。一人ため息をつきながら、目の前で繰り広げられている地元の中学生の卓球競技を包みこんでいる空間の美しさに、時間を忘れてただ見惚れるばかりだった。(中略)今回、この体育館を訪れてみて、美術館や博物館を数多く手がけた谷口の建築思想をどこか狭く捉え過ぎていたことにも気づかされた。」(「記憶の建築 ―スポーツ讃える透明感のある空間の光明」/建築人、2025年8月号/大阪府建築士会)
「アーキニアリング・デザイン(Archi‐Neering Design:AND)とは、建築(意匠)と技術(構造)の融合・触発・統合の有様と成果である」と位置付けられている。ANDの理念が最も鮮やかに体現されたひとつの事例として「酒田」の評価が改めて蘇ってくるような一文は、嬉しい限りである。

酒田市国体記念体育館 (1991)

とにかく、2025年は、大変な年だった。我が人生で最も忘れ得ぬ年となりそうである。この1年、懸命に取り組み、そして実現できた、大きな出来事は3つある。ふり返ってみれば奇跡のようであり、感謝の念と共にさまざまな感慨がわいてくる。

まず1つ目の出来事は大阪・関西万博2025の「クウェート・パビリオン」の竣工である。打診された当時の状況(2023年7月末)と案件の非現実性を承知した上で、あえて「やろう」と決断した理由は3つ。描かれた空想と建築計画の魅力、J.シュライヒが設立した構造設計事務所(sbp)の関与、そしてパビリオンにこめられたクウェート国の熱意の高さであった。紙面の都合でここでは何も語ることができないが、それとは別に、最も考えさせられたのは「いったい、『万博』とは何だったのか」ということだ。
多くのメディアで取り上げられたのは建築デザインや展示内容。「建築雑誌」でも特集号が編まれ、「構造デザインフォーラム(2025/11/12)」では大屋根リングや4つの話題となったパビリオンを取り上げている。たしかに建築界にとっては新しい意匠や技術(構造、環境)への挑戦や実験の場であり、その有様は過去の万博でも語られてきた。しかし今回の万博をふり返るとき、抜け落ちていた大切なテーマとプロセスがあったと言わざるを得ない。それは国際性の認識の欠如である。
万博開催の約1年前、2024年3月頃、「大屋根リング」は8割が組み上がり、国内の出展館や諸施設が順調に建設をスタートさせている中で56の海外パビリオンに対する国際的対応は遅れに遅れていた。
参加を断念する国や、タイプAからタイプCやXに追い込まれる国も現れ、この時点で約20ヵ国は施工業者が決まっていなかった。海外の参加が減っていけば、一体何のための万博なのか。問われるのは日本の姿勢だ。ふと、2015年7月17日の安倍総理の白紙撤回によって闇に葬られた「ザハ・ハディドの新国立競技場」を思い出す。国際信義(最優秀案への敬意)を失ったことに対してあの時も建築界は黙していたのだ。
そんな中、ひとつの記事が目にとまった。「主役は参加国。迎える立場自覚を」と題する論考を掲げたのは佐野真由子。「万博の主役は世界各国です。開催国に求められるのは、現在の世界をどう見て、どうあってほしいかを演出する世界観。今回の日本は海外の万博に出展するような『参加国マインド』から抜け切れず、自分たちをPRする場と考えすぎている気がします。世界を迎える立場を自覚して各国を最優先でサポートし、主催する意義を国民に真正面から伝えることが、成功のために重要だと思います。」(朝日新聞、2024/4/12)
そうした視点から振り返れば「クウェート・パビリオン」が奇跡に近いプロセスを経て実現できたことにあらためて安堵の念がわいてくる。Team STRUCTUREの結束と情熱に感謝の外ない。中近東の大国に囲まれたクウェートは小国であるが産油国で日本の友好国。自然・文化・科学の融合と発展を体現した優雅でダイナミックなパビリオンの姿形(先見の明かり―Visionary Lighthouse)は佐賀の地に再生されようとしている。
多くの様々な国が肩を寄せ合った「万博」である。「世界との交流と平和」を祈求するシンボルとして立ち上がってほしいと願わずにいられない。両腕を広げた、かつての「太陽の塔(1970)」が重要文化財として時代を超えていくように―。

左:大阪万博1970・太陽の塔 右:大阪・関西万博2025・KWTパビリオンからのメッセージ

新しい年が明けた2026年1月3日、世界に衝撃が走った。トランプ率いる米国のベネズエラ攻撃である。これまで世界が大切にしてきた理念が後退し、「すべては取引(DEAL)」の「自国ファースト」が大手を振り始めている。ロシア、中国、イスラエル、北朝鮮、そしてアメリカなど、世界ではまるで「独裁者倶楽部」のメンバーの面々が「力こそ正義」という風潮を強めている。政治家、政党は、票を集める売名のためのポピュリズムに傾斜しつつ、民主主義を支えるべき国民にゆさぶりをかけている。まさに「今、そこにある危機」だ。
私たちが「万博」の会場で実感した「世界はひとつ、の期待」や「祝祭的体感」。あれは虚像というべきか。余りにかけ離れた「政治の時代」の現実に向き合うと、虚しさで胸が痛くなるのは私一人ではないだろう。果たして日本が生き残る道はどこにあるのか。2026年に考えるべき最大の課題と思われる。

2025年の2つ目の出来事は、懸案だった「旧下関市体育館(1963)」のメモリアル・コーナーの設置を何とか年末に完成させることができたこと。
話は2013年5月頃に遡る。「下関」の耐震改修のための診断・計画が実施された折、下関市より調査結果の検討・意見が求められた。金田勝徳氏に同行いただき現地視察も行ったが、結局改修ではなく新体育館建設のための解体の方向に市議会は舵を切ったのだ。
2018年、訪れた旧体育館の2階ロビーで確認できた「下関」の完成石膏模型などを新体育館(J:COMアリーナ下関(下関市総合体育館))に設置できないかと大成建設(「下関」の施工者)に相談した。メモリアル・コーナー設置構想のスタートである。それから約6年。新体育館の長大なロビー壁面は「下関」の黄金色の屋根材で飾られ、2階の休憩スペースには模型・写真・デジタルパネルを満載したメモリアル・コーナーを設置することができた。解体の跡地には「下関」玄関上を飾っていた「市章」が銘板として設置された。

銘板とメモリアル・コーナー

2025年3つ目の出来事は、いくつかの印刷物をつくったこと。1)張弦梁構造(BSS)デザイン・ガイドブック、2)驚嘆の構造図鑑、3)カレンダー2026、である。1)では手計算の構造計算例、2)では手書きによる建物の内外観や構造システム、ディテール、3)では国内外の旅のスケッチ。
偶然とはいえ、いずれにも共通しているものは「手を動かす」「手で表現する」ことによるコンテンツづくりである。そのことの意味や効用については別の機会にゆずりたいが、一言でいえば、今日急速に発展している「生成AI」と対峙する理念や戦略的・協調的な行為として考えられそうである。デジタルとアナログ、あるいは人間力とコンピューターの有様にも深く関わっているかもしれない。手・眼・頭が連動することで思考は深まり、マクロからミクロ、全体と部分の関係が見えてくる。そうした感覚を抱くのは、時代遅れの私の錯覚かな、と思いながらも、「ヤル気」「おもしろさ」がわいてくるのが事実である。いつの時代にも不可欠であろう「ときめきとヒラメキ」を醸成する鍵となればおもしろい。

左から:張弦梁構造(BSS)デザイン・ガイドブック、驚嘆の構造図鑑、カレンダー2026

ゆく年をふりかえり、くる年をむかえる。貴重な時間のはざまで、空想・想像・構想・構築 ― 創造への歯車を今年も回し続けていきたいものと夢見ている。


第60回AFフォーラム+第3回AND研フォーラム「ポストモダンの時代/ITの普及」

日時:2026年02月25日(水)16:00~
コーディネータ:斎藤公男、松永直美
モデレーター:堀越英嗣(建築家)
パネリストとプレゼンテーション:
「コンピューターの実用の黎明期からの歩み」郭献群(構造計画研究所)
「「構造表現主義」の潮流とその位置づけをめぐって」 田所辰之助(日本大学教授)
「ポストモダニズムとエンジニアリング」倉片俊輔(大阪公立大学教授)

お申込み:https://ws.formzu.net/dist/S72982294/
YouTube:https://youtu.be/QSa5r8c3rNY

1950年頃からの約20年間、コンピューターなき時代ではあったが建築家と構造家との協働は高まり、1970年大阪万博において大きな成果として花開いた。空間構造におけるコンピューターによる実用解析の取り組みがようやくスタートした。
この頃、超高層建築の世界では一歩先んじた形で、1966年には東京海上火災ビルの設計が完了(竣工は1974年)。霞が関ビル(1968)を皮切りに多くの計画が実現に向かって動き出していた。

20世紀を代表する3つの壮大なプロジェクト ―「国立代々木競技場(1964、「代々木」)」、「ミュンヘン・オリンピック競技場(1972、「ミュンヘン」)」、「シドニー・オペラハウス(1973,「シドニー」)」が揃い踏みを終えた頃、建築界の思潮は大きく転回していく。「シドニー」の完成を待っていたかのように磯崎新が発した言説は強烈であった(「構造表現主義の墓碑銘」a+u/1973.10)。ポストモダンは主義=イズムではない、モダニズムに対立しようとする思想ではない、との声を押しのけてその流れの勢いは激しかったように感じられた。本来は過去の蓄積の中から送り込まれ、未来へと発信する意味を持つべき歴史的スタイルが、過度の商業主義的状況の中で、その物語を失った、とも言われる。

意匠優先:構造軽視の時代ともいわれ、空間と構造の融合や構造デザインの言葉も聞かれなくなり、建築家と構造家の協働もメディアの世界から遠のいていった。1970~1985年は謎めいた時代。かつてその実像の解明に迫り、その先を探るために「建築雑誌」(1989.1月号)は画期的な特集を組んでいる。「ポストモダニズムという言葉は、便利であっても、きわめて内容がわかりにく曖昧な用語であるという批判がある。が、その一方で、ポストモダニズムは、建築の世界に完全に定着し、さらに新たなる展開が始まりつつあるという認識が高まりつつある。このポストモダニズムとでも称すべき状況が本当に到来しつつあるのか。そうだとしたら、その建築デザインの展開はどのようなものとなるか。(中略)本特集では今後の建築デザインの展開を担うであろう建築家を国内外から20名を選び、質問に対する解答を期待したい」と。ここでは「デザイン」という言葉が建築家を中心に語られている。

今回のフォーラムではアーキニアリング・デザイン(AND)の視点から1970~1990年の建築界のさまざまな動きもとらえてみたいと考えている。たとえばコンピューターの発展の推移(超高層と空間構造への影響)。構造表現が話題となったポンピドゥー・センター(1977)とファラデーホール(1978)の比較、丹下健三の東京都庁舎(1991)と槇文彦の秋葉台文化体育館(1984)、幕張メッセ(1984)などにみるデザインの理念と手法。ワールド記念ホール(1984)のパンタドーム構法、村田豊のメッシュ・メンブレン(1981)、葉祥栄の小国ドーム(1988)といった技術開発的テーマもありそうである。お招きした2人の史家とITに詳しい構造エンジニアによる多様な「時代の有様」を通じて、混迷の今日にも、そして未来につながるようなメッセージを考えたい。(斎藤公男)


            

Archi-Neering Design AWARD 2025 (第6回AND賞)

選考委員
福島加津也(委員長)(東京都市大学教授/建築家)、陶器浩一(滋賀県立大学教授/構造家)、磯 達雄(建築ジャーナリスト)、堀越英嗣(芝浦工業大学名誉教授/建築家)

一次選考結果発表

Archi-Neering Design AWARD 2025(第6回AND賞)にご応募いただき有難うございました。
応募作品43点について2025年12月20日(土)に一次選考を行いました

受付NO 応募作品名
06 江坂ひととき_広葉樹柱のやじろべえ構造による、里山と都市の循環を生む地域交流施設
08 丸太炉庵
11 新札幌アクティブリンク
15 地形を型に立ち上がる空間構造ー大阪万博休憩所4
18 EDION PEACE WING HIROSHIMA
19 万博サウナ「太陽のつぼみ」
26 御所町プロジェクト-地産地消の木構造を手がかりとした10年にわたる地域再生の試みー
30 森になる建築 〜半年の寿命から建築を考える〜
32 Grove Strolling Corridor
34 丸岡城観光情報センター「マチヨリ」
42 プロセスから未来へつなげるデザイン

以上11点を入賞とし、2/7(土)14:00~最終選考会にてプレゼン(プレゼン時間4分程度+質疑応答6分程度)を行い公開選考(Youtubeライブ配信)により最優秀賞、優秀賞を決定します。

https://youtu.be/5RvkLoKSnXo

防災学術連携体10周年記念シンポジウム「63学協会連携の軌跡と防災研究のあり方」を開催しました。

主催:一般社団法人 防災学術連携体 
日時:2026年1月9日(金) 10:30~18:30
YouTube:https://youtu.be/gML3waGa0ME ★概要欄にタイムスタンプあり

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