2015年12月 A-Forum代表 斎藤公男
2023年12月、A-Forumは設立10周年を迎えることができました。十年一昔と言われますが、あっという間の10年のようにも感じられ、感無量の思いが募ります。
A-Forumのオープニングパーティーが行われたのは2013年12月19日(木)の夕刻。会場となったレモンパートIIビルの1階(トラットリア レモン)と5階(A-Forum)は100名近い方々の熱気に包まれました。集まったメンバーの顔触れからは、新しい活動の場が予見され、タテ・ヨコの強いネットワークが感じられた瞬間でした。素晴らしいスタートが切れた喜びと一抹の不安。はたして期待に応えられるか。自分たちが思い描こうとしているビジョンはどのような形で実現されるのか。その時の私自身の偽らざる気持ちは、おそらく運営スタッフ全員も同じだったでしょう。神田順さんも、こんな一文を寄せてくれました。「姉歯事件以来の昨今の、建築、特に構造分野の閉塞感に元気を吹き込みたいという思いがあります。これからA-Forumの空間でどんなことが出来るか、想像するだけで疲れも吹っ飛ぶ思いです。皆様、お楽しみに。そして様々な提案をお寄せください」(A-Forum e-mail magazine no.1 「A-Forum始動」2014.2.12)と。「皆さんと共に、このA-Forumを“え~フォーラム”にしましょう」。パーティーでの私の挨拶もこの言葉で締めたことを思い出します。「初心忘れるべからず」―10年間、抱き続けた気持ちです。
今、目の前には、これまでに発刊されたA-Forumの4巻の「冊子」が置かれています。1号(2014-2015)、2号(2016-2017)、3号(2018-2019)、4号(2020-2021)の表紙は各々、青・緑・橙・茶に彩られています。見事な装丁、編集を含めたすべてのワークを一手に引き受けて頂いている麓絵理子さんにはあらためて感謝する次第です。
「冊子」を構成しているのは〈できごと〉〈AF-フォーラム〉〈コラム〉〈e-mail magazineの冒頭エッセイ〉〈研究会報告〉など。各号の頁をめくっていると、A-Forumで展開されてきた活動が実に多岐にわたって継続してきたことに驚かされます。特に4人のコアメンバー(斎藤・和田・神田・金田)が交替でコーディネーターを務め、隔月程に開催される「AF-フォーラム」は10年間で計49回。120名を超えるパネリストの方々に参加して頂き、話題提供と議論が盛り上がりました。ここでは構造・技術・建築・都市の諸問題から、法・基準の有様、倫理・歴史・評論、災害や事故の検証、構造設計者・技術者と建築家の協働、といった興味深くも意義深い今日的課題がとりあげられています。
ここに現れるキーワードを一覧するだけで、この時間に積層された諸相―さまざまな重要な課題の数々が読みとれそうです。
多い時には40人近くの出席者で懇親会も盛況だったAF-フォーラムですが、コロナ渦の影響でこの形は再考を余儀なくされました。設立以来、順調に活動してきたA-Forumは6年目を経て大きな転換を迫られます。2020年2月1日に新型コロナウイルス(Covid-19)が「指定感染症」とされ、さらに4月7日には初の「緊急事態宣言」が発令(~5/25)。東京オリンピックの開催も延期となり(3/24)、4月に予定されていたA-Forum主催の「AND賞」の設立シンポジウムも急遽中止。いよいよオンラインでの活動継続への模索がスタートしたわけですが、ZoomやYouTubeを通じてA-Forumと交流できる輪が広がったことが実感されてきました。そしてA-Forumの流れを途切れさせずにいくつかの新しい企画が生まれたことは何より喜ばしいことと思っています。
新しい企画は2つ。ひとつ目は「AND賞」の創設です。コロナ渦で延期された「AND賞・記念シンポジウム」も開催され(2020.10.10)、第1回の募集・一次選考・最終選考・表彰式・記念講演会(2021.2.27)を成功裡に行うことができました。今年で4回目を迎えるAND賞ですが、既存のJSCA賞、JSDC賞(日本構造デザイン賞)などと異なった評価軸が理解され、応募作品の多様性や密度の高さにはいつも驚かされます。選考委員の方々と熱い議論を通じて、“選ぶこと”の難しさをあらためて感じています。設計者や完成された作品だけでなく、単独でもチームでも、複数・再応募も可とするAND賞ですが、評価したい視点は
▹発想から実現に至るデザイン・プロセス
・個性的作品だけでない普遍的技術
・システム・素材・ディテール・工法などの新しい発想・工夫
新築・恒久だけでなく、再生・適合・仮設もあり、スケールの大小、多様な用途、部位なども本賞の対象ですが、何より合理性と美しさの融合への関心度が問われるでしょう。
ふたつ目はKD研の発足です。それまでの「超高層建築研究会」「アーキテクト&ビルダー研究会(AB研)」(2016.2.9~)、「建築とジャーナリズム研究会(AJ研)」(2021.7.3~)といった研究会とは異なる視座があります。第38回AF-フォーラム(2021.9.4)「熱く闘いし、構造家たち」がこの研究会のキック・オフとなりました。近年、あるいはこのコロナ渦の中で他界された、私達が敬愛した恩師、先輩、同士や仲間。思いもかけない急逝の知らせに言葉を失ったことが何度もありました。内田祥哉(1925-2021)、川口衞(1932-2019)、播繁(1938-2017)、渡辺邦夫(1939-2021)、新谷眞人(1943-2020)、さらに海外ではJörg Schlaich(1934-2021)、Leslie E. Robertson(1928-2021)。いずれの諸氏も「松井源吾賞」あるいは「日本構造デザイン賞」を受賞した著名な構造家です。その業績が高く評価されることは言うまでもありません。それと共に各々の真摯な態度と熱き情熱、建築や構造デザインへの愛着といった“志”を次の世代へのメッセージとして伝えたい。そうした思いがこの研究会の設立を促した原点です。
A-Forumの背景となっている「アーキニアリング・デザイン(AND)」とは、建築と技術を結ぶ2つのベクトル―融合・触発・結合の有様や成果を見つめようとする言葉です。「空間構造デザイン研究会(KD研)」にもそのコンセプトは通底しています。ここでは2つのテーマ、すなわち「空間と構造のデザイン」および「空間構造のデザイン」からヒントを得て、2つのPartが設定されました。
Part I :「空間と構造の交差点」…話題のプロジェクトやテクノロジーをめぐって
Part II :「“空間構造”の軌跡」…実践的挑戦と世界の潮流
KD研発足から約2年、Part Iは10回、Part IIは13回を実施することが出来ました。A-Forumにリアルで出席するパネリストや学生・院生と、Zoomでの参加者により活気ある研究会が進められてきたものと感謝しています。YouTubeを多くの方々に見て頂いていることも嬉しい限りです。
「KD研」や「AND賞」といったA-Forumの新しい活動を促したものは一体何なのか、と自問することがあります。「構造デザインとは何か」の問いと通じているかも知れません。「構造デザインとは、構造設計+α」。本来、構造設計者とは設計者の全知全能をかけて取り組む職務であり、安全性の担保さえそう簡単ではないはずです。“α”をどうめざすのか、それが個人の命題であり、努力目標。歴史に学び、先人の業績や足跡を辿りながら様々な議論や話題に関心を抱くこと。若い人達に強く伝えたいメッセージはA-Forumに集まる人々にとって共有されているものと確信しています。
IT時代、という言葉が聞かれなくなって、しばらくの時が経ちます。AIやデジタルデザインの話題が高まる中で、コンピューターを背景にした解析や施工技術の展開は、かつてアンビルドとして果たせなかったカタチやスケールを実現可能にしてくれる。それは個人にとっても社会にとっても危うい錯覚を誘い出しているかも知れません。先見性を磨き、創造力を培うこと。知力とITをどう連動させるかは
“α”に内在する大きな課題と考えます。
この秋、韓国のSeoulで開催された第8回SEWC(世界構造技術者会議、2023.10.18-20)に参加しました。2011年のイタリア・コモ湖でのSEWC以来でしたが懐かしい海外の方々とも再会でき、和田章会長の堂々たる国際人としての姿も誇らしく、楽しくも有意義な時間を過ごしました。
何か元気の出る話を、と依頼された基調講演(45分)は題して『Dream and Challenge – Own Experiences of Spatial Structures During 60 Years』。最初のスライドは世界遺産“マチュピチュ”のスケッチを背景に私の好きな寺山修司の言葉―“No bird can fly higher than the human imagination.”を挿入しました。アンデスのはるか山頂に舞うコンドルさえも人間の想像力より高くは飛べないのだ―。
A-Forum冊子4号(202-2021)の<はじめに>で、和田章さんも“think before type”と題する一文のなかでこう書かれています。「2022 年はコンピュータに頼るのは程々にして、想像力を深めることを目指し、世界の人に感動を与える素晴らしい建築を作って欲しいと思う」と。
10年目を記念してつくられたこの冊子が、A-Forumの活動の軌跡を明らかにし、私たちを鼓舞するものと信じています。皆様の一層のご活躍とA-Forumの未知にして大いなる発展を期待してやみません。
福島加津也(委員長)(東京都市大学教授/建築家)、陶器浩一(滋賀県立大学教授/構造家)、磯 達雄(建築ジャーナリスト)、堀越英嗣(芝浦工業大学名誉教授/建築家)
開催日時:2023年12月23日(土)14:00~
トーク:斎藤公男