A-Forum e-mail magazine no.115 (21-11-2023)

絶賛免震建築

(建築雑誌、1997、11月号より)

和田章

はじめに
兵庫県南部地震からもうすぐ3年になる。人々の関心は徐々に薄れ、「天災は忘れたころにやってくる」の状況に近づいていく。我々、建築構造に関係しているものは、こんな雰囲気にひたっているわけにはいかない。今回の地震で何が起きたか、これらをよく知って、次の耐震建築を真面目に考えなくてはならない。
ポートアイランドなどの埋め立て地では液状化が起き、岸壁が崩れ、大きなニュースになったが、建物はいくつも建っていたのに大きな被害はなく、亡くなった人もいない。基礎工法の進歩の成果と言えるが、地震時の入カエネルギーが周辺の地盤の動きによって吸収されたと考えることもできる。同様な地区にあった高強度PC杭上の低層建築の場合、すべての杭頭がクラッシュして、建物が水平に移動しただけでなく30cmも沈下したが、上部建物や建物内部には何も被害がなかったと言う。杭の破壊によって建物全体が運良く免震構造になったと考えられる。三宮地区で多く見られた10層前後のビルの中間層破壊において、それぞれ破壊した層の被害は甚大であったが、それ以外の層の被害の少なかったのに驚かされた。
建築構造物の地震応答を計算するとき、建物の各床を一つの質点におき、これらをつなぐ柱や壁の構造をばねに置き換え、串団子モデルを作る。このような直列モデルが大きな地震動を受けて破壊するとき、2カ所の層が同時に壊れることはないと言える。1枚の紙を縦に引っ張って切ろうとするとき、あらかじめ数カ所の位置に水平方向の切り込みを入れておいたとする。切れるときには、どこか一つの切れ込みが進展して2枚の紙に別れるのであって、2カ所の切り込みが同時に進展して3枚の紙に別れることはほとんどありえない。建物の地震被害も同じである。
弱い層があればそこに被害は集中する。柔らかい層を作っておけば、そこに変形を集中させることができる。この層を、変形してもよいから壊れないように作っておけば、建築全体を救うことができる。これが免震建築である。

明快な免震建築
耐震設計における条件設定で最も不明解、不明確なのは地震動そのものである。
免震建築の場合、この不明確さは免震層の変形振幅の不明確さに置き換えられる。この変形に対する限界にある程度の余裕を持たせておくことで、耐震性を保証することができ、免震建築は分かりやすい明快な構造と言える。
一般の建築の場合、地震動の不明確さは構造骨組の各所の塑性化の程度の不明確さに置き換えられる。その高さ方向の分布の不明確さおよび個々の部材への塑性化の不明確さが加わるため、各部材に確保しておくべき塑性変形能力の総量は、地震入カエネルギーの総量に比べ、かなり大きなものにしなくてはならない。
免震建築は明快な構造、一般の建築は不明解で無駄の多い構造と言える。

性能設計と免震建築
建築構造物の力学的特性を表すためには、初期剛性、降伏耐力、降伏時変形、最大耐力、最大耐力時変形、耐力が劣化するまでの変形能力、繰返し荷重を受けたときの挙動などが必要である。ただ、これらは構造設計者にとって必要なだけであって、建築を使う側には直接関係のない物理的性質である。使う側に立つならば、地震時の建物内部の揺れを表す加速度、速度、変位、さらに残留変形などが評価尺度になる。必要なのは強度の軸ではなく、変形の軸である。
現行の耐震設計法で設計される建物は、強度抵抗型設計と靱性保証型設計に大きく分けられる。強度抵抗型の代表、壁式鉄筋コンクリート構造は地震時に壊れにくいであろう。しかし、建物内部に生じる加速度、速度は非常に大きく、食器戸棚が倒れ、テレビが飛んでくることになる。靱性保証型の代表として鉄骨純ラーメン構造があるが、一次設計の変形制限が階高の1/200となっており、二次設計ではその5倍の地震入力を考えているから、最大変形は階高の1/40を超え1/30程度に達するであろう。30mの高さの建物が前後左右に1mの振幅で揺れるわけである。残留変形も小さくはない。人命を守ることはできても、建築として耐震性能を論じられるようなものではない。
免震建築は、建物内部の加速度の低減効果、構造物に生じる変形、残留変形の低減効果を有している。耐震性能を議論できるのは免震建築だけである。

耐震構造にかける費用
寺田寅彦は人間の寿命が今の100倍になるか、日本の農耕に適した気候、つまり五日に一度風が吹き十日に一度雨が降るように、地震が来るのなら、地震災害はなくなると書いている。滅多に来ない地震のために何をすべきかで、設計者はみんな悩む。
柱と梁は地震がなくても建築としで必要である。これを少し丈夫に作って、耐震性を持たせようとするのが従来のやり方である。建築の部屋を区切るのには壁が必要である。これを耐震設計に活用したのが耐震壁であり、建物全体をこの考えで作ったのが壁式鉄筋コンクリート構造である。どの方法を見ても、建築として必要なものを増強して耐震性を持たせていることに変わりはない。
免震建築の採用に踏み切れない人たちがいる。耐震のためにしか役立たないものをあらかじめ設けておくことに対する抵抗感があるのだろう。しかし、一般社会の要求する耐震性のレベルはますます高まっていく。この要求に応えるために、従来の方法を進めていっても答えはない。免震建築を採用した方が早道である。場合によっては従来の方法より少ない建設費になることもあり、多少建設費が上がったとしても、得られる性能の高さは圧倒的に高い。

建築認可手続きの簡素化
一般の建築の耐震設計法は、数十年前の静的震度を用いた単純な方法に始まり、構造物の塑性化を考慮した設計法、動的応答を考えた設計法というように徐々に難しくなっている。免震建築は先にも述べたように、地震時の挙動の明快な、分かりやすい構造である。ただ、現状の設計法、建築の認可手続きが簡単とは言えない。
建設地に発生する地震動の想定から始まり、免震構造としての応答解析、免震部材の実験、その特性と設計との関係など、申請書類の作成から特別な審査を通すまで多大な労力と費用を要する。理想論を言えば、すべて必要なことかもしれない。しかし、基礎固定の一般の構造の方が何倍も多くの問題を持っている。
免震建築の良さが分かっていても、申請手続きが面倒なために止めてしまうことだけは避けなくてはならない。明らかに免震建築の方が高い性能を持っているのだから。

おわりに
米軍の研究者は、世界各地の軍事基地内の建築の標準化を推進するために、地震国には免震建築を採用することを考えている。高層建築はそれ自体で長い固有周期を持っており、免震建築には向かないと言われていたが、最近では高層建築にも免震構造が有効であることがはっきりしてきた。個人住宅への免震建築の適用例も増えてきた。多くの研究も行われた。これからが本格的な免震建築の時代である。
国の機関や自治体などの大きな組織では、長年の慣習を守ることが重要であり、免震建築などの新しい技術を取り込むのは簡単ではない。それでも、兵庫県南部地震の前に、郵政省は神戸に免震建築の計算センターを建設していた。建設省もつくばの研究所に免震建築を採用しているし、ル・コルビュジエの設計になる上野の国立西洋美術館を免震建築化する工事も進めている。流れが、大きく変わってきた。免震建築にとって、過去の慣習は抵抗にならなくなっている。望むことではないが、次に大きな地震が起き、そして再度、免震建築の素晴らしさが実証されたら、免震建築への需要は爆発的に増えるであろう。
国際化の問題もある。武田壽一は国際会議を開催して議論するのもよいが、日本の耐震技術、免震技術そのものを国際的に広めることに重心を移すべきと言っている。日本だけでなく、世界に免震建築を普及させなくてはならない。


Archi-Neering Design AWARD 2023(第4回AND賞)

選考委員

福島加津也(委員長)(東京都市大学教授/建築家)、陶器浩一(滋賀県立大学教授/構造家)、磯 達雄(建築ジャーナリスト)、堀越英嗣(芝浦工業大学名誉教授/建築家)

募集開始:2023/10/10(火)
  応募〆切:2023/12/07(木)23:00
応募作品の対象:2018年1月1日より2023年9月末日までに完成した国内作品、あるいは国内在住の設計者等による海外作品とする。
詳細はこちら

募集要項PDF応募シート

KD研Part1 第11回「若き構造家達はいま」

開催日時:2023年12月02日(土)14:00~
これからの時代の構造設計を担っていく若き構造家の3名に建築や構造設計の状況や課題などをどのように考えているか、また、設計においてどのような思考・思想を持ち、何を目指しているのかなどを、建築作品を紹介いただきながら語っていただきます。

安藤耕作(ANDOImagineeringGroup
川田知典(川田知典構造設計
高橋寛和(コウゾウケイカクロナンナン

お申込み→https://ws.formzu.net/fgen/S56224667/
Youtube(お申し込みは不要です):https://youtu.be/AsVxDuNmB70

AND展2023が開催されました

2023/11/1(水)~8(水)、建築博物館ギャラリーにて開催された#AND展 2023「建築とエンジニアリングの融合を再考する」動画公開しました。
●第30回JSCA賞奨励賞、第18回日本構造デザイン賞、第3回AND賞、特別展示として広島新スタジアムより、パネル・模型と共に展示されました。
https://youtu.be/b_Txjy5YNcw


●斎藤公男による作品解説 https://youtu.be/uZCEdmuYlLE

神田 順 まちの中の建築スケッチ 「東京ビッグサイトー新都市の建築」/住まいマガジンびお

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