金田勝徳
8月中旬の夏休みが始まる前日、いつも机の上に置いたままのノートパソコンを自宅に持って帰った。言うまでもなく、やりかけの仕事を休み中に進めておこうと考えてのことだった。しかし案の定、短い休みの間に殆んど電源が入ることのないまま、休み明けの朝、パソコンを自宅に置き忘れて出社してしまった。我が身のあまりの情けなさにあきれながらも、その日一日ぐらいは何とかやり過ごせるかと机の前に座ってみたものの、思いの外パソコンなしではほとんど仕事ができなかった。しばらくウロウロと無駄な時間を過ごした挙句、結局は昼休みの時間を延長してパソコンを取りに、自宅と職場を往復する羽目になった。
その往き帰りに、いつもの通勤電車より空いている電車の中を見渡すと、居眠りをしている人以外は、私を含めて乗客のほとんどがスマホの画面を見つめるか、指先で画面を擦っている。その様子は、人々がパソコンもスマホもなければ日常が送れないかのような光景であった。振り返れば、私自身も支払いのほとんどをスマホやカードで済まし、たまに現金で支払った後のお釣りが、いつまでも小銭入れに重たく残っているのを煩わしく思ったりしている。
そんな日常の傍らで、これまで期待と不安が入り混じった想いで進化の成り行きを傍観していたAIが、ChatGPTの出現でいきなり身近に迫ってきた。なくてはならないはずのパソコンもスマホもろくに使いこなせていない私が、AIに関してなにがしか言及することはためらわれるが、あえて考えてみたい。
今、AIに関連した論考や社会現象が連日多くのメディアを賑わしている。まず日々の生活に直結する言説を見ると、「AIは人間独自の技能であった多くの分野で人間を凌駕しつつあり、人間には無縁の持続性や更新可能性などの能力を享受している」という。それによって「地球上に何億人もの失業者が生み出される」、「生成AIが、建築産業にも破壊的な影響を与える」などが目につく。
また社会や政治問題では「何十億もの人が失業し格差が拡がれば、自由と平等を標榜する民主主義が蝕まれる」、「最も重要な資産が、これまでの土地や生産機械からデータに代わり、政治はそのデータの流れを支配するための戦いとなる」と予測する。だから「データの所有をどう規制するかの問題は、私たちの時代のもっとも重要な政治的課題」であり、失敗すれば「デジタル独裁制の台頭への道を拓きかねない」と警告している。
さらに国際問題では「私たちは今、AIによる膨大な情報の真偽の見分けが困難になり、民主主義が崩壊しかねない恐るべきポスト真実の時代に生きている」として、「AIを用いて他国の言語を操り、覇権主義国家が民主主義国家に介入しているとの懸念が、国際社会で深刻化している」と説く。したがって「地球の気候変動問題と同様に、AIに関する国際的なルール作りが待ったなしである」という。そして、「AIの方が私達より優れた判断を下すようになった時、意思決定の権限が人間からコンピュータに移行する」との予測に行きつく。
20世紀後半、イラストレーターであり随筆家でもあった真鍋博(1932~2000)が、未来社会を描いた多くのイラストを残している。そこにはどこにでも自由に移動できる高速道路や鉄道網が整備され、高層ビルの室内では快適なオフィス空間が広がっていた。その上空には様々な形の飛行物体が飛び交い、海には島々を繋ぐ長い斜張橋が掛け渡されていて、その下を豪華大型観光船が航行している様子が描かれていた。近年、こうした未来社会を想定するイラストを目にすることが少なくなった。社会があまりに複雑化し、変化の速度も速くなり過ぎて、僅か10年先のことすら想定外になっているかの様に思われる。
かつて大きな自然災害が起こるたびに「想定外」が多用され、ともすれば本来責任を負うべき人の言い逃れの言葉の様に聞こえたことがあった。しかし「未来のことは想定外」と言って放り出すことなく、たくましくAIの健全な成長を支援し活用して、新しい仕事と快適な生活を創生しようと努力を続ける人々は必ずいる。同様に深い専門知識を活かして想定を超える自然災害と対峙し、未来社会の安全確保に人生を掛けている人もいる。我が身のだらしなさは棚に上げて、こうした人々と接することの多い日常に、人間社会がまだまだ捨てたものではないとつくづく感じている。
引用文献:ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳「21世紀の人類のための21の思考」 2019年11月20日河出書房新社
朝日新聞、日経アーキテクチュアー 他
関東大震災から100年目を迎える契機に、防災科学の視点から関東大震災を振り返り、過去から現在を精査しつつ、未来への展望について議論する。特に2023年7月8日の学術フォーラム「関東大震災100 年と防災減災科学」での知見を整理しつつ、地震・地震動、都市計画、災害医療、情報・社会の4 つの観点で、学協会の枠を超えた情報共有を行う。
講師:中村 尚先生(東京大学教授 防災学術連携体幹事)
気象庁の異常気象分析検討会(会長:中村尚先生)は、8月28日に見解「令和5年梅雨期の大雨事例と7月後半以降の顕著な高温の特徴と要因について」を発表しました。 防災学術連携体では、今年の気象の特徴と要因の理解を進め、今後の対策を考えるために、臨時の研究会を開催しました。