金田勝徳
4月末の日曜日、自宅近くの幹線道路を車で走行していた時、気が付くといつの間にか、時速40㎞でゆったりと走る警察のパトカーに追いついていた。私はその時、特に急いでいたわけでもなかったけれど、パトカーを片側2車線の右車線から追い超して左車線に戻った。その道路の速度制限は50㎞/時であること、近くの右側車線を走行する車がないことを確認して、道交法に沿った追い超しのはずだった。ところがその直後、私の車への停止命令がパトカーのスピーカから聞こえてきた。「なぜ?」と思いながら車を道路左側に寄せ、ハザードランプを点灯して警察官を待った。
警察官は開口一番「驚かせてしまい済みません。現在、車内の危険物検査強化中なので、積み荷を見せてもらっていいですか」と言い、私に運転席から降りるよう指示した。そして車内を覗き込み、積み荷であるゴルフバックを見た警察官は表情を和らげ、どこのゴルフ場に行ってきたのか、ゴルフはどのくらいのスコアなのかなどの雑談後、今まで同じような経験をしたことは?と聞いてきた。空港近くのゲートでの荷物検査はともかくとして、普通の路上では初めての経験であった。
帰宅してその日の朝刊をみると、「襲撃再び 厳戒認める空気*1)」という見出しが目についた。その記事には、昨年7月元首相が街頭演説中に襲撃された事件を契機に、警察庁が政治家の演説会場での積極的な職務質問や所持品検査、警察官の配置増強を全国の県警に指示したとある。それから9か月余り経った今年の4月には、岸田首相の街頭演説会場に筒状の爆発物が投げ込まれ、続く5月には広島G7サミットの開催が予定されている。新聞の見出しにある「厳戒認める空気」は、こうした昨今の社会情勢を考えれば厳戒態勢も仕方なしと受け入れている国民感情を指してのことであった。
私が運転中にパトカーから呼び止められたのは、この厳戒態勢の一環だったのかと推測される。パトカーを追い超したときに、車内にあったゴルフクラブにパトカーの金属探知機が反応したのかも知れない。パトカーに呼び止められて少なからず驚かされはしたが、私自身も今の社会状況下では仕方がないのかと忖度し、「お疲れ様です」との言葉を交わして警察官と別れた。
しかし社会がこうした治安維持権力の強化に慣れてしまい、気が付くといつの間にか抜き差しならない状況に追い込まれてしまう危険性を感じる。新型コロナウィルスの感染拡大が世界中に広がった時、当時のドイツ首相だったメルケル氏が、感染抑制のために「家の外での生活」をできる限り自粛することを、国民に切々と訴えた。同時にこのことによって、民主国家として最も大切な基本的人権を制限してしまう痛みと例外性を強調している*2)。日本の政治家から同様の発言を聞いたことはないが、この種の態勢が長引くことによる弊害は、日本が昭和初期から20年間にたどった歴史を思い起こすまでもない。国民の国政への関心を拒絶しかねず例外であるはずの厳戒態勢が、早く元の日常に戻るよう目を凝らすことにしよう。
*1)朝日新聞 2023.4.30 朝刊
*2)「コロナウィルス対策についてのメルケル独首相の演説全文」(2020.3.18)
新型コロナウィルスは、人の移動を束縛し、人々が集うことを阻み、容赦なく人間関係を分断してきました。人間は、社会を脅かす災害に直面した時、それが地震などの自然災害ならば、災害を契機として絆を深め、寄り添いながら立ち向かうこともできます。ところが新型コロナ禍では、医療や社会的なインフラなどに関わる人々の献身的な行為に感謝をしながらも、自らはなすすべもなくひたすら感染拡大を恐れ、断絶を強いられるばかりでした。
一方、それまで政府によって唱えられていた「働き方改革」推進のための「働き方改革関連法」が、新型コロナウィルス感染の報に初めて接した2019年12月と同じ年の4月から、順次施行されました。厚労省は、この法制定の目的を「労働者がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会の実現」としています*1)。これらの法施行後間もなく、新型コロナウィルスのパンデミックが、在宅勤務、リモートワーク、テレワークなどの働き方を生み出しました。はからずも「働き方改革」が推進されたように見えます。
その新型コロナも、今年(2023年)5月の連休明けには感染の危険度が、5類に引き下げられるとのことです。大丈夫か?と疑いながらも、コロナ禍がやっと沈静化に向かうことが期待されます。これまで3年余りの間、私たちは感染者数の増減が繰り返される度にピークが高くなるグラフに驚き、医療機関や保健所機能崩壊の警鐘に脅え、馴染みのお店のシャッターに貼られた「閉店のお知らせ」に胸を痛めてきました。こうして何度もパニックの瀬戸際に追い込まれながら、社会情勢や生活環境も多くの変化を遂げてきました。
コロナ禍の中から生み出された多様な生活様式の中で何が残り、何が消えていくのだろうか。歴史家が指摘する通り、かつてないほど多くの難題を抱え、的外れの情報に溢れる今を正確に見通し、未来を予測することはほとんど不可能なのかもしれません。とはいえ、次世代を担う若者たちの思考の変化や、仕事環境の変化を読み取り、それらがどのような意味を持つのかを理解することが、今後を見通す上で大切な課題であることに変わりはないはずです。
今回のフォーラムではこうした課題に焦点を当てて、コロナ後に何を期待し、どのように備えるべきかを皆様と共に考えたいと思います。多くの皆様のご参加を心よりお待ちしています。
*1):厚生労働省HP 「働き方改革」の実現に向けて
日本経済が停滞する中、若手建築家たちは従来「設計」と見なされてきた業務範囲を超え、自分たちの領域を拡張している。中でも工藤浩平建築設計事務所は「造り方」を積極的にマネジメントすることによって、限定された予算のもと社会に問いかける建築を試行している。
緊張感と抽象性の高い空間が印象に残る工藤らの作品が、実はシビアなコストコントロールのもと実現していることはあまり知られていない。建設会社を営む実家のリソースを活用しつつ、時には自身で分離発注を行うなど発注方法を工夫し、コストとスケジュールの厳格なコントロールのもとプロジェクトを実現させる。
工藤らが試みる「造り方」のマネジメントとは何か。設計と施工の境界を行き来することから生まれる可能性とは何か。2022年日本建築学会作品選集新人賞に輝いた作品「プラス薬局みさと店」を含む数々の実践の解説を踏まえながら、大いに議論を交換したい。
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