第48回AFフォーラム
KD研Part I 「空間と構造の交差点」―話題のプロジェクトやテクノロジーをめぐって 第10回

「どうする、テンション_。」

斎藤公男

テンション(tension)を辞書でひけば、「張り詰めること、緊張、張力」とある。「張力材」を大別すると、極めて薄い面材としての膜(織布やフィルムといったメンブレン)と、細くて長い線材としての弦(ケーブルやロッドといったストリング)がある。どちらも圧縮力には耐えられない非抗圧材。構造部材として評価されるためには、部材取り付け後に初期張力を導入することが求められる。この導入張力が消失するまでは、圧縮力を吸収するが可能となる。したがって、構造設計の段階から、構造解析の手法やモデル化だけでなく、ディテールや施工法も考えておくことが重要であり、一般的な鋼材や木材と異なる部材特性に注意したい。

さて、ここでいうテンションとは「ケーブル」のこと。その理由の第一はIASSの活動の中心ともいうべきWGのテーマに起因している。

1959年にトロハが創設したIASS(International Association for Shell Structure:国際シェル構造学会)の「SS」は1971年頃にShell & Spatial Structureを表すように改名された。1690年頃から出現した数多くの鉄骨スペースフレーム、ケーブルネット吊屋根、空気膜構造などを含めた「空間構造」の世界が認知されることになり、IASSにもいくつかのWGが設けられた。たとえば1974年にはWG6-Tension Str.(主査:J.シュライヒ、1992年にTension & Membrane Str.に改名)、WG7-Pneumatic Str.(主査:Y.坪井、1992にMembrane Str.に改名)、WG8-Spatial Steel Str. (主査:Y.坪井)などである。
ここからもTensionが意味するものは”Cable“であることが理解されよう。

まずは「ケーブル小史」。
かつて山岳の急流を渡る古代の吊橋は、あたりに植生する“蔦:つた”でつくられていた。18世紀末の産業革命を経て、吊り材は鉄のチェーン(鎖)でつくられるようになる。19世紀初頭からはフィンレイにより鉄の吊橋を皮切りに、T.テルフォードやI.K.ブルネルらビクトリアン・エンジニア達による大規模かつ革新的な吊橋が次々に英国の地に出現する。
一方、故国ドイツからアメリカ大陸に渡ったJ.ローブリングは鋼線工場を設立し、初めての高強度ワイヤー、亜鉛メッキ、平行線ケーブルのエアスピニング工法を考案し、ナイアガラ渓谷の鉄道橋(1855)に続き、父子二代にわたる世紀の名橋―ブルックリン橋(1883)を実現。ここに近代的ケーブル構造への道が拓かれた。
20世紀に入ると、1000mをこえる吊橋が隆盛を誇る中、完成間もないタコマ橋が墜ちる(1940)。驕れる技術への警鐘が鳴り響いた。

左から:プリマウス近く、テイ川をまたぐロイヤルアルバート橋 / ワールドトレードセンターの展望台よりブルックリン橋を望む。

つぎにケーブルとは何者かである。
ケーブルとは一般的に高強度の素線を束ねたものの総称。“撚り”によって形成されるロープには、ストランド、スパイラル、ロックドコイルなどがある。いずれも比強度、柔軟性、長尺性の点で通常の形鋼やロッドに比べ格段にすぐれており、その特性を生かしたさまざまなテンション構造への挑戦がスタートする。橋梁から建築へ。建築空間へのケーブル構造の本格的利用の第一号は、M.ノヴィッキ(A)とF.シヴィラッド(E)によるローリーアリーナ(1953)。スパン1280mのゴールデンゲート橋(1937)に遅れること16年後であった。
欧米に続き我が国でもケーブルネット吊屋根によるいくつかのスポーツ空間が実現されていった。たとえば西条(1960)、佐賀(1963)、香川(1964)、岩手(1967)などである。しかし何といっても世界に圧巻のインパクトを与えたものは「代々木」のメインケーブルであろう。E.サーリネンのエール大学・ホッケーリンクに示唆を得て、若戸大橋に多くを学んだとはいえ、壮大かつ魅力的な空間と形態を生み出した建築家と構造家の協働の力は計り知れない。2本のメインケーブルの架設風景を記録した映像は、今も若い人々の感動を誘っている。
「代々木」の完成後、しばらくして、JSSC(日本鋼構造協会)において「吊構造小委員会」(主査:坪井善勝、1968-1983)が設置され「吊構造」(コロナ社、1975)の刊行に取り組んだ。橋梁と建築、研究者と技術者(設計・メーカー)、総勢18名の活動に参画できたことは貴重な財産となった。さらに調査・研究・討議を通じてケーブルの設計・施工指針の制作をめざしたが、何よりも望まれたのはケーブルネットや斜張式吊屋根に替わる「新しいケーブル構造」の出現であ った。
左から:ノースカロライナのローリーアリーナ(1953)、「代々木」(1964)のメインケーブル、「吊構造」(コロナ社、1975)

小さなプロジェクト―「ファラデーホール」(1978)の実現のルーツのひとつはここにあったと確信している。その流れをグリードーム前橋(1990)や、有明体操競技場(2019)へと続けることができた。今回の東京オリンピックで、もしもZ.Hadidの新国立競技場(案)がより良い形で実現していたら、おそらくケーブル構造はもとより、建築界もまた全く違った展開をみせていたにちがいない。それが残念であった。
左から:「ファラデーホール」(1978)、グリーンドーム前橋(1990)、有明体操競技場(2019)、新国立競技場(Zaha Hadid案)(2012)©JSC

視線を海外に向ければ、1986年のIASS(大阪)において「Hybrid Tension Str.」を提唱し、実践したJ.シュライヒを忘れることが出来ない。彼が挑戦し続けたケーブルによる透明建築、軽量構造の数々は今も輝きを放っている。今日のSDGsの理念にもつながっていよう。 左から:G.ダイムラー・スタジアム(1993)、ハンブルグ歴史博物館(1989)、シュツットガルトの展望タワー(2001)

「ケーブル」には未開のポテンシャルが存在している。今回のフォーラムではそこに視線を向けながら、大小さまざまなプロジェクトを通してケーブル構造の魅力や課題をめぐる今日的な議論を深めたいと思います。


〈プログラム〉

開催日時:2023年07月22日(土)14:00~

テーマ:ケーブル構造の魅力と可能性をさぐる
コーディネーター:斎藤公男    司会:与那嶺仁志
14:00   趣旨説明 斎藤公男
14:10~ 話題提供
1) 「私にとってのテンション構造―期待と課題」鴛海 昂(10分)
2) 「ケーブルの新しい可能性を拓く」北 茂紀(20分)
3) 設計・施工の現場から「広島スタジアムをめぐって」(30分)
      ▹計画(基本構想・デザイン):松村正人
      ▹構造設計:島村高平
      ▹施工:小山聖史
4) 「ケーブル構造の現状と対応」田川英樹 (10分)
15:30 討論(Q&A)会場およびZoom参加者を交えて― モデレータ―:斎藤公男 
                    

お申込み→https://ws.formzu.net/dist/S72982294/
Youtube(お申し込みは不要です):https://youtu.be/BcnhdFYgFeE