第38回AF-Forum (第0回 空間 構造 デザイン研究会)
「熱く闘いし、構造家たち」

日時:2021年9月4日(土)14:00~16:00
モデレーター:斎藤公男
パネリスト:松村秀一、松尾智恵、中田捷夫、金箱温春(萩生田秀之)、森部康司
会場:オンライン(Zoom)

★萩生田秀之氏急病につき、金箱温春氏にご登壇いただきました。

もう一年半前になります。コロナ禍がこれ程深刻な状況になろうとは、その拡大が警告された当時は予想だにできませんでした。日頃いつでも当たり前になっていた「楽しく自由に人と会う」ということがとても難しい時間が流れています。しかしそれもやがてはいつか解消し、以前と同じような「日常」を回復することができるはず。そうした期待を抱き続ける毎日です。
その一方で、突然の訃報が届きます。私たちが敬愛する恩師、先輩、同志や仲間だったりー。思いもかけない急逝の知らせに言葉を失ったことが何度もありました。聞きたかったこと、話したかったこと、様々な回顧の中からわいてくる故人との思い出はつきません。

近年あるいは今年になって他界された身近な方々―内田祥哉先生、川口衞先生、播繁氏、渡辺邦夫氏、新谷眞人氏らはいずれも「松井源吾賞」あるいは「日本構造デザイン賞」を受賞された著名な構造家です。その業績が高く評価されることは言うまでもありませんが、それと共に真摯な人柄と熱き情熱、建築や構造デザインへの愛着といった志を次の世代へのメッセージとして伝えたい。それが私達の願いです。

今回のAF-フォーラムではまず初めに、ゆかりの深い各々のパネリストに故人の業績と歩みを紹介して頂いた後、皆様と共に思い出のエピソードなどを語り合いたいと思います。

内田祥哉先生(1925年5月2日 - 2021年5月3日)
松村秀一 (東京大学大学院工学系研究科建築学専攻)
私は東京大学時代の内田祥哉先生の研究室のOBの一人であり、1979年に卒論生 としてご指導を受けて以来、1985年に博士論文を提出するまで在籍し、1986年に 先生が退官された後は、その東京大学における研究分野を微力ながら引き継いで まいりました。学生時代にも増して、1986年以降(2021年まで)の方が、内田先 生と接触する機会は多くなり、内田先生からしか学び得ない実に多くの事柄を教 えて頂きました。

川口衞先生(1932年10月21日 - 2019年5月29日)
松尾智恵 (明星大学(准教授)、たにおか設計社(代表取締役))
川口衞先生との出会いは私が大学生のときで、学部4年にて川口衞研究室に所属。シュツットガルト大学にて修士の勉学中、国際会議でたまたまドイツの近くにいらした先生、川口健一先生と3人でイエナやライプツィヒの古いRCシェルを訪れる旅をする。帰国後は川口衞構造設計事務所に入所。先生の背中を見ながら約16年間、構造技術者の在り方を学ぶ。

播繁氏(1938年2月22日 - 2017年9月5日)
中田捷夫 (株式会社中田捷夫研究室 代表取締役)
播繁氏が、鹿島建設を退職された年に、ご家族と共にイタリア旅行をしたのが切っ掛けで、以後、家族ぐるみでの付き合いとなりました。木質構造の設計者として多くのアドバイスを頂きました。

渡辺邦夫氏(1939年12月2日 - 2021年4月9日)
萩生田秀之 (株式会社KAP)
パートナー(岡村仁、桐野康則)の元ボス。系統的には祖父。国立競技場コンペの手伝いを機に、主にプロポーザルや事務作業の手助けをする。私はSDG出身ではありませんが、建築や仕事に対する姿勢、目的を決めたら怯ま ずに立ち向かう精神など、様々な面で学ばせていただきました。人使いが荒い一方で、とても気さくな性格に心酔してしまいました。

新谷眞人氏(1943年10月12日 - 2020年8月23日)
森部康司 (yAt構造設計事務所、昭和女子大学(准教授))
大学卒業後から5年間、氏の主催するオーク構造設計にて勤務しました。入社当時事務所では、伊東豊雄氏や隈研吾氏、古谷誠章氏やシーラカンス等とのプロジェクトを多数抱え、社員数が3人であったこともあり、度々事務所で氏と共に朝日を眺めました。退所後もJSCAや構造家倶楽部等で常に気にかけて頂き、大変お世話になりました。