建築とジャーナリズム研究会

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建築の評価をめぐっては、一般ジャーナリズムと建築ジャーナリズムの間に大きなギャップがある。そして、それぞれが大きな分裂をそのうちに含んでいる。

一般ジャーナリズムにおける建築の評価は大きく二分されている。一方で、建築・建築家は、芸術・芸術家として扱われ、美術、文学、映画、演劇、などと同様「文化」として「文化欄」で扱われるが、他方、「政治」「経済」「社会」「家庭」「教育」欄では、建築家は建築業者であって、その個人名が記されることは(悪いことをしない限り)ない。建築家・建築作品と業者・建造物が暗黙のうちに区別されている。

建築ジャーナリズムのあり方の違いは、建築の評価の基準、軸、指標などに関わり、それ故、建築アカデミズム(建築学会)における建築の評価とも密接にかかわる。建築アカデミズムにおける評価の違いは、建築学の専門分化に根をもっている。日本の建築学会が学術・技術・芸術の統合をうたい、斎藤公男先生がArchi-neering designという概念と領域の設定を主唱するのは、その有様を深く認識するからである。

建築ジャーナリズムについては、1950年代から1960年代にかけて、さらに電子媒体が全面化する以前、1990年代までは、建築の評価をめぐる媒体として機能してきた。「新建築問題」以降、建築批評はしないということを方針とした『新建築』と「この先の建築」をめぐって議論を仕掛けてきた『建築文化』が対照的であったが、そうした建築ジャーナリズムが失われて久しい。そして、建築ジャーナリズム上の建築の評価をめぐる議論と一般ジャーナリズムの間の分裂も解消されたわけではない。『Casa BLUTAS』のようなメディアがその間を埋めてきたかのようであるが、その関心は、建築家それも「スター建築家」の「新たなデザイン」に集中しているように思える。

本研究会では、「建築の評価」は如何にあるべきか?という問いを根底に、建築技術を含めた建築とジャーナリズムのあり方を中心に議論したい。建築のメディアに関わる編集者を招いて、建築の評価をめぐって議論したい。また、戦後建築ジャーナリズムに関わってきた編集者を招いて、オーラルヒストリーを作成しながら、歴史を振り返りたい。さらに、建築のメディアに関心をもつ若手建築家、研究者を招いて議論したい。そして、一般のジャーナリストを招いて、建築の評価をめぐる議論を展開したい。

幹事:斎藤公男、和田章、神子久忠、布野修司、磯達雄、今村創平、青井哲人


第1回AJ研
基調報告「建築ジャーナリズムの来し方行く末」(神子久忠)と意見交換
日時:2021年7月3日 14:00-16:00
会場:オンライン(Zoom)

コーディネーター:布野修司
コメンテーター:斎藤公男、和田章、磯達雄、今村創平

  神子久忠略歴資料
1941年生れ/1967年 日本大学理工学部建築学科卒業/1967年新建築社/1970年相模書房(~1984?)/198?年 日刊建設通信新聞社/2009年神子編集室設立
・編集作品:小能林宏城『建築について』1972年・長谷川堯『神殿か獄舎か』1972年・長谷川堯『建築雌の視角』1973年・佐々木宏『20世紀の建築家たちⅠ・Ⅱ』1973年・上松佑二『世界観としての建築―ルドルフ・シュタイナー論』1974年・西沢文隆『コート・ハウス論―その親密なる空間』1974年・長谷川堯『都市廻廊』1975年・西沢文隆『庭園論Ⅰ―人と庭と建築の間』1975年・宮内康『風景を撃て―大学一九七〇-七五』1976年・ルドルフ・シュタイナー著、上松佑二訳『新しい建築様式への道』1977年・向井覚『建築家・岩元禄』1977年・中村順平『建築という芸術 下』1978年・丹下敏明『スペイン建築史』1980年・ウィッチャーリー著、小林文次訳『古代ギリシャの都市構成』1980年・佐々木宏『ル・コルビュジエ断章』1981年・布野修司『戦後建築論ノート』1981年・向井覚『建築家吉田鉄郎とその周辺』1981年・吉阪隆正『乾燥なめくじ―生ひ立ちの記』1982年・横山不学『遥かなる身と心との遍歴―紀行と随想』1982年・建築綜合研究所編『建築家山口文象―人と作品』1982年・武基雄『市民としての建築家』1983年・小野木重勝『明治洋風宮廷建築』1983年・横山正『透視画法の眼―ルネサンス・イタリアと日本の空間』1985年など。