今年の6月に開かれた東京構造設計事務所協会(ASDO)総会後に「スカイツリーを組み建てた男」というテーマで講演会が開催された。講師は現職の建設鳶職として活躍中の多湖弘明氏である。
現在40才の多湖氏は、16年前の24歳の時にスカイツリーの建設計画を知ったという。以来その建設現場で鉄骨鳶として働くことを志し、鳶職としての修行のため上京したとのことである。生まれ育った大阪と、働き場として定めた東京との人情の機微の違いに苦労しながら努力を重ね、スカイツリーの建設現場で働く念願がかなうまで、ご本人がどのように生き、過ごしてきたかを興味深く伺うことができた。
高所作業の多い鳶職は、当然日常的に危険と隣合せであり、多湖氏自身もこれまでの間に何人かの仲間を職場での死亡事故で失っている。その彼にとって安全とは何か知り、対策を考えることは、何を置いても第一に考えるべき課題である。
鳶職の命を守るものは、工事現場でよく目にする命綱であり、落下防止のための安全ネットである。鳶はこれらを目にすると、高所で作業をしていることを意識しなくなり、油断が生まれて事故を引き起こすとのことである。その最大の原因は、命綱や、安全ネットがあっても足を踏み外せば負傷をするし、状況によっては命も落すという想像力の欠如だと多湖氏は言う。さらに高所作業が「怖くない」のは「怖さを知らない」だけのことで、それに気付いていないのは危険を見通す想像力を働かせていないからと断じる。
この想像力は構造に関わる研究者、技術者にも共通する大切な能力の一つといえよう。
構造設計者の役割の大半は、目に見えない力の大きさと、その力の流れとを想像し安全を確保することなのではないか。そのために思索をめぐらし、構造材の在り方や形を考えデザインしている。その過程で、命綱に沿ってしか移動できないような構造計算一貫プログラムを使い、安全ネットのように細かい網を張り巡らせた法規準の内側に居れば安全と錯覚してはいないだろうか。
鳶職の仕事には鉄骨建方の外に、建設現場の仮設工事がある。鳶職が架ける仮設足場は、他職が安全に効率よく働くためのものであり、その良し悪しが現場の作業効率に大きく影響するという。だからこそ他職の多様な動きを想像する力が大切だと多湖氏は力説する。人々が安心して快適に生活し、働く空間を創ることを目指す私たちの仕事と、鳶職の仕事との共通点の多さに新鮮さを感じる。そして最後の「仮設足場は現場の顔であり、養生シートがたるみなくキレイに貼られた現場に、鳶としての誇りを感じる」という言葉が印象的であった。(KK)
「人間の歴史は、ある意味ではテクノロジーの歴史でもある」と、かつてノーマン・フォスターは語ったことがある。この言葉を建築の世界に当てはめれば、「建築の歴史とは、ある面では構造技術の歴史である」となろう。特に柱のない空間(Column―Free Space)をいかに堅固につくるかは、古代より人類の夢であった。人がともに住み、祈り、祝い、楽しむ空間。あるいは人と物の流れをさばき、納める空間。こうした広がりのある横の空間(大スパン建築)の歴史は、都市の経済活動や高密度な住生活の必要から発展した縦の空間(重層建築)に比べ、はるかに古く、そして長い。 大スパン建築の歴史は、たとえていえば「織物」といえないだろうか。Toolとしての構造技術、つまり材料、工法、構法、理論を縦糸とするならば、建築形態つまり造形性や審美性は横糸となる。縦糸の特徴は連続性と普遍性。その糸の数は時とともに増大し、織物=建築の幅を広くするとともに、各々の糸は次第に強靭に鍛えられ、磨きをかけられていく。一方、その時代の感性によって揺れ動く横糸は、時代の移ろいとともにその色も太さも変化する。時代を特徴づける色彩の変化によって、織物は美しい歴史の縞模様を描き続けていくのである。
建築空間を成立させるもの、あるいは演出するのは構造であり、構造体のみによっても、もうひとつの空間が現れる。建築空間のデザインがあるなら、構造空間のデザインがあるだろうと考える。この時、本来安全性と経済性を基本とする構造技術にとって、“構造”と“デザイン”の新しい視点が生まれる。一般的にいえば、各々の意味する内容は限りなく広いわけだが、両者の接点を見いだそうとするつぎの言葉の対比は興味深い。
A 構造とデザイン
B 構造デザイン
再び“建築織物論”をもちだせば、Aにおける構造とは縦糸(Tool)、デザインとは横糸(Demand)であり、Bの視点は両者の織り方、つまり協働の有様を問題にする。「空間と構造」の主題は結局、この二つの視点のなかに求められ、いつの時代にも問われ続けていく普遍的なテーマといえよう。
(「空間 構造 物語」2003、彰国社、p15より)
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今回のフォーラムでは、上記テーマに関連深い業績をあげられた3人のパネリストをお招きした。いずれも今年度の各賞受賞者であり、そのお祝いもかねたフォーラムを企画しましたので奮ってご参加ください。
小澤雄樹:「20世紀を築いた構造家達」(2014、オーム社)で日本建築学会著作賞
小堀哲夫:「ROGIC」で日本建築学会賞(作品)、JIA大賞、aaca賞など
萩生田秀之:「豊洲ランニング・センター」で喜多村淳と共に日本構造デザイン賞
―――――――――――――――コーディネーター:斎藤公男
パネリスト:小澤雄樹(芝浦工業大学)、小堀哲夫(建築家)、萩生田秀之(構造家)
日時:2017年10月2日(月)17:30~19:30
場所:A-Forum
参加費:2000円(懇親会、資料代)
参加申し込み:こちらのフォーム よりお申し込みください。
*「お問い合わせ内容」に必ず「19回フォーラム参加希望」とご明記ください。
詳細はこちら
本シリーズは、建築を大きくは町場と野丁場、住宅と公共建築に分けて、その設計―生産の今日的問題を議論してきた。今回は、町場、住宅の設計、生産について考える。これまで、第3回「日本の住宅生産と建築家 建築の設計と生産:その歴史と現在の課題をめぐって」で、まず、住宅生産システムにおける建築家の役割を大きく振り返った。住宅設計に取り組む建築家の相対的地位は低下し続けてきたけれど、住宅設計・生産の現場で建築家という職能が一貫して期待されていることを再確認した。一方、第4回「建築職人の現在―木造住宅の設計は誰の責任なのか?」では、住宅建設に関わる職人の高齢化、減少の問題とともに、プレカットが9割となる在来木造住宅のシステム崩壊が議論になった。そして、第5回「建築家の終焉!?―「箱」の産業から「場」の産業へ」では、第3回で再確認された建築家のあり方について、そもそも、「箱」としての建築をつくってきた建築家の概念そのものが無効ではないか、場所をつくっていく、まちづくりに建築を拓いていく新しい職能が必要ではないか、という提起があった。
今回は、具体的な住宅リノベーションの現場の問題に焦点を当てたい。日本は、現在、800万戸の空家を抱え、新たな住宅建設が大量に必要とされる状況にはない。住宅リノベーションの需要がこの間増加し続けてきたのは当然である。加えて、これまでにない観光客の増加による宿泊施設需要のために、既存ストックのホテル転用が急激に行われつつある。こうした中で、古都京都を拠点に京町家のリノベーションに取り組む魚谷繁礼(『住宅リノベーション図集』)、東京を拠点にし、古民家再生やまちづくりに取り組む永山祐子の2人の一線の建築家を招いて、住宅リノベーションに取り組む意義、その手法などをめぐって議論したい。
コーディネーター:布野修司+安藤正雄+斎藤公男
(a) 京町家と都市再生(仮) 魚谷繁礼(魚谷繁礼建築研究所)
(b) 住宅リノベーションの手法(仮) 永山祐子(永山祐子建築設計事務所)
コメンテーター:長谷部勉、香月真大(未定)
日時:平成29年10月5日(木)17:30〜20:00
場所:A-Forum
会費:2000円
共催:日本建築学会『建築討論』
建築は田舎の一軒家から都市に建つ超高層、大きなスポーツ施設や会議場など様々ですが、一つ一つの建築は地震や強風に負けないように、多くの人々が元気に生活できるように、建築の内部も町並みや都市の景観も美しくと考えて、我々は設計し施工しています。ここで、建築の集合で成り立ち、便利なインフラと通信システムで構築され、多くの人々が活動している大きな都市が、次に起こる厳しい自然の猛威に耐えられるかについて、考察と行動が抜けているように思います。日本学術会議の分科会にて、東日本大震災の起こる3年前から9年間この問題について議論してきました。このたび、提言「大震災の起きない都市を目指して」をまとめることができ、公開シンポジウムを行うことになりました。
日時:2017年8月28日 正午から午後4時まで
場所:日本学術会議行動(地下鉄乃木坂から5分、青山墓地の向かい側)
受付:入場無料、要申し込み 必ずこちらよりお申し込み下さい
*A-Forumでは申し込み受付を行っておりません。ご注意ください。
夏休みの終わりの時期、皆様のご参集をお待ちしております。
どうおよろしくお願いいたします。
和田 章