これは、設計や生産に関わる構造技術者(新人だけではなくベテランも含め)だけではなく、建築家や学生諸君にとっても、首を長くして望んでいた本だ。最初に本書を手にして、パラパラと頁をめくるだけでそう感じられた。基本から実践へ、全体から部分へ、ディテールの役割とおもしろさがヴィジュアルに、実に分かり易く伝わってくる。それが私の第一印象であった。
本書の特徴として次の4点をあげることができよう。
第一に対象とした構造方式を鉄骨造と木造に絞っていること。「帯」にはあるがあえて「表紙」に明記していないことが本書の戦略なのかも知れない。多田氏が「鉄骨造編」を、山田氏が「木造編」を担当しているが、この二つの構造方式においていかにディテールが重要であるかがよく理解される。その一方で両氏の多様な実績を考えると、構造設計におけるさまざまなディテールに対する基本的な姿勢(理解・手法)を伝えたい、との思いが感じられてならない。
第二に各々の構造方式のディテールの解説を三段階(三部構成)にしていること。まず「基本のディテール」では、構造設計を初めて学ぶ学生や新人の実務者の設計の拠り所となる構造ディテールの要素や力学的な役割を部位毎に詳しく説明している。つぎに「実践のディテール」。ここでは基本をこえた構造設計部位に対する設計の対応性を高めるため、基本形の組み合わせやアレンジの仕方を紹介している。そして最後の「特別のディテール」では著者らがこれまでの実践で得た独創的で工夫に満ちた会心のディテールが披露されている。この流れ―”BASIC ・PRACTICE・SPECIAL”はつまり「ホップ・ステップ・ジャンプ」。明快で意義深いストーリーといえよう。何故ならディテールの設計は、ひとたび誤てば建物の崩壊を招く命綱、アキレス腱であることは多くの歴史上の衝撃的な事故が物語っている。その一方で熟達の手のよれば構造体を超えて建築そのものを輝かせるダイヤモンドの存在にもなる。それがディテール(ジョイント)に課せられた使命であり魅力なのだ。本書の構成からそれを読みとることもできる。
第三の特徴は、しかけとしてのディテールを構造体のしくみの中に明確に位置付けていること。この視点を踏まえて、初心者から熟練者までを対象としたディテール集として、これほどまとまった情報が世に出ることはなかったように思う。“まとまった”という意味は、分類や事例の数が多いということではなく、ディテールが構造体というしくみ(力の流れやジオメトリー)において果たす役割を分かり易く視覚化しているということにある。特にそれが感じられるのは「実践のディテール」。ここでは対象となるディテールが一目瞭然であり、図版と文章とのバランスもよく仕上がっている。
第四の特徴は「特別なディテール」によってディテールへの創造的興味が促されていること。ディテール設計の醍醐味は何といっても、その原型としてのイメージが決してコンピューターからは生まれない、ということであろう。人間(設計者)の理性と感性の賜物であり、技術と芸術の結晶ともいえる。困難な設計条件をのりこえた極めて固有なデザインが、普遍的なディテールとして時代を突き抜けることもある。「ディテールには神が宿る」とはM.V.ローエの名言であるが、意匠設計だけでなく構造設計の世界にも感銘をうける多くの事例がある。それを学ぼうとする好奇心がいま構造界に求められている。
ところで日本大学に在職していた約45年間、私が最も心を砕いたことは「教育・研究・設計」という三つのテーマをいかに有機的かつ効果的に連動させるか、ということであった。そしてそれはある程度実践できたようにも感じている。しかし構造教育が果たして満足できたものだったかははなはだ自信がない。わけても構造力学をどう教えたらよいかという課題にはいつも頭を悩まされていたように思う。力学と構造、構造と空間がつながるようミニモデルの実験や実例のスライドも使ってあの手この手を試みたが中々上手くいかない。学生には何としても静定構造だけはマスターしてもらおうと、応力図、特にМ図を沢山描いてもらったが、問題は支点・ジョイント。ピン・ローラー・固定という抽象的モデル化が中々リアリティを持ち難い。本書が示す視点や接合のディテールはヴァーチュラルな力学の授業に光を照射する。その意味で学生にとっては最適なテキストになるはずだ。
基礎と実践を結ぶ本書の意図が若い人達に「構造設計」への興味を高め、さらに「構造デザイン」への憧れをかきたてるにちがいないと期待している。 この本は実用書であり、啓蒙書である。
(MS)
誰かがこれで良いと記述し、その周囲の人たちがこれで良いとして、順調に進められていることについて、基本に戻って考え、指摘・質問することは難しくなってくる。うっかり質問すると、そんなことも知らないのですかと冷たい目で見られる。根掘り葉掘り、他人がしたことを疑うのは、順調に動いている社会に竿をさすことだと、多くの人が考える。しかし、「仕事の流れを誰も疑わず、順調に進んでいる」ことの方が怖い。
塑性崩壊理論に従えば、「骨組の崩壊形を仮定して求めた崩壊荷重は、真の崩壊荷重に等しいか大きい」という上界の定理がある。関係者の考えた崩壊形の仮定が間違えていれば、彼らの期待した崩壊荷重は真の崩壊荷重より大きめになってしまう。どのような構造物も、どのようなシステムも、関係者が期待した強さや能力通りにはならず、実際の強さや能力は期待したより低いか等しいことになる。よほど慎重に議論した場合のみ、「等しい」ことになり、期待した通りの性能を発揮する。
これを表すもっとも深刻な災害は、「人災」とも言われている、福島第一原子力発電所の爆発である。何百人・何千人の優秀な人たちが関わっていて、真の崩壊形をイマジネーションできなかったのであり、もろくも崩れた。非常に恐ろしい。原子力に限らず、同じようなことはまた起きうる。
「本当のプロ」とは、頂点にいて何もしない人ではなく、仕事に愛があり、人々に愛があり、一緒に仕事をする仲間の中に入り、出来上がった姿やその状況に広く詳細なイマジネーション*を働かせ、皆の意見を謙虚に聞き、真剣に議論し、もちろん仲間をリードするカリスマのある人だと思う。簡単ではないが、こんな人になれたら良いと思う。
建築構造設計の分野には、理想とするプロの方は何人もおられるが、分野を構造設計に限らなければ、過去にも現在にも「本当のプロ」と思える人はたくさんおられる。ある一人(マイケル・ジャクソン)の活躍とその姿を観て、「本当のプロとは」について議論したい。
フォーラムの冒頭、大きな画面と最高の音響で、「This is it」を鑑賞します。
コーディネーター:和田章
日時:2017年2月23日(木)17:30〜19:30
場所:A-Forum
終了後に懇親会(会費1000円)あり。
本シリーズ第1回目、2回目では、新国立競技場建築プロジェクト、そして東京オリンピック関連施設を例にとり、デザインビルドあるいは設計施工一括方式を巡る諸問題について議論した。本シリーズを通じた目的は、建築生産方式(=プロジェクト方式=発注方式)の多様化の必要性と課題を確認し、デザイン、エンジニアリング、コンストラクションの創造的協働の未来像を展望することにあるが、設計と施工の分離を前提とした伝統的な専業の枠組みが侵されていることがまず議論の焦点となった。シリーズ第3回では、「日本の住宅設計生産と建築家」をタイトルに、町場における建築家の役割をめぐって議論したが、アーキテクトの役割が再確認される一方、その未来についての展望は必ずしも明らかではなく、住宅芸術論、「最後の砦としての住宅設計」論、アーキテクト・ビルダー論、地域住宅工房論の帰趨ははっきりしない。むしろ、浮かび上がった大きな問題は現場の劣化、建築技能の衰退である。そこで第4回は、木造住宅の設計と施工の問題に焦点を絞って議論したところ、それ以前に、在来木造そのものの設計と施工が大きく変質していることが確認された。さらに重ねて議論することとしたが、ひとまず、前回予定した、すまい、まちの再生というテーマを念頭に、町場におけるアーキテクトとビルダーについて議論したい。「町場」という言い方が既に建築をつくる側の設定であるが、そういう時代ではない、というのが松村秀一『ひらかれる建築―「民主化」の作法』である。
第5回は、この松村秀一の提起をめぐって議論を深めたい。
コーディネーター:布野修司+安藤正雄
(a) ひらかれる建築―「民主化」の作法:×松村秀一
(b) クリエーションとリノベーション:大島芳彦(ブルースタジオ)
(c) 「高品質低空飛行という生き方」 島原万丈(Home’s総研所長)
日時:2017年4月3日(月)17:30〜19:00
場所:A-Forum
会費:2000円
共催:日本建築学会『建築討論』