コーディネーター:和田章
日時:2017年2月23日(木)17:30〜19:30
場所:A-Forum
終了後に懇親会(会費1000円)あり。
マドリッドのある大きな美術館に朝から夕方までいたことがある。画家の卵の女子学生が、それほど大きな絵画ではなかったが、その横にキャンバスを立てて模写を始めていた。特別な許可をもらっているのだと思う。朝には鉛筆で輪郭を描いていたが、夕方には絵の具も使ってほとんど完成していた。この絵を描いた画家は、何枚もスケッチを描いたかもしれない、絵の具を使うときにも大いに悩んだと思う。これには何年もかかることもあれば、1週間の場合もあると思う。しかし、目の前の素晴らしい絵を模写するのは1日でできてしまう。
ゼロから考えて実行することに比べ、既にあるものを真似することは衝撃的と言えるほど容易である。文明社会の効率を高めるために、教育が必要で、教科書が必要なのはこのためだろう。多くの人々がよりよく知りたいと思っているのだから、それで良い。我々の分野では、研究者や技術者が社会のために良いことをしていると真剣に考え、学会や協会の指針やマニュアルを作り、メーカーのカタログ、構造計算ソフトなどを整備していく。我々のまわりには、ゼロから考えなくても良い仕組みが次々にできてくる。 情報社会と言われ、インターネットを通して何でも調べることができ、汗水かいて行っていた構造計算はコンピュータの仕事になった。それでも、関係者は忙しい・忙しいという。もっとゆっくり考えたり、議論したり、模型を作ったり、国内外の建築を見に行ったり、地震災害を見に行ったり、マニュアルやカタログを疑ったり、実験をしたり見学する時間はあるはずだ。日々設計し、施工している建築が良い社会を作っているかどうかも考えねばならない。我々の努力はまだ足りない。ミケランジェロは歴史に残る最高の芸術家であるが、晩年に「Still, I learn」と言っている。
誰かがこれで良いと記述し、その周囲の人たちがこれで良いとして、順調に進められていることについて、基本に戻って考え、指摘・質問することは難しくなってくる。うっかり質問すると、そんなことも知らないのですかと冷たい目で見られる。根掘り葉掘り、他人がしたことを疑うのは、順調に動いている社会に竿をさすことだと、多くの人が考える。しかし、「仕事の流れを誰も疑わず、順調に進んでいる」ことの方が怖い。
塑性崩壊理論に従えば、「骨組の崩壊形を仮定して求めた崩壊荷重は、真の崩壊荷重に等しいか大きい」という上界の定理がある。関係者の考えた崩壊形の仮定が間違えていれば、彼らの期待した崩壊荷重は真の崩壊荷重より大きめになってしまう。どのような構造物も、どのようなシステムも、関係者が期待した強さや能力通りにはならず、実際の強さや能力は期待したより低いか等しいことになる。よほど慎重に議論した場合のみ、「等しい」ことになり、期待した通りの性能を発揮する。
これを表すもっとも深刻な災害は、「人災」とも言われている、福島第一原子力発電所の爆発である。何百人・何千人の優秀な人たちが関わっていて、真の崩壊形をイマジネーションできなかったのであり、もろくも崩れた。非常に恐ろしい。原子力に限らず、同じようなことはまた起きうる。
前置きが長かったが、「本当のプロ」とは、頂点にいて何もしない人ではなく、仕事に愛があり、人々に愛があり、一緒に仕事をする仲間の中に入り、出来上がった姿やその状況に広く詳細なイマジネーション*を働かせ、皆の意見を謙虚に聞き、真剣に議論し、もちろん仲間をリードするカリスマのある人だと思う。簡単ではないが、こんな人になれたら良いと思う。
建築構造設計の分野には、理想とするプロの方は何人もおられるが、分野を構造設計に限らなければ、過去にも現在にも「本当のプロ」と思える人はたくさんおられる。ある一人(マイケル・ジャクソン)の活躍とその姿を観て、「本当のプロとは」について議論したい。
フォーラムの冒頭、大きな画面と最高の音響で、「This is it」を鑑賞します。
*「何より必要な想像力」:「想像力は愛」Structure 2013.7より
心臓血管外科の名医・須磨久善は想像力について重要なことを述べている。手術の前夜には、翌日の手術の始めから終わりまですべてを想像のなかで作り上げる。ただ、実際の手術では思ってもいないことが起きるから、とっさの判断・決断力が重要であり、これを支える技術はもちろん必要だという。建築物だけでなくまち作りにも第一に想像力が必要である。そして設計があり、経験、科学と工学がこれを支える。
構造設計者として皆が尊敬する坪井善勝は1976年に日本建築学会大賞を受けられた。有楽町の旧・建築会館で行われた受賞記念講演会にて、構造設計者には想像力が必要だと強調された。鋼製の球殻で作られる深海探査艇の設計を依頼されたとき、ご自身が高水圧の海の底でその中に入って安心して研究活動をする気持ちになれるかと本気で想像して、鋼板の厚さを決めたといわれた。計算はそのあとである。