文量が多くなって恐縮だが、ここで本年の選評の一部を記したい。本賞への理解とこれから期待される多くの応募者の皆さんの参考となれば幸いである。
体育施設(アリーナ、スタジアム)2件、幼稚園 1件、住宅(別荘) 1件、大学施設(記念館) 1件、集合住宅 1件、オフィスビル 1件、耐震改修 1件、ミュージアム 1件、港湾施設 1件 、以上10件
まず、選考を始めるに当って次の3点について意見交換を行い、選考委員会としての基本方針を確認した。
1) 1つの作品について複数(今回は2人)の応募者が居る場合、各々が果たした役割が明確かつ対等であり、さらに各々のこれまでの実績が認められること。
2) 海外からの応募者については、松井源吾賞においても事例があり、特に問題はないとする。
3) 応募作品の構造デザインに関する評価を行うと共に応募者の構造家としての実績や資質についてもできるだけ議論すること。
次に選考委員長より第11回「日本構造デザイン賞」の選考基準についての提案があり、議論を経て次の各項が確認された。
1) 本賞は応募作品における構造設計者の業績を評価すると共に、これまでの実績を通じて優れた個人の構造設計者を顕彰するものである。
2) 応募作品は建築的に優れており、そのデザイン・コンセプトが明快であること。
3) 構造デザインの視点から、新規性、合理性、審美性など構造設計者としての創意工夫が盛り込まれていること。
4) 応募者は基本設計、実施設計および工事監理まで一貫して「作品」創りに主体的に関与していること。
以上の視点を共有しながら提出資料を吟味した上で議論と投票を重ねた結果、次の2作品および3名の応募者が受賞者として決定された。いずれも独創的な構造デザインによって「建築」が求める空間的創造性と構造的合理性を実現させている。
▷ 岡村 仁 & 桐野 康則 (KAP、共同受賞) 「静岡県草薙総合運動場体育館」(このはなアリーナ)
▷ Ney Laurent (ネイ&パートナーズ)
「三角港キャノピー」
上記2作品については実際に現地を視察した選考委員の各々が選評を述べているが、ここでは両者を比較しながら、委員長としての私見をコメントしたいと思う。
まず特筆すべきは、第一に日本構造デザイン賞としては初めてとなるユニットとしての連名受賞者が誕生したことである。岡村、桐野の両名ともに各々の個人実績は申し分なく、共同設計した応募作品の質も高いと評価された。「このはなアリーナ」は、地方の時代の地方の建物に込められた建築家・内藤廣の漲る気迫が伝わってくる建築である。設計者の木に対する思いの強さが形態と構造の大胆な発想へと結びついたと考えられるが、その実現は容易ではない。木質構造の特性を把握し、免震構造として大空間を成立させるため構造設計者は設計から施工までさまざな専門的エンジニアとの協同を構築し、統合へと導いている。これまでのユニットとしての実績の高さが伺えよう。
特筆すべき第二は「三角港キャノピー」が海外の著名設計者による土木的構造物ということである。松井源吾賞においても、L.E.ロバートソン、P.ライス、C.バーモント、最近ではJ.シュライヒ等が受賞しており、N.ローランは海外在住者として6人目の受賞者となる。
ベルギー、ブリュッセルに本社があるネイ&パートナーズの設計プロセスの特徴は通常の建築家と構造設計者との協同の形をとらない点である。多くの橋梁や大スパンおよび土木構造物に関しては自社で意匠から構造、設計から施工監理までを手掛けている。美しく合理的な技術解=かたちを物語(ストーリー)を育みながら創出させるプロセスは、たとえば最近つくられた「札幌路面電車停留所」の端正な空間にみることができる。素材・ディテール・構造システムが見事に小さな建築に凝縮されている。「三角港キャノピー」も同様な期待を抱かせよう。
「日本構造デザイン賞 松井源吾特別賞」はArup東京事務所代表として永年の功績を果たした彦根茂氏を委員会全員一致で決定した。 斎藤公男(選考委員長・構造家)
彦根 茂
「Arup・東京事務所代表としてトータルな構造デザインの実現に果たした永年の貢献」
業績賞として位置づけられる松井源吾特別賞は原則的に毎年1名が選ばれている。9人目となる本年の受賞者を日本構造家倶楽部から推薦された彦根茂氏とすることを選考委員会は全員一致で承認した。 Arup東京事務所が開設されたのは1989年。彦根氏は1994年にOve Arup & Partners に入社し、1997年から約20年間、日本における代表を務めた。今回の受賞はその間における同氏の構造デザインに関するさまざまな貢献が評価されたものである。たとえば「なにわの海の時空間」(2000年)、「ソニーシティ」(2006年)、「ニコラス・G・ハイエック・センター」(2007年)等の多くの構造設計に深く関わると共に、構造以外の設備・環境・ファサード・照明との統合にも意をつくしてきた。さらにはプロダクトマネージャーとして構造設計者がトータル・デザインを意識して建築家と良好な協同が出来るような環境づくりに力を注いできたことが最も注目されよう。
オブ・アラップが3人の同僚と共に「アラップ社」を設立したのは1946年。今からちょうど70年前のことである。そして今日ではおそらく所員数は11,000人、事務所数は90箇所をこえるものと思われる。
私事で恐縮ではあるが、私がアラップ卿と直接ロンドンで会えたのは1972年秋。シドニー・オペラハウスの竣工直前のこの時、77歳の卿は穏やかですこぶる元気であった。以来、Fitzroyへは何度足を運んだことだろうか。今は亡き、E.ハボルドやP.ライスの面影も懐かしく、私自身も3度社内レクチャー('88、’91、’01)の機会を得ることが出来た。彦根氏と初めてお会いしたのはM.マニング部長を日本大学の客員教授として招いた1986年頃、もう30年も昔のことになる。
アラップ社が生みだす作品やそこに働く優れた人々を見て感じることは、空前の規模で拡大し続けてきたこの国際組織を支えるものの存在である。ひとつは、所属するエンジニアの個人の人間的な関係性を軸とした組織体であり、共通の哲学・理念を抱く小規模な連邦体だということ。異なる建築家と組むコンペ等では当然、社内での競合は日常的であろう。したがってアラップ社のリーダーは個人の能力や個性が最大限発揮される環境づくりを心がけており、その課題は彦根氏にも課せられてきたはずである。そしていまひとつは、多くのスタッフを結びつける道標。それが創立者オブ・アラップの設計哲学、すなわち「トータル・デザイン」である。アーキテクチャーとエンジニアリング、設計と生産を総括的にとらえ、両者の融合・触発・統合を計りながら、あらゆる技術を駆使して建築のトータルな質を向上させることがその理念である。そのための人材を集めていった結果、組織が拡大したとみるべきであろう。日本における構造デザインを刺激し続けてきたアラップ社の仕事を概観すると彦根氏の果たした役割が理解されよう。
アラップ東京事務所が開設25周年を迎えた2014年末、彦根氏はSJVの中心的なスタッフとして(旧)「新国立競技場」に取り組んでいた。そして2015年7月17日に白紙撤回。トータル・デザインとしてのザハ案の実現を見られなかったのが何とも残念である。
(M.S.)
今回のフォーラムのタイトル、「空間 素材 構造」にはさまざまなテーマが詰まっている。
工学と美学双方を支える直感や感性。イメージ(想像力)とテクノロジー(実現力)の融合・触発・統合。2つの双対的ベクトルの有り様といったアーキニアリング・デザイン(AND)のコンセプトにも議論が深まればと楽しみである。
「JSCA賞」と「日本構造デザイン賞」とは、共に構造設計者の優れた業績に対する社会的評価の舞台であり、我が国では数少ない貴重な表彰である。各々は日本建築技術者協会と日本構造家倶楽部という全く体質の異なる組織体の主宰であるが、後者の創立の原点を「松井源吾賞」(1990)とするならば、27回目を迎えた前者共々そのスタートはほぼ同時期とみることができよう。偶然にも、今年度の表彰委員長は各々和田先生と私であった。
今年度の「日本構造デザイン賞」(表彰式9/2)には「このはなアリーナ」と「三角港キャノピー」が選ばれた。(詳細はA-Forum e-mail magazine no.31、冒頭エッセイ)両者を比べると実に興味深い。すなわち機能・形態・規模・設計体制等が全く異なる2つの作品にはいくつかの共通点が見いだせることである。第一に設計のめざすべきコンセプトが当初から明快でブレのないこと、第二にそのイメージの実現に向かって最新のテクノロジーが駆使され統合されていること、第三に構造システム・ディテール・工法にわたるホリスティックなデザインを実践させていること、そして第四に素材の巧みな生かし方である。前者では鉄と木のハイブリッド構造が免震やPSによって実現され、後者ではサンドイッチパネルと鋳鋼、LEDの活用により鮮やかな構造空間が誕生した。いずれもコンピューターの能力ではなし得ない知力と情熱の結晶といえよう。
今回のAF-Forumではこうした視点からテーマを「空間 素材 構造」とし、優れた建築家と構造家を招いた。建築家の加藤詞史氏は「唐戸市場」(2001)でPCaPCやケーブルによる張弦梁、近作の「梅郷礼拝堂」(2016)では木質集積構造を発案し、意匠と構造の高い融合に挑戦している。力の可視化、素材を中心にした装飾と合理の論点も期待できそうである。一方、構造家の木下洋介氏には今年度のJSCA賞作品「オガールベース」を注目したい。集成材とRCの一体化による「櫛型耐震壁」の考案をはじめ、ローコストで効果的かつ美しい木造架構の構築は普遍性をもつ構造デザインとしても高く評価されよう。(斎藤公男)
日時:2016年9月29日(木)17:30-19:00 (終了後会場にて懇親会を行います)
場所:A-forum
共催:日本建築学会『建築討論』
コーディネーター:布野修司+斎藤公男
(a) 日本の住宅建設と供給主体の歴史的変遷:権藤智之(首都大学東京)
(b) 家づくりの会と設計施工 松澤静男(KINOIESEVENリーダー・マツザワ設計)
(c) 建築家と工務店の関わり 泉幸甫(泉幸甫建築研究所)
(d) アーキテクト・ビルダーの実践:八巻秀房((株)山の木)