A-Forum e-mail magazine no.25 (10-03-2016)

規則がまた増える

 横浜市内に建つ某マンションが杭工事施工不良のために傾斜したとされ、その時の杭施工記録に偽装があったことが昨年10月14日に公表された。その日、私はたまたま体調を崩して仕事を休み、日がな一日ラグビーW杯での日本チームの快挙を報じるテレビ番組を流し観ていた。繰り返し報道される嬉しいニュースに、体調が悪いことも忘れて明るい気分になっていたその日の夕方、突然傾斜マンション問題が報道された。その第一報はうっかりすると見落としかねないほど短時間のものであったが、その後、時間の経過に従って瞬く間に各テレビ局がこぞって大きく扱う大事件となっていった。その様相は、それまでの喜びに満ちた日本社会が、一気に奈落の底に突き落される様な気分にさせられるものであった。
 その日から4日後の日曜日(10/18)に放送されたTBS系の番組、サンデーモーニングの中で日本ラグビーチームのヘッドコーチであったエディー・ジョーンズ氏の辞任記者会見の様子が放映された。それまでエディー氏に関する知識を全く持ち合わせていなかった私は、記者会見では日本人の耳に心地好いお祝いの言葉が聞けるものと想像していた。しかし実際にエディー氏の口から放たれた言葉は、現在の日本チームが抱える問題点の指摘と、チームがもっと強くなるためのアドバイスであった。
 エディー氏が挙げた問題の第一は「(選手に)規則を守らせ、従順になるためだけの指導が行われていて、このことが選手たちの能力発揮を阻んでいる」ことであった。さらに「これは日本ラグビーの文化であり、これを変えるには長い時間が掛かり、恐らく次のW杯(当時から4年後)には間に合わないだろう」とも指摘された。そして選手には「自分の判断や表現力を磨き、自分たちで創意工夫する生き方が必要であるが、そうした練習をしていていないから自分の本領を発揮できていない」とアドバイスされた。
 今回の傾斜マンション問題とエディー氏の辞任記者会見とを重ね合わせると、日本社会の全体像が透けて見えてくる。言い古されていることのような気もするが、これまで日本の社会秩序は、国から与えられた規則に従うことで築かれてきたように思われる。決められた規則に従うことが優先され、自分の能力や技術力を磨き、発揮することを置き去りにし続けていたことが、今回のデータ偽装という愚挙を生む大きな要因となったのではないだろうか。
 この事件を機に国交省が作成した「基礎くい工事の適正な施工を確保するために講ずべき処置について(告示)」と「基礎ぐい工事に関する工事監理ガイドライン」の案が公表され、先日2月27日、それに関するパブリックコメントの公募が締め切られた。こうして、3月4日にはこの2つの文案が国によって定められた規則として発効された。実は私もその規則作りの際に、多少ではあるがお手伝いをした一人である。その間終始、こんなことまでいちいち国が指図しなければ、日本の技術レベルを維持することすらできないのかという思いがしてならなかった。自分自身を含めて、いつから日本の技術者はこんなにも自信と誇りを失い、社会からの信頼を失ってしまったのだろうか。
(K.K)

第12回フォーラム開催

テーマ:長周期かつ長時間続く設計用地震動の議論

コーディネーター:和田章
パネリスト:パネリスト:神田 順、伊藤 優(JSCA)、篠崎洋三(日建連)、久田嘉章(JSSI)、加藤研一(小堀鐸二研究所)

1964年に東京オリンピックが開かれたが、この年の6月に新潟地震が起きている。大学に入学したばかりだったが東京も揺れた。昭和石油の石油タンクが配管の損傷とスロッシングで油が溢れ大火災になった。2003年の十勝沖地震で起きたことと類似であるが、このとき既に周期6秒の長く繰り返す地震動が発生している。その後の研究では「やや長周期」と言われていたが、長周期地震動のことは2003年から始まった議論ではない。
 東京オリンピックに間に合うように竣工したホテルニューオータニ(17階建)をきっかけに、超高層ビル日本でも建てられるようになった。長周期成分が正しく観測できていない加速度記録(エルセントロ、タフトなど)を用いて応答解析が行われ、構造物の安全性の確認が行われていた。このころの検証は、最大変形、最大応力、最大塑性率など、最大値にしか注目していなかった。初めの数秒で最大値が起こるような地震動では、長い継続時間の計算をする必要もなかった。
 それから50年近くが過ぎ、世界では精度の高い地震動が記録されるようになり、プレートテクトニクス理論などの地震学も進んだ。考えるべき設計用の地震動も変わってきた。ただ、地球の歴史からみれば、ほんの一瞬を捕まえて議論しているようにも思う。構造物の設計について注目すべきは、最大値だけではなく、繰り返し回数、エネルギー吸収量など積分値として評価すべきことがはっきりしてきた。
 今までの設計目標にはなかったが、超高層ビルにとって構造物が倒壊しなければ良いということで十分かも疑われている、中に暮らしている多くの人々のことを考えるべきであり、海が見えたり雲が見えたりしてぐるぐる揺れる建物を建築と言えるか、水や電気が止まり下水処理もできなくなった建物で地震後の生活は可能か、ウォータフロンとでは高層ビルの周辺は津波で人の行き来が遮断されるかも知れない。塑性変形を起こした建物は周辺から安全性が指摘され取り壊すことになる。誰の費用でどのようにして取り壊し、更地に戻すのか。最も深刻なことは、取り壊すべき建物が墓石のように林立する大都市に次の命は残るのかなど悩みは多い。
 最近の話題として、長周期(長時間)地震動に関するパブリックコメントの募集があった。地震動として、単純形状のスペクトルにフィットさせた入力地震動は便利であるが、このような地震動は絶対に襲ってこない。だからと言って、起こるまで確かでない山谷のある設計用地震動を用いたとき、設計する構造物の動的性質をスペクトルの谷を狙って調節し、入力地震力を減らそうとすることも問題である。基本的に自然の神さが起こすことで、まだ分からないことが多いと考える必要がある。研究はまだ続けるべきである。このフォーラムでは、パブリックコメントに応えたパネリストの方々と積極的な議論を行いたい。
和田 章

日時:2016年4月21日 17:00-19:00
場所:A-Forum お茶の水レモンⅡビル 5階
参加費:2000円 (懇親会、資料代)

お申し込みは →http://www.a-forum.info/contact/form.html
『お問い合わせ内容』に必ず第12回フォーラム参加希望と明記してください。

台湾地震 高層マンション倒壊


神田 順×津田大介「台湾の地震によるマンション倒壊」2016.02.08

和田章「人ごとではない自然災害の教訓」2016/3/10 日経アーキテクチャー