A-Forum e-mail magazine no.27 (10-05-2016)

ザハ・ハディド、あなたの“デザイン”がみたかった

 ザハ急逝のニュースを知ったのは4月1日の朝だった。初めはエイプリル・フールかと疑ったが、亡くなったのは3月31日。マイアミの病院であり、亡くなる直前までメールで仕事の指示を出していたという。65歳のまさに急逝であった。

女性建築家として初めての受賞となるプリッカー賞(2004)をはじめとし、高松記念文化賞(2009)、RIBA(王立英国建築家協会)ロイヤルゴールドメダル(2016)を次々と受賞し、アンビルドの女王からスーパースター建築家とし羽ばたき始めた近年。誰よりも本人の無念さは計り知れない。
ロンドン中央モスクで執り行われた葬儀の参列者には、L.コールハウスやP.クックら世界的に有名な建築家の姿があったという。N.フォスターもコメントを寄せている。「彼女は勇気・信念・不屈の人。自由な創作精神と結びついたその資質は非常に稀だった」と。1)

ザハの名を一躍有名にしたのは1983年のピーク・レジャー・クラブ建築設計競技案「ザ・ピーク」。その衝撃に建築的洗礼を受けた建築家は少なくない。思えばそれより、30年近くも以前の1957年、私達学生にとっての建築的衝撃といえば「シドニー・オペラハウス」のコンペ(1973)であった。シドニーのJ.ウッソンを見出したY.サーリネンと同様に、香港で審査員を務めた磯崎新もまた落選しかけたザハの案を最優秀に推した。
「30年昔、世界の建築に彼女が登場したとき、瀕死状態にある建築を蘇生させる救い主が現れたように思った。」追悼文の中で磯崎新はこう述べている。1)
たしかに「構造=建築」が基本的な現代建築において、それをひっくり返すような構造と表層の分離は、F.ゲーリーとは異次元の世界を構築したといえよう。たまたま私がみたザハ作品、たとえばロンドンオリンピックのアクアティクス・センター、広州や南京のオペラハウスやソウルの東大門デザインプラザなどはいずれもスピード感と躍動感に溢れた「環境彫刻」。妥協を許さない貪欲さが他の追随を許さない表層の精度を高めている。しかし独自の芸術作品にはコスト高を覚悟の恵まれたクライアントが何より必要だ。誰しもがそう感じるはずである。それが経済市場なのか、政治家なのか。市民や社会でないそこが気になろう。

ザハのデザインについて磯崎新はこう述べている。2)「我々の世代は構造や合理性の上に表現があったが、ザハはまず感覚的な表現があってそれを合理化していた。建築というより、イメージによるデザインの能力といえた」と。イメージを実現するために早くからコンピューターを活用したデザイン手法の研究を続け、「機能から形を導くのではなく、形から機能の効率を最大化する設計」に心血を注いできたのがザハである。かつて壮大で力強いイメージがその建築の全ての方向づける事例は多い。たとえば「関西国際空港ターミナル」(1994)。1.7kmもの大きなスケールのウィング・ジオメトリーが、内部空間の構造や環境・設備を支配し、実体化した。ジオメトリーとフォルムの違いとでもいえようか。R.ピアノとZ.ハディドの「形」のもつ意味は別のものと考えられよう。
最近の中国で注目すべき動向があった。2015年末、37年ぶりに開かれた中央都市政策会議が発表した「意見書」には、視学的インパクトの強い公共建築に対して次のような批判が示されている。3)曰く「建築の機能性と構造の合理性を疎かにしてはならない。構造技術のイノベーションが促進されたと云っても、力尽くでリスキーなものでなく、普遍性をもつべきだ」と。

ところで、こうしたザハの世界を前にして、あらためて「白紙撤回」(2016.7.17)となった(旧)「新国立競技場」のことを振り返ってみたい。テーマは「日本において、東京オリンピックにむけてザハのデザインははたしてどういう形で実現することができたのか」である。その前提条件は二つ。
ひとつ目は、最初の国際デザイン・コンクールにおけるザハ案のとらえ方。選ばれたのは「屋根付き競技場」の鮮烈なイメージであり、監修者ではなく本来はザハという建築家であるべきということ。二つ目はレガシーも含めたプログラムが再検討され、機能・コスト・工期等が適切に明示されること。この時統合者としてのザハはどんなプロセスを辿りながら困難な課題に立ち向かうかが問われる。構造と表層の一体化に回帰しようとする姿勢を(旧)「新国立」の提案にみるとする人もいるが、当初「開閉屋根」が設計条件であったことを考えると「課題をザハ流に解くこと」がいかに難しかったかは想像できよう。ザハは丹下・坪井による「国立代々木競技場」(1964)を深く研究したといわれる。しかし建築家と構造家の協同、という“作業”をどれだけ理解し得たかは分からない。日本の技術への信頼性とは別にザハ・デザインのあり様が垣間見え、その真価が問われる場面がいくつかあったように思う。
その場面とは3つ。第一はコンクールの最優秀案に対する最初の基本構想(フレーム・デザイン)の段階。規模も機能も縮小した要件に対して対応能力を発揮しながら、ザハが提示したであろうさまざまなオータネイティブをみたかった。第二は建設敷地が神宮外苑から東京湾岸の有明地域に変更になったと仮定した場合。外部環境が好転し、建設工事の円滑さも格段に上がる中でどんな伸びやかな姿形をみせることができたか。第三に仕切り直しとなった「ルーフ付きスタジアム」のコンペ。設計・施工の課題は格段に容易になった反面、ザハ・デザインの独自性は一体どんな風に表現され得たのか。プロフェッショナルな建築家として最後まで責任をとろうとしたザハの情熱とその成果を確かめたかったと思うのは私一人ではあるまい。

日本が選んだザハ・ハディド。東京の地で、あなたのデザインを見たかった。

1)日経アーキテクチャー 2016.4.28
2)朝日新聞 2016.4.19
3)STTUCTURE2016.4 郭献群「上海環境金融中心と最近の中国建築事情」
(MS)

AF-Forum【第13回】 どうする?構造設計


まだ終わらない熊本地震は、自然災害のはかり知れない手強さを改めて思い知らされるような地震である。兵庫県南部地震の際には都市災害の大きさが「未曽有」と言われ、東北地方太平洋沖地震では地震の規模と発生のメカニズムが「想定外」と言われた。そして熊本地震では地震発生の様相が「経験則から外れている」と言われている。 日本における地震学の先駆けとされている「地震予防調査会」の発足以来120年以上経った現在も、このように私たちは、地震の度に見られる新しい事象に驚かされ続けている。更に前回当A-Forumで話し合われた「長周期・長時間地震動」も、新たな課題として投げかけられている。構造設計者はこれら現代の科学技術の範囲を超えた課題と、それでも建築を設計し竣工させなければならい責務との狭間に立ちすくむ思いでいる。
そこで今回のForumでは、当面構造設計がどこまでの自然災害を想定すべきなのか、そして設計上の対応方法をどうすべきなのかについて論じあいたい。自然災害を正しく恐れ、正しい対処方法を知るために・・・。

コーディネーター: 金田勝徳(構造計画プラス・ワン)
パネリスト:古橋剛氏(日本大学)、金箱温春氏(金箱構造設計事務所)、福田孝晴氏(鹿島建設)  


日時:2016年6月23日(木) 17:00-19:00
場所:A-Forum お茶の水レモンⅡビル 5階
参加費:2000円 (懇親会、資料代)
参加申し込み:こちらのフォーム よりお申し込みください。
*「お問い合わせ内容」に必ず「第13回フォーラム参加希望」とご明記ください。

A-Forum アーキテクト/ビルダー(「建築の設計と生産」)研究会
第2回:入札契約方式の多様化と建築設計


本シリーズ第1回目では、新国立競技場建築プロジェクトを例にとり、デザインビルドあるいは設計施工一括方式を巡る諸問題を概観した。コスト高騰、入札不調といった現今の景況下、設計と施工の分離を前提とした伝統的な専業の枠組みが侵されていることがまず問題とされるが、本シリーズを通じた目的は、建築生産方式(=プロジェクト方式=発注方式)の多様化の必要性と課題を参加者の討議を通じて確認し、デザイン、エンジニアリング、コンストラクションの創造的協働の未来像を展望することにある。
シリーズ第2回は、「入札契約方式の多様化と建築設計」をテーマに、建築設計の立場から品確法がもたらしたインパクトと対応のあり方について討論を進めたい。論点は、建築設計界は入札契約方式の多様化をどのように受け止めるか、建築設計の専門性を尊重する多様化はいかに可能か、多様化を必要とする条件やプロジェクト/ビルディング・タイプとは何か、また、そもそも建築設計(デザイン)とはどの領域を指すのか等、数多い。一方、こうした議論を進めるためには、多様化推進の原動力となった品確法14条・ガイドラインの内容について、建築という立場での読解が不可欠である。土木分野を中心に発想された公共工事の入札契約方式の多様化はどこまで建築に展開可能か、また受発注者間のリスクや責任の布置から見た場合、設計施工一括方式やECI方式は果たして「方式」といえるのかといった論点について、共通理解を深めたい。

(a) 建築家からみた設計施工一括方式:森暢朗(建築家)
(b) 公共工事の入札契約方式の適用に関するガイドライン(国交省)をどう読むか:古阪秀三(京都大学)
(c) コメンテーター:近角真一(建築家)

幹事:斎藤公男(A-Forum代表、日本大学名誉教授)、廣田直行(日本大学教授)、布野修司(日本大学特任教授)、安藤正雄(千葉大学名誉教授)
日時:平成28年5月31日(月)17:30〜19:00(終了後会場にて懇親会を行います)
会場:A-Forum
会費:3,000円
申込方法:定員40名先着順 メールフォームにて申し込みをお受けしております。
http://www.a-forum.info/contact/form.html
*「お問い合わせ内容」に必ず「5月31日第2回研究会参加希望」と明記してください。

第12回フォーラム


配布資料、動画をUPしました。 http://a-forum.info/forum/af12.html

*動画は一部のみの公開となっております。ご了承ください。