構造工学の科学
科学と技術
ピラミッド、万里の長城、法隆寺、東大寺、正倉院などは、ガリレオ・ガリレイが梁の強さを論じるより遥か昔に建てられ、今でも美しい姿をはなっている。科学の前に技術があったことは間違いない。内田祥哉先生は「科学と技術」を「質量と重量」にたとえてその違いを説明された。科学は宇宙に浮かぶ恒星のようなものであり、大きな質量をもって存在し、直接に何かをしているわけではない。恒星は人類が誕生する遥か前からあったし、人類が滅亡してからも永遠に存在する。恒星にたとえられる科学は崇高なものである。重力加速度の中で質量が重量として力を発揮するのと同じように、科学は社会の要求という重力加速度の中で技術として力を発揮する。
ほとんどの建築物、土木構造物は人間社会の欲望や必要性により、科学がわからない時代であっても経験と技術の蓄積で作られてきた。加藤勉先生は、人類が進めてきたこれらの技術の中から普遍性を見出し、これを昇華させ構造工学分野の科学を見出したいと言われていた。我々の構造工学の分野で科学といえるものは何か、技術といえるものはなにか。数学・物理学はもちろん科学であり、構造材料、構造部材、構造物に作用する外力と変形の関係を、マトリックスを用いて関係付ける構造解析法も科学といえるであろう。この理論をコンピュータ上で展開し、構造物の変形や振動を求め、個々の構造部材に生じる力を求め、これらから構造物を構成する部材や材料に生じる応力や歪みを求めて、安全性を確認する手順も科学と言える。
構造計算の不思議
たとえば、長さ5mのH形鋼が建設現場に運ばれバタ角の上に置かれていることを考える。建築骨組の中の部材として組み込まれる前であり、外力は作用しておらず、自重は十分軽く境界条件にも拘束のない、部材にとって最も自由な状態であり、このH形鋼のフランジやウエブにはほとんど応力は生じていない。ただ、本当にそうなのか考える必要がある。H形鋼が製鐵所で生産されるとき、フランジやウエブの断面は部分により冷える早さは一様ではなく、冷めたところから硬くなり、後で冷えて硬くなるところには材軸方向に引張りの残留応力、先に冷えたところには圧縮の残留応力が残る。降伏応力度に近い残留応力が生じていることもある。構造設計では、軸力を断面積で除し、曲げモーメントを断面係数で除し、これらの和として断面に生じる応力度を求める。ただ、内部にある残留応力が加算されていないから、真の応力度を求めていることにはならない。
このように考察すると、構造設計の中で普通にしていることは科学といえるのか、怪しくなってくる。実際の建築構造物は独立した一部材に比べはるかに複雑である。無重力の宇宙空間で寸分違わずの精度で構築し、完成後に地球上にそっと降ろしたわけではない。構造物は地盤の上に徐々に建設され、骨組が完成する前にコンクリートスラブは下層部から打設されていき、工事の過程では溶接も行われ、構造計算の前提条件とは別の流れで建てられていく。構造物の中には、構造計算の時には考えていなかった色々な応力が存在することになる。真の応力状態が分からないまま行われているのが、今の構造計算である。
この不思議には、構造設計者なら一度は悩むことであろう。ただ、この続きの考察については、日本建築構造技術者協会の会誌 ”Structure”の2015年4月号に載せて戴けることになりました。この記事には挿絵も入れますので、楽しみにして下さい。
(AW)