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□【第八回フォーラム報告】金田勝徳
テーマ:耐震偽装事件発覚から10年
-事件は日本の構造設計界に何をもたらしたのか-
コーディネータ:
金田勝徳(構造計画プラス・ワン 代表)
パネリスト:
五條渉 (建築研究所 構造研究グループ長)
小駒勲 (ベターリビング 適判部長)
西尾啓一(西尾啓一構造コンサルタンティング代表、元構造計画研究所構造 設計部長)
6月26日(金)6月26日(金)午後6:00より8:00の予定を30分ほど超過して、表記のテーマのフォーラムが開催されました。お忙しいところ御参会いただきました皆様に深くお礼を申し上げます。また当日パネリストとしておいで頂きました、国立研究開発法人建築研究所の五條渉氏、ベターリビングの小駒勲氏、西尾啓一構造コンサルタンティングの西尾啓一氏の各先生には、素晴らしい配布資料の御用意と話題提供をして頂きました。また多くの参加者から活発な御意見を頂き、有意義なForumとすることができました。本当にありがとうございました。以下に当日の概要を御報告します。
趣旨説明
ほぼ10年前の2005年11月に建築の耐震強度が偽装された建築物の存在が国交省によって公表された。この事件によって、建築の安全に関わる安心感の根拠となっていた専門家に対する信頼感と、公の役割に対する信頼感の両方を失った社会は、混乱を極めることとなった(日本建築学会編「信頼される建築をめざして」2007年5月30日刊 より)。その失った信頼を一刻も早く取り戻すための対策として、事件発覚後2年たらずの2007年6月には再発防止を目指した改正建築基準法などが施行され、同時に新たな適合性判定制度が創設された。こうした行政側からの素早い対応に対して、遅れがちで法改正ほどはっきりと目には見えないながら、専門家自身による信頼回復のための努力も多方面でなされている。
今回は事件後10年を経過した現在、その間になされたこれらのことを振り返りながら、構造設計のあるべき姿を目指すために、今後何が必要かを話し合う場としたい。
主題解説
最初に(財)ベターリビング 住宅・建築評価センター構造判定部長 小駒勲氏から「構造設計者は変わったのか?」と題して、この10年間の構造設計者の変化についてコメントを頂いた。
小駒氏は事件当時、耐震強度を偽装した構造計算書を確認審査時に見逃したとして、確認審査機関の大臣指定が取り消された(株)イーホームズに在籍されていた。そのイーホームズで事件発覚直前に姉歯元一級建築士と出会った時のいきさつや、事件直後の慌しい事後処理を行う一方で、緊迫した国交省の立ち入り検査や検察の事情聴取が連日行われ、混乱した審査機関の現場の状況が報告された。
さらにその後の2007年の法改正から最近の2015年の法改正までの、適合性判定員の立場から観た構造設計界の推移が報告された。それによれば適判制度発足以来この8年間で、構造設計者の「ひとりよがり」の設計が影を潜め、構造設計者が設計に対する説明ができるようになってきた反面、相変わらず一貫計算プログラムに頼りきって、法規を知ろうともしない構造設計者も少なくないとのことが述べられた。
また今回の2015年法改正によって変わった確認審査と適合性判定のあり方に関しては、設計者も適判機関も手間が増えただけで、何かが改善されたというようなことがなく、実効性の薄い改正であるとの批判がなされた。こうしたことは建築行政が設計の実務に必ずしも精通していない有識者と官僚によって動かされているために起こる事象で、設計者と審査機関はいつもそれに振り回されているのが現状であるとの問題提起がなされた。
次に西尾啓一構造コンサルティング代表の西尾啓一氏から「耐震偽装事件の余波に組織の責任者として、どう巻き込まれ、何を感じたか」をテーマとした話題が提供された。西尾氏は事件発覚当時から昨年2014年9月までの約9年間を、(株)構造計画研究所の構造部門担当取締役として構造設計部門の責任者の立場にあった。その期間のほとんどである7年間に渡りこの事件と向き合い、日々非常につらく厳しい状況を受けて立たざるを得なかった。そもそも西尾氏のこの事件との関わりは、自らの会社が構造設計を受託していた意匠事務所が、一方で姉歯元建築士にも多くの構造設計を依頼していたことから事件に巻き込まれ、その対応に奔走したことから始まった。それ以降、自社だけでなく他社によるものを含めた膨大な量の構造計算の再計算を余儀なくされ、果ては自社が作成した構造計算書を間に挟んで、巨額の不動産売買契約キャンセル料をめぐる訴訟にまで関与させられたとのことであった。 こうしたことを通して西尾氏が感じたことは、事件以前の構造計算が多くの問題を含んだものが多く、確認審査も杜撰であったことに比べれば、基準法改正そのものにいろいろ問題はあるにしても、適判制度ができたことで構造計算書の質は随分改善されているとのことであった。また隅々まで完璧なものに作成されているとは限らない構造計算書が、何かの都合で一旦攻撃の対象にされると、思いも掛けないことに巻き込まれ、その処理に法外な時間が掛かってしまう危険性があることなどが報告された。
最後に建築研究所構造研究グループ長の五條渉氏より「事件は日本の構造設計界に何をもたらしたのか」をテーマとしたお話を頂いた。国交省は2005年10月に事件がイーホームズより報告された翌月の11月に事件を公表し、それ以降各種の委員会を立ち上げて、建築基準法などの改正(2006年6月施行)、建築士法などの改正(2007―2008年施行)と矢次早に関連法規の改正を行い、国民の信頼回復を図った。五條氏はその間国交省国土技術政策総合研究所職員であり、制度の改正に直接かかわることはなかったが、関連する調査や技術基準の見直しなどの技術サポートに携わった。 お話の内容は、基準、確認制度、建築士制度の改正に際して何が課題であったか、その課題解決のための何を改正したか、そしてこれらの法改正が社会や構造設計にどのような影響があったかについて報告がなされた。報告の中で、偽装された物件以外にも、不適切な判断の元に行われる設計が少なくなったことなどが挙げられる反面、副作用として既存不適格建築の増加によって増築が困難になったこと、確認審査の行き過ぎた厳格化によって着工件数が大幅に減少したこと、構造設計報酬が増えないまま、設計図書作成の負担増、定期講習受講義務の負担増が発生したことなどが挙げられた。
これらの問題のいくつかはその後改善されつつあり、五條氏自身はこれまで、国や団体から提示される改善策について検討する立場として関わってきたが、これからは「あるべき姿」に向けて積極的に提案する側として頑張りたいとのことであった。
主な質疑討論(発言者の敬称略)
・(小駒) 今年(2015年)6月に施行された確認審査と適判審査が独立して、並行審査される制度には、審査側、申請側双方にとってメリットはない。
なぜなら平行審査では提出書類は多くなり、図面間の整合性の確保が難しくますます不整合が増えて、手続きが二重手間になる可能性が高い。確認審査機関と適判機関が同時に見ている図面が異なることも考えられる
・(金箱温春) 平行審査というより、適合性判定を先にやるべきだと考えている。
裁量的な判断もなされる適合性判定を先に行って、その後に羈束行為である確認審査を行うほうが、技術的に完成度が高い構造計算書で確認申請ができることから合理的であり、そのことが可能となる今回の法改正には賛成である。
・(五條) 現在の適判は確認の一部として法に適合しているかどうかを判断するので裁量性はないが、制度創設の趣旨からはピアーレビューとなるべきで、現行法の適合性判定はその前段階になれば良いと考えている。
・(小駒) 改正前も事前申請段階で整合性や構造計算内容が整理され、ほぼ本申請では完成形に近い計算書と図面が提出されていたので、それなりにスムーズに運用されていた。
・(五條) 耐震強度事件当時、民間確認検査機関では確認申請が通る日を約束させられて、構造の確認審査はいつもその審査期限の最後の短時間の中で、十分なチェックができないまま審査を終了せざるを得ない実態もあった。事件の本質はこの点にもあったと考える。今回の改正が旨く運用されれば、そうしたことが改善されるのではないか。
・(中澤昭伸) 事件後のサンプリング調査の結果をみると、限界耐力計算法がスキルの低い構造設計者によって、計算方法の意味が理解されないまま不当な経済設計に悪用されたケースが多かった。保有耐力計算だけで十分なのではないか。
適判ができて、意匠設計者に安易な設計変更させない歯止めとしては大変役に立っているが、技術力の向上に役立っているとは思えない。
また今回の改正でも「不整合」の扱いが現状のままなら、適判を先に申請することは現実的に難しい。
・(金箱) これまで事前協議(相談・申請)などのあいまいな制度で、技術的協議を申請の前に適判機関と交わしてきたが、地域によって「事前」の扱いがバラバラであったし、国交省はこれを公式には認めていなかった。今度の改正で、こうしたことが実質的に認められたと考えられる。
・(神田順) 適判は技術的な審査をするとはいえ、結局単純に法との適合性判定には変わりがなく、2度確認審査を受けていることと同じである。確認審査機関がしっかり審査すればそれでよいはずである。
急場しのぎで作られた適判は、真の技術判断をしていないのだから不要である。
それに代わって法に縛られないルールで、設計の内容をできる場があるべきである。
事件当時、建築学は本を発刊したりしたが、あまり実効性のある活動には結びつかなかった。JSCAももっと強く国に構造設計のあり方を訴えかけて欲しかった。
・(金箱) 厳格化、厳罰化を目指した2007年の法改正が、まじめな構造設計者まで一網打尽に取り締まるようになっているのは非常に残念。
これまで一連のことに関してJSCAが行ってきたことは、適判の不適切な指摘を少なくする、あいまいであった「軽微な変更」を明確にするなどで、一定の成果があったと考えているが、今後もこの努力は継続していくつもりである。
大臣認定プログラムは有名無実のまま眠っていた欲しい。
・(五條) 現在は危険度が増す変更はどんな場合でも「軽微な変更」と認められていないが、余裕の範囲内であれば軽微な変更として扱われるべきであると考えている。
・(和田章) 一見しただけで不当に鉄筋が少ないような設計が通ってしまう審査方法も問題だが、決められたルールに合っているかどうかばかり気にするような審査だけで良い建築はできない。
・(柴田明徳) 先ほど限界耐力計算法不要論があったが、この計算法は構造設計者に十分力を発揮してもらうために、日米共同で考えられた計算法なのでもっと活用して欲しい。そのためにできるだけ規定は少なくして、自由な設計が可能な計算法であり、アメリカでは広く普通に使われている。
正しいと思われる計算方法なら何でも使って自由に設計をしたら良いと思うが、「レベル2」だけは止めて欲しい。
・(大畑勝人) 確認申請時に構造は詳細設計まで終了した段階でなければ申請できないため、意匠、設備に比べて圧倒的に完成度の高い設計図書が要求される。そのため各分野間での整合性をとるのが非常に難しい。
こうしたことは事件前後で変わっていない。
構造設計者の技量に差があることは否めない。それを社会に認知してもらうため構造設計者の技量に応じた設計者のランク付けが必要ではないか。
・(斎藤公男) 事件当時学会の副会長であった。
この事件は学会としても、設計のあり方を考えるひとつのチャンスと考えたが、必ずしもそのチャンスを十分活かすことはできなかった。
日本の一級建築士制度や建築家の職能が国際社会ではほとんど認められていない。建築界そのものについてきちんと話し合うべきと考える。
このForumでも未来的に何ができるかをテーマに、引き続き討議を重ねたい。
まとめ
事件後に建築学会から発刊された「信頼される建築をめざして(前出)」に、ルールが厳格化され、レフリーが増えても、プレイヤーの質が高まらなければゲームは面白くならないとある。ここで言われている「ゲーム」は建築設計ばかりでなく建築行為全体を差しているはずである。「面白いゲーム」のあり方については様々な意見があると思われるが、専門家として自己規律性や能力を高めるための不断の努力を怠ってはならない。ルールの厳格化だけが先行した場合の副作用は、五條氏からの主題解説にもあったように単に建築界周辺に留まらず、社会全体の将来に多大な影響を及ぼすと考えられる。
私達自身が何をしなければならないか、そして何ができるかを今後とも考えていきたい。
(以上文責:金田勝徳)
寄せられた感想
引き合いに出すのは気持ちの良いものではありませんが、アメリカでは、設計規準は大量の各分野(学術、行政、実務等)のボランティアで策定(5年
程度で定期更新)するシステムのようです。日本もそういう時代なのではないでしょうか。行政官が建築基準を定めるのは、技術が末端まで行き届いていない開発途上国的な方法に思います。
現行法は、2次元フレームを手計算で算定することを前提に組み立てられています。3次元非線形動的解析がパソコンでも可能な時代ですから、構造安全性の検証方法にも見直しの余地があるように思われます。以前と異なり、パソコンの構造計算プログラムもそろそろ成熟してきたと思います。限界耐力計算と保有水平耐力計算も、前提がプログラムでの計算か手計算かによる作り付けが違うだけで、中身はほぼ同じと思いますので統一できる気がします。
JSCA建築構造士のインセンティブが必要に思います。
例えば、構造設計一級建築士のゴールド免許的位置付けでも良いので。
(加藤秀弥)