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A-Forum 第6回フォーラム総括
テーマ:伝統木構造を生かす道
コーディネータ:
神田順(日本大学特任教授、東京大学名誉教授)
パネリスト:
北茂紀(北茂紀建築構造事務所)
玉腰徹(司構造計画)
日時:2015年2月25日(水)18:00 – 20:00
場所:A-Forum お茶の水レモンⅡビル 5階
寄せられた意見
伝統木造構法について考える 太田統士(NPO法人 建築技術支援協会 PSATS)
1)伝統木造構法の基本的考え
一般に我が国において伝統木造構法といえば、寺社建築の堂塔伽藍、宮殿などの寝殿造り或いは書院造りなどの重要文化財建築を思い浮かべる。一方住まいに限ってみれば江戸時代からの萱葺きなどの骨太な造りの古民家や伝統的建造物保存地区などに見られる街道筋の古い商家などに思い当たる。また明治・大正・昭和時代に建てられた贅を尽くした数寄屋建築などもこれに当たるだろう。
これに対してここ100年来、ごく一般の民家はこれらと又違った造りとなっている。つまり歴史的かつ伝統木造構法の前者の建物と違い、かすがいの他にさまざまな金物を使い始め、経済的な材料取りの軸組構法で造られてきた。主として大正・昭和に造られてきた一般的な住宅がこれにあたる。
以上の全ての伝統木造構法群は、1960年以降、プレハブ住宅やツーバーフォー住宅などの構法建築に対して、我が国古来の在来木造構法建築群として位置づけられている。
この在来木造構法建築群の中に、ひとつは前述の寺社建築などの本格的な伝統的木造構法建築群があり、もうひとつは軸組の接合方法などを合理化・簡略化し発展してきた軸組木造構法を、近代化した在来木造構法又は単に在来木造構法と呼んでいることは周知のことである。
2)伝統木造構法建築と伝統文化
伝統芸能とか伝統工芸や色々な祭礼にまつわる伝統行事など、まとめて伝統文化というジャンルがある。これらの伝統文化の現代における表現方法は必ずしも古法どおりではない。いやむしろ近代化・現代化された文明の利器を通して具現されている。例えば古典歌舞伎の世界でも、もはや百目ローソクのもとで手回しの回り舞台で演じるのでなく、今やコンピューター制御のLED照明のもと電動の舞台で繰り広げられている。また東京にいながら各地の陶土を取り寄せ電気釜で陶芸作品を創るなど、一部に例外がない訳ではないが、さまざまな場面で具現化の手段として、文明利器を用いることで伝統的な様式美表現が成り立っている。
一方、建築は美しく人に感動を与えるものであって欲しいが、それ以上に何らかの目的を達するための器としての絶対性が求められる。したがって、でき上がった姿・形は様式美としての芸術性追求は当然として、器そのものはたとえ伝統的建造物であったとしても、その生産手段は時代時代に応じて、さまざまな造られ方が講じられて来た筈であり、またそうであって当然と考えられる。したがって伝統木造構法の建築とは、でき上がった姿・形の様式美・構成美を指すのか、或いは古代からの伝統的手段での造られ方をさすのか。或いはその両方でなければならないのか。
3)伝統木造構法と住宅
以上の三点を考えた場合、寺社建築などの伝統的建築物の保存や復元・修復に当たっては、様式・生産手段共に正真正銘の伝統構法でなければならない。しかし住まい造りの場合は、一部の好事家への対応は別として、ツーバイフォーでもプレハブでもない在来的な日本的住宅を求める一般庶民の立場にしてみれば、リーズナブルなコストで建設できれば有り難いと思っているはず。
寺社建築のような文化財的な伝統構法を用いなくても、6寸角柱の田舎家でも数寄屋風あるいは普通の真壁軸組構造でも、合理的な接合金物を用いて生産できるはずだし、また部材は現場生産でなくても指定した木材で自由な設計のプレカット部材の製作が可能な世の中になっている。そうだとすれば金物を用いない伝統的工法にこだわって大工の不足を嘆くこともないだろうし、現在の技能の大工に少々経験を積ませるだけで十分に対処できると考える。こだわりの伝統木造構法の住宅が、大工の技能伝承の上からも木材の確保の上でも、今後50年先、100年先まで伸び続け得るとは考えにくい。
文明や技術は絶えず進歩しつづけるはずで、我々が伝統木造構法と称しているものでも、さまざまな架構の変化を経ているし、その時代に使われた釘や鎹も、時代時代で進歩してきている。でき上がった姿・形は変らなく、現代としての手段で生産できれば「それはそれで良し」とする考えも間違ってはいない。
歴史的文化財建築の保存や修復のため伝統木造構法技術を保存してゆくことは極めて重要と考える。しかしそれを普遍的に住宅の分野にまで広めて行こうとすることは、法的な問題を度外視しても、需要や生産性および建築技術の進歩に照らし合わせて疑問がのこる。現在造られている伝統木造構法住宅でも、貫構造を用いたりしていても、基礎はRCべた基礎や杭基礎を用いたりして、必ずしも総てを古い構法でやるのではなく、現代の技術を多く用いているのが普通である。
したがって木の香りのする真壁造りの旧来風の住宅を望むならば、歴史的伝統木造構法をそのまま用いなくとも、さらに進歩した技術を取り入れた、いわば技術的に現代化した在来構法住宅であってよいではないか。
4)新在来構法住宅のすすめ
伝統木造構法という言葉はきわめて曖昧だと感じている。一般に伝統木造構法という言葉を聞けば、歴史的な寺社建築などの姿が目に浮かぶ。「伝統木造構法を守る」或いは「伝統木造構法推進しよう」とするグループ活動があるが、伝統木造構法の何を?どの部分を?どのように?守ったり推進したりしようとしているのか、情緒的な思想のように見えて非常にわかりにくい。まして伝統木造構法で住宅を取り入れると云うことになると、伝統木造構法のどの部分をどのように取り入れるのかについては設計者各人各様であるように思える。
要するに、一部の好事家が古式の構法で造る住宅はそれはそれでよいとして、前項でも述べたように、より現代化された在来木造構法をたとえば「新在来木造構法」又は「Modernized Native Housing System(MN ハウジング システム)」などと呼び代えて、一般のイメージを確かなものにした方がよいのではないかと提唱する次第である。
第六回フォーラムメモ 山田憲明(山田憲明構造設計事務所)
■なぜ伝統木構造の建築がつくられないか
①職人不足
②木材不足
③コストが高い
④工期が長い
⑤性能が証明しにくい
⑥法規に適合しにくい
■伝統木構造を生かすための課題(上記より)
①職人と木材をいかに集めるか
②コスト高と工期長をいかに発注者に理解してもらうか
③性能をどう証明するか、あるいは、性能を証明しなくても社会的な合意が得られる
ような仕組をどうつくるか
④いかに法に適合させるか
■伝統木構造の生かし方
・以上の課題を踏まえたうえで、伝統木構造をどのように生かしていくのか。
・現状では、伝統木構造の生かし方の具体的なイメージが共有できていない。
・伝統技術を使うことが前提の社寺建築や文化財建造物の修理では、上記項目が問題になることはないし、これらをつくれる仕組みはなにかしらのかたちで文化として存続していくだろう。
・社寺建築や文化財建造物のような既定のプロジェクトをやるだけでは、伝統技術は、よくて現状維持、あるいは形骸化していく。
・伝統技術を「生きた技術」にしていくには、定常的に「伝統的」な知見や技術を使っていくことを考えることが不可欠。
・意匠設計者と構造設計者は、実施プロジェクトにおいて、伝統技術を使うことの価値を見出し、それらを実現していってほしい。
・例えば、木材を切削し、それらを嵌め合せてつくる篏合接合は伝統技術の根幹をなしているだけでなく、現代の木構造の礎になっていることは間違いない(プレカット
がまさにそうである)。篏合接合は、木材同士の直接的な応力伝達によって、接合部を効率的にローコストで美しくつくれる可能性が大いにある。
・学校や庁舎、幼保施設といった中大規模木造建築においても、伝統技術をそのまま、あるいは部分的、または改良して使っていくことで、木造建築の可能性が広がるだけでなく、伝統技術の伝承にもつながっていくだろう。