A-Forum e-mail magazine no.147 (06-08-2026)

谷口吉生さんを偲ぶ

金田勝徳

多くの年を重ねたせいか、月日が経つのがとても速く感じられようになった。建築家谷口吉生さんの訃報に接した日から、早くも1年半以上が過ぎていることに気づき、より一層、寂しさが身に染みる。

谷口さんは、日ごろから人一倍健康には気を配り、コロナ禍の間はマスクをはずすこともなく、「密閉・密集・密接」の三密を避けてご自分の事務所にも来られていなかった。その谷口さんが、罹病されたことも知らされないまま、突然亡くなられたことに驚かされ、呆然としたのがつい先日の様に思い出される。

谷口さんとの出会いは、私が事務所を設立するきっかけとなった「酒田市国体記念体育館」の構造設計を、斎藤公男先生から誘われてご一緒させて頂いた時だった。それ以来、37年間に渡って途切れることなく続いたお付き合いの間に、協働させて頂いたプロジェクトは10作品余りになる。

谷口さんは常々、「満足のいく仕事を続けるためには事務所を大きくしてはいけない。設計した建築が竣工するまでの全てのプロセスに直接参加するため、同時に引き受ける仕事は2つまで」を信条とされていた。その言葉通り、谷口建築設計研究所を設立して以来、50年間に設計した建築の数は40作程度という。それだけに、どの仕事に対する熱意も一通りではなく、こうしたことが谷口さんが「完璧主義」と言われる所以でもあると思われる。

谷口さんは子供の頃、しばしば父上の建築家谷口吉郎氏に連れられて建築現場に座り込み、熟達した大工や左官の職人技を飽きずに眺めていたという。「建築は工学と美学の結晶であり、大勢の人と共に創り上げる芸術」とは谷口さんの持論であるが、そうした想いは、この頃の体験によるものだったのかも知れない。後に建築家として世に出てからは、「(私には)子供がいないせいもあって、設計した建築の全てが自分の子供のような気がしている」と言い、「建築を造りあげる現場は子育てのようなもの」との想いで工事現場に通い詰めておられた。

こうした信念から生まれた数々の建築は、人の心を動かさないはずはない。これまでに設計を手掛けた建築の殆んどは、施主から直接の依頼でよるものであった。ご自身は「自分の建築はコンペ向きではない」と決めつけ、コンペやプロポーザルに応募した経験もなかった。例外的に応募したのが、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の増改築であった。そのコンペは、世界から10人の建築家を招待して実施されたコンペで、谷口さんは応募を辞退するつもりだったという。ところが、応募辞退の手紙を書き上げたその日の晩に、奥様や先輩から熱心に促されて応募することになったとのことである。そしてご本人が「まるで予想外」だったという当選を勝ち取り、2004年11月に竣工したMoMAは今、NYの名所に一つになっている。

こうした谷口さんのパートナーとして谷口建築設計研究所を支えていたのが、高宮眞介さんだった。研究所のスタッフの方から、高宮さんは図面で設計をする人、谷口さんは模型で設計する人、との評を聞いたことがある。確かに高宮さんとの設計打ち合わせでは、図面を前にして行われ、谷口さんとのそれは、模型を観ながらのことが多かった。しかし模型だけではなかなか設計が決まらず、最終決定を工事現場に持ち越すことも少なくなかった。それでもなお決まらずに、しばしば「早く決めてくれないと工事工程に間に合わない」と現場所長をハラハラさせていた。

ある現場では、鉄筋コンクリート造の柱のサイズが決らないままに施工が進み、柱を除く部分のコンクリートの打設が強行された数日後に、柱のコンクリート打設が行われたこともあった。問われるままに、あらかじめ当該柱の必要最低限の寸法をお伝えしていたので、それ以上の寸法で出来上がった柱に構造上の支障はなかったが、柱コンクリート打ちを後施工するという珍しい工法になった。

全てに完璧を目指した谷口さんならではのことではあるが、いつの頃からか「決めない建築家」と言われるようになっていた。最近、高宮眞介さんから「谷口さんが唯一即決したのは、奥様との結婚であった」との話を伺った。 合掌


第63回AFフォーラム 「施行後45年を経過した『新耐震設計法』の現状を考える」

日時:2026年9月16日(水) 18:00より
コーディネーター:金田勝徳
パネリスト:石山祐二(北海道大学名誉教授) 、貞許美和(日建設計)


お申込み(リンク先にて会場参加orZoom参加を選択してください。):https://ws.formzu.net/dist/S72982294/
YouTube:https://youtu.be/EazDyfaRG5E


2026年7月28日午後4時半頃、熊本県に最大震度7の地震が発生しました。翌29日の朝刊に掲載された被災状況の写真を観れば、被災者の計り知れない苦悩と心痛に言葉を失い、犠牲者のご冥福を心よりお祈りするばかりです。そして東日本大震災、2016年熊本地震、能登半島地震と続いた震災からの復興事業がまだ終わらないまま、立て続けに起きる地震災害に、改めて災害大国日本の宿命を目の当たりにする想いです。

これ等の地震による建物の被災状況の調査結果から、現行の「新耐震設計法」が一定の耐震性向上に寄与していることが明らかに分かります。その状況は、日本の建築物が「新耐震設計法」制定以前の設計なのか、以後の設計なのかよって、2種類に分類されているかのようにも感じられます。一方、制定されてから45年を経てもまだ、「新」なのかとの声も多く、その歳月の長さを顧みれば当然の疑念かとも思えます。

今回のフォーラムでは、「新耐震設計法」制定時当時、建設省建築研究所に所属されていて、その基準案作りに多大な貢献をされ、2026年日本建築学会大賞を受賞された北海道大学名誉教授の石山祐二先生と、「新耐震設計法」に沿った多くの設計実績を持つ構造技術者の貞許美和氏をパネリストにお招きしています。お二人のパネリストと共に、新耐震設計法が目指した方向を再認識し、制定されてから45年経った今、それがどの様な状況にあるか、そして今後のあるべき姿は?などについて、話し合いたいと考えております。今回もいつもの様に、多くの皆様にご参加いただき、活発な意見交換が行われることを期待しております。(金田勝徳)


防災学術連携体からのおしらせ

●令和8年熊本地震について(2026年7月28日発生)
を開設しました。
●第8回「防災に関する日本学術会議・学協会・府省庁の連絡会」ー防災庁の設立と事前防災の推進ー
を開催しました。
日時:2026年7月22日(水)13:00~16:00
政府は「南海トラフ地震や首都直下地震など国難級の災害の発生が切迫する中、人命・人権最優先の「防災立国」の実現をすべく、平時から復旧・復興までの一貫した司令塔機能を担う防災庁」を11月に設置する予定である。防災庁では「徹底的な事前防災の推進」を重要テーマに掲げている。
本連絡会では、内閣府から「防災庁の概要と方針」、省庁から「事前防災対策総合推進事業」を紹介する。日本学術会議と防災学術連携体からは、防災庁への期待と事前防災に関する取組みを発表する。行政と学術が一堂に介し、多様な視点から「防災庁と事前防災」について総合的に議論したい。
YouTube:https://youtu.be/-axi5LN0Yvo ★概要欄にタイムスタンプあり
●第32回WEB研究会「災害復興の現在・記憶・記録」
を開催しました。
企画:日本災害復興学会、司会:大矢根淳(専修大学/防災学術連携体・防災連携委員)
日時:2026年8月5日(水) 16:00~18:00
昨今、地震、豪雨、台風による災害、さらには大規模な森林火災などが頻発しており、社会基盤の再整備や被災者の生活再建が重要な課題であることは自明ですが、それとともに長い時間をかけて育まれてきた地域のつながりやまちなみ、環境や文化を大切にすること、それを支える諸社会システムの構築に向けての弛まぬ研究実践が求められています。日本災害復興学会は各界で行われた阪神・淡路大震災10年総括検証を経て創設され、「復興とは何か…」に関して学会を挙げての検討を適宜繰り返しながら、復興の研究実践に取り組んできました。今回のWeb研究会では、そのような研究実践の蓄積をもとに、まずは能登の復興を、ついで、災害や復興の記憶の継承のありかた、記録の活かしかたを考えてみたいと思います。
YouTube:後日公開予定
●第31回WEB研究会「国内における火山防災の取り組み」
を開催しました。
企画:日本火山学会、司会:青山裕(北海道大学広域複合災害研究センター教授)
日時:2026年7月9日(木) 16:00~18:00
YouTube:https://youtu.be/-__BOVORZXs ★概要欄にタイムスタンプあり

おしらせ

連載
神田界隈の建築散歩①ニコライ堂 東京を見守る教会 本の街7月号
電子書籍
●「空間 構造 物語」斎藤公男(彰国社 ¥3,960)
ご購入はこちら→https://www.shokokusha.co.jp/?p=456
●「まちの中の建築スケッチ」神田順(A-Forum出版 ¥1,100)
ご購入はこちら→https://amzn.asia/d/0gWiAWa3

★8/11~8/16、8/22~8/25は夏季休館となります。

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