和田章
MITの機械工学教授のNam P. Suhは1990年頃の著書で” axiom of design”「設計の公理」を問いかけました。ここでは、設計者が考える「design parameters(設計変数ベクトルDPs)」と、発注者や社会が成果品に要求する「functional requirements(性能要求ベクトルFRs)」について考えています。DPsを変化させるとFRsへの満足度が変化します。ここで、これらをつなぐ関係を FRs=A DPs と表し、このマトリックス A を考察しています。 A は線形ではなく相当複雑になりますが、Suhは A が極力対角マトリックスになるように、問題を整理することを推奨しています。 A が対角化されると、i番目の設計変数DPiを変化させたとき、他の設計変数の変更に影響されずに、i番目の性能要求FRiの満足度が一対一に変化します。
A の対角化の考えを、鋼構造骨組の耐震設計に応用したのが、「柔剛混合構造」、「損傷制御設計」、「制振構造」です。若干しなやかで、変形しても塑性化しにくい骨組で鉛直荷重を支持し、地震時に極力塑性化を起こさせません。この骨組に重ねて耐震要素として例えば座屈拘束筋違を配置します。心材の鋼種によって異なりますが、軸降伏歪みは0.1%から0.2%です。分かりやすいように、筋違をスパンと階高が同じ骨組に対角状に組み込むと、層間変形角が0.2%から0.4%のときに軸降伏します。実際には筋違端部の接合部分は塑性化しないので、層間変形角が0.1%から0.3%のときに軸降伏することになります。骨組の変形には、梁の曲げ剪断変形が占める割合が大半なので、梁に高張力鋼を用い、梁成を小さくすれば、しなやかな弾性骨組を構成することができます。この骨組の降伏層間変形を0.5%を超えて1%近くまで大きくすることも可能です。
大地震時に骨組は弾性を保ち、塑性変形(エネルギー吸収)は座屈拘束筋違に集中させることができます。鉛直荷重を支持する骨組の設計と、地震時のエネルギ吸収部材の設計を独立にし、 A を対角化したことになります。
この考え方について、国内で発表しても理解されにくいと考え、1992年9月にサンディエゴで開催された第5回日米構造設計ワークショップで発表しました。
https://www.akira-wada.com/00_img/article/1992/9202s04_1992_ATC.pdf
座屈拘束筋違の議論の前に、繰り返し軸力を受ける両端単純支持の細長い部材を考えます。引張抵抗力は断面積と降伏応力度の積 Aσyで決まります。圧縮抵抗力は引張と同じようにAσyで決まりますが、この抵抗力に至る前に横変形が生じ曲げ座屈現象を起こします。鋼材が弾性の場合はオイラー座屈荷重NEが限界です。
中央の断面は圧縮応力を受けている上に、曲げ応力が加算されるため、軸力の増加によりこの断面は部分的に塑性化を始めます。結果として、上式の弾性曲げ剛性EIは保持できなくなります。圧縮材の座屈については、UCLAの教授 Francis R. Shanley(1947)などによる研究が行われていますが、軸降伏と曲げ座屈が複雑に関係するため、ややこしい問題です。
日建設計先達の鵜飼邦夫と青柳司が考えた「骨組の中に安定して塑性化する部分を意図的に設ける設計法」に、「偏心K型筋違」があります。1970年に竹中工務店技術研究所で実験が行われ、この研究結果が日本建築学会の論文報告集(1972)に掲載されています。ここに「鋼構造骨組に筋違を組み込む場合の問題点」が示されています。
引用―
一般に、通常のブレース架構の特性は、
1.ブレースが最初に塑性域に入りやすく、圧縮側ブレースの座屈により架構全体の耐力と剛性の激減が生ずる。
2.ブレースの取り付く側柱に応力集中が起こる。(層間変位角による曲げモーメントと、大きな軸力が同時に生ずる。)
3.高層ビルで、ラーメンと併用した場合、下層では、ブレース架構の剛性が大きすぎ、水平力のほとんどを分担してしまう為、ラーメンの能力を十分に発揮させることが難かしい。
これらの特性は、架構そのものの靱性が、失われる傾向を示しているといえる。
引用―ここまで
ウエブの安定した塑性変形を利用した偏心K型筋違(1970)があって、座屈拘束筋違(1987)の発展があると思っています。心材の安定した軸降伏現象を、座屈の問題から脱して、耐震設計に活用できるようになりました。架構の設計を進める上で、硬過ぎない筋違、強過ぎない筋違を自由に作れます。座屈拘束筋違の利用は「座屈しない利点」を超えて、構造設計者の希望「意図的な構造設計が可能になる革命的な利点」を持っています。
東京大学生産研究所教授高梨晃一はカリフォルニア大学バークレイ校にサバティカル休暇でいかれていた時に、同大学教授のPopovに偏心K型筋違骨組(EBF)の論文を紹介しました。その後、Popovにより米国で偏心K型筋違骨組の研究が進み、米国の規準にも組み込まれました。米国のEERI(地震工学会)の会誌のインタビューで、偏心K型筋違の研究は日本で始まったことを、次のように述べています。
Scott: What about the earliest research on seismic use of EBFs—when was that started?
Popov: The earliest attempt at studying EBFs appears to have been done in Japan by M. Fujimoto et al., and published in 1972 in the Transactions of the Architectural Institute of Japan.
20年以上が過ぎ、Popovと同大学教授のStephen Mahinは、新日本製鉄が開発したアンボンドブレース(座屈拘束筋違)の良さをいちはやく理解され、カリフォルニア大学で実験を行い、学内の建物の設計にも用い、この技術を国際的に広めました。新しい技術にいち早く注目し、自ら研究を進めることは素晴らしいと思います。お陰様で、偏心K型筋違と座屈拘束筋違はともに世界に広がりました。
大学が建築学科であったということもあるが、建築をスケッチすることは好きであった。東京大学在職中も国際会議で海外出張の機会があるごとに、スケッチをしていた。2009年に6か月間、ニュージーランドのカンタベリー大学に客員教員として滞在したときは、平均週に1枚のボールペン・スケッチに水彩を載せ、26枚を描いた。2012年大学退職の機に研究室の卒業生たちが「緑の中の建築たち」と題して冊子にまとめてくれた。
その後、町の工務店ネットの小池一三氏が「住まいマガジンびお」を立ち上げるというので、連載執筆のお誘いを受けた。それが「まちの中の建築スケッチ」という形で、2017年11月から毎月スケッチにエッセイを付けるかたちで、2025年7月まで93回続くこととなった。当初の編集は尾内志保さんにお世話になった。その後、上村麻美さんを最後に終わってみると、毎月取り上げなくてはいけないという、それなりのプレッシャーが、ある意味心地よくもあったと思い返している次第である。
スケッチした建築について、何か語るとなると、あらためて、建築の存在することの意味を思った。この間、建築基本法制定の運動を展開していることと大いに関係してエッセイは展開することが多いのだが、建築は、人々の生活であり、人々の歴史であるということを、毎月書くことで、より一層に感じられるようになった。そういう意味で、毎月のエッセイ執筆は、有難い企画であった。
建築に出会って、もう少し見ていたいなと思うようなことはあると思う。そんなときに何を感じるか。ここに記されたエッセイは、そんなときの対話の断片になると嬉しい。必ずしもそんなつもりで書いたわけではないが、あの時、あの場所で、建築を見て頭に浮かんだことを語りあえれば、また建築への思いが変わるかもしれないと、あるいはまた会いたくなるかもしれないと思うのである。(はじめに/神田順)
「空間 構造 物語」(彰国社、2003)の紙版は残念乍ら絶版となってしまいましたが、大変喜ばしいことに、この度、彰国社からあらためて電子 書籍として出版されました。これまでと同様に、引き続き活用して頂ければ大変うれしく存じます。(斎藤公男)
★購入はAmazon Kindle、楽天Kobo、7net.shopping、honto、紀伊國屋書店、YONDEMILLより可能です。