A-Forum e-mail magazine no.90 (13-11-2021)

解体か存続か―「高崎」と「香川」の命運はいずこへ

▹陽はまたのぼる

コロナ禍の中、ひとつのクラスターも発生しないながらも賛否の議論が沸騰した東京五輪・パラリンピック。アスリートたちがくりひろげたあの熱気は一瞬の夢のようだ。
閉幕から1か月半、早くも始まった総選挙の演説の中で橋本聖子(大会組織委員会)会長は強調していた。「東京大会は終わっていない。これからが始まりです。大会の成果と課題をどう政策に変えていくか。それが東京大会が“成功”した証になる」と。
思いおこせば10年前、2011年からの招致活動や国際デザインコンクールで勝利したZaha Hadidの「新国立競技場案」には一体何十億の経費が投入されたことか。新設された五輪施設の数々、アスリートやボランティアの成果もこれからのレガシーとして語られていかなければならない。果たして何が残ったのか。何を残すべきか―。

昨今、東京都心にある高層建築の建設ラッシュはすさまじい。虎ノ門地区での超高層群や木造高層建築の計画・建設が進む中、かつてのランドマークやシンボリックな歴史的遺産の解体が話題を呼ぶ。「東京海上日動本館」もそのひとつである。

そして「解体か、存続か」の難しい問いは、地方都市に建つ有名建築にも投げかけられている。ここでは空間構造としても高い評価をもつ2つの建物―「高崎」と「香川」の現状を見つめてみたい。

▹「高崎」:群馬音楽センターはいま

2021年10月23日(土)、群馬県高崎市の「群馬音楽センター」(1961)で会館60周年を記念した講演会と演奏会が開催された。「AND賞」の選考委員のひとり、磯達雄(ジャーナリスト)の講演もあった。
興味深いイベントのタイトルは「ふたりのアントニン―チェコとアメリカのルーツから」。チェコで生まれ音楽をこよなく愛したアントニン・レーモンド(1888~1976)が設計した音楽センターで、同じくチェコの国民的作曲家アントニン・ドヴォルザーク(1841~1904)のコンサートをやる。どちらも米国へ渡り、レーモンドはフランク・ロイド・ライトを師とし、ドヴォルザークは代表作の「新世界」(交響曲第9番)を作曲した。「遠き山に日は落ちて」の唱歌を思い出す。ルーツを同じくする2人のアントニン。建築空間と音楽演奏が融合して、高崎の生きた文化・市民遺産を顕在化させること。古きよきものと新しいものが両立する文化都市としてのシンボルとして、この音楽センターを強く位置づけることがこのイベントの最大の狙いであったと思われる。

今からもう70年以上も前のこと。私が小学生の頃、木造の講堂に「移動音楽教室」がやってきた。終戦(1945)の3か月後に立ち上がり、「群馬フィル」から1949年に名称を変えた「群馬交響楽団(群響)」の特筆すべき活動である。
曲目の解説や楽器のしくみの説明を通じて音楽の世界とそのおもしろさを伝えたい。楽団員たちの熱い思いは子供心に響いたものだ。
群響の活動は「ここに泉あり」(1955)で映画化され、母校(前橋高校)の先輩の小林桂樹も出演していた。それを契機として音楽ホール建設のための募金活動が盛り上がり、井上房一郎の推薦によって選ばれた建築家はA.レーモンド(当時67歳)。設計開始は1955年、話題を集めたリーダーズ・ダイジェスト東京支社(1951)からわずか4年後のことであった。
いくつかの試案を経て決定した最終案は舞台と客席の一体化を図った扇形平面。最大60mスパンを厚さ120mmのRC折板12組で覆うという大胆な構造計画は岡本剛(1915~1994)ならではであろう。難しい施工を成功させたのは井上工業であった。群馬音楽センターの完成は1961年。建物前に立つ記念碑がある。「昭和36年ときの高崎市民之を建つ」の銘には他の公共建築にはない、当時に生きた市民の誇りと建設にこめられた特別な意味が刻まれている。

1999年、ICOMOSおよびDOCOMOMO Japan選定の「文化遺産としてのモダニズム建築日本の20」に選ばれる。
そして2008年5月、A.レーモンド生誕120年を記念したイベントの中から「群馬音楽センターを愛する会」が有志によって設立された。この年の1月、新聞で3つの高崎市の方針が報じられた。すなわち①改装②新しいホールの建設とセンターの用途変更③建て替え、である。全国で歴史的な建築が消え去る中で「解体が決まる前に声を上げないと」の思いが強まる。それが「愛する会」の設立の動機という。
そして約60年の時を経た2019年9月、「群響」のホームグラウンドは新装された「高崎芸術劇場」に移されたのだ。

▹「香川」:香川県立体育館はいま―

今年の12月末で設立8周年をむかえるA-Forumにおいて新しい研究会が立ち上がった。「空間構造デザイン研究会(KD研)」である。9月8日、その出発にあたる特別企画がオンラインで行われた。題して「「船の体育館」(旧香川県立体育館)のいままでとこれから―再現計画から再生計画―」(https://youtu.be/EIFhAKdDF8o)。「香川」の建築家・丹下健三(1913~2005)に協働した構造家は「高崎」と同じく岡本剛である。1964年8月の竣工から50年、老朽化を理由に2014年に閉鎖されたが、保存するか解体するかは決まらず、県教委が民間からアイディアを募って活用法を検討するという。そうした「サウンディング型市場調査」の実施が公開されたのが今年の7月。応募者へのヒアリングを経て調査結果は12月に公表される予定となっている。

かつて耐震補強の必要が診断されたのは1998年。15年後の2013年にやっと改修設計案がまとまったものの、3回の入札不調が続く。コストや技術の問題ではなく、「そもそも県がこの体育館の文化的価値を評価せず“普通の耐震改修”と捉えていたこと。“吊屋根”の特殊性を専門的に十分検討していなかったこと」の2点が入札不調の背景にあると考える。今年8月には、歴史的建築物等の保存に取り組む米国のワールド・モニュメント財団が、緊急に保存が必要な「危機遺産」に登録し助成を行っている。一方地元では、建築家や市民らが有志団「船の体育館再生の会」をつくって保存活動を続けてきた。KD研・特別企画を急いで開催したのは彼らが発したこの言葉である。「今回のサウンディング調査(募集)は、事業(補強・維持・運営)を前提とした難しい再生提案を求めていて余りに時間が短い。県の助成も示されない。まずは建物の構造的安全性や再生の可能性について専門家の皆さんの意見を聴きたい」と。数年来、県が進めてきた「新香川県立体育館」の着工も間近である。2020年6月「令和6年度中の開設をめざす」と知事からの正式表明があった。
そのとき、いまの「香川」は果たしてどう語られるのだろうか?

▹1960年代という“時代”のエネルギー

近代を支えてきた理念のひとつは発展神話であるといわれる。特に日本では、建築物を安易に壊して建てる、いわゆる「スクラップ&ビルド」の流れがあり、結果、建築学と建設業が発展してきたことは事実であろう。いま、その神話にも疑問が投げかけられ、社会の様々な領域でいわゆる近代の見直しが起きている。エネルギー消費の課題もそこにある。
存続に問題が生じたら当然、変化への対応が求められる。時代や社会の要請に対して建築的に解釈すべき「十分条件」とは機能・構造・設備の変換・整備。一方建築物の「遺産化」を考える時の「必要条件」とはそこになくてはならないという事実―愛着・記憶・物語ではないか。
今回とりあげた2つの遺産、「高崎」と「香川」の話題の背景にはそうした議論もありそうだ。たとえばDOCOMOMOの立ち位置。前者は早期に登録が認められたが、後者では何も聞こえてこない。なぜだろうか―。

ここでは、有名な建築と構造家をつなぐエピソードもおもしろい。
たとえば坪井善勝と岡本剛は2つの場面で交差する。ひとつはリーダーズ・ダイジェスト東京本社ビル(1951)。いわゆる「リーダイ論争」の日本側の論客は坪井であり、レーモンド社の新人・岡本はP.ワイドリンガーの許で実施設計に携わっている。いまひとつは丹下健三の1964年の作品。坪井による「国立代々木競技場」「東京カテドラル聖マリア大聖堂」と同じ頃、岡本による「香川県立体育館」が誕生している。

構造デザインにとって1960年代はまさにエネルギーの爆発ともいえる状況が展開された。私にとって忘れ難い若き日のプロジェクトは下関体育館(1963)と岩手県営体育館(1967)。後者は耐震改修も施され街のランドマークとして今も現役になり得たが、前者の命運が尽きるのはあとわずかと伝え聞く。坪井善勝が唯一建築設計を委託された作品でもあり、無念だといわざるを得ない。

(斎藤公男)


Archi-Neering Design AWARD 2021 (第2回AND賞)
 募集要項公開しました

募集要項 応募シート フライヤー
選考委員
福島加津也(委員長)(東京都市大学教授/建築家)、陶器浩一 (滋賀県立大学教授/構造家)、磯 達雄(建築ジャーナリスト)、堀越英嗣(芝浦工業大学名誉教授/建築家)
応募作品の対象
 2016年1月1日より2021年9月末日までに完成した国内作品、あるいは国内在住の設計者等による海外作品とする。
応募資格
・個人(複数名も可)による応募とし、重賞も可とする。複数名で応募の場合は、それぞれの応募者が応募業績にどう関与したかを応募シートに明記する。
・一次選考を通過した場合、最終選考会(2022年2月5日(土))に参加し、プレゼンテーションを行う。
応募期間
2021年10月10日(日)~2021年12月10日(金)23:00まで 
詳細はこちら

空間構造デザイン研究会(KD研)
 Part2「「“空間構造”の軌跡」-実践的挑戦と世界の潮流

日時:2021年11月20日(土)14:00〜16:00
会場:オンライン(Zoom)先着90名、
第3回 「B.フラーとスペースフレームの世界」
トーク:斎藤公男
参加申し込み: https://ws.formzu.net/fgen/S56224667/

第24回 AB(アーキテクト/ビルダー「建築の設計と生産」)研究会
建築家として生きるー職業としての建築家の社会学<松村淳>

日時:2021年11月13日(土)14:00〜17:00
会場:オンライン(Zoom)


松村淳著『建築家として生きるー職業としての建築の社会学』(晃洋書房、2021)は、「日本の建築家はいかにつくられ、継承されてきたのか。現場の建築家たちはこの職業とどう向き合い、実践してきたのか。建築家という存在そのものがゆらぎはじめている現代で、建築家として働く市井の人たちは、どのように考え、働き、生きているのか。さまざまな建築家の姿を、背景にある時代性とともに考察し、その輪郭を描き出す。」と帯にいう。かつて建築家を目指し、二級建築士の資格も得た著者が、建築家とは何者かを問う。一級建築士を持ち、建設会社で働いている人は建築家なのか?、建築のデザインを仕事にしていても建築士の資格を持っていなければ建築家ではないのか?、建築家になれなかったのは才能か、学歴か、努力の足りなさか?、どのようにしたら建築家になれるのか?・・・建築家として働く市井の人たちとは?
職業としての建築家についての社会学的分析をもとにした学位論文を「建築家として生きる」という一書として世に問うた松村淳さんに、これからの建築家の生きる道を問う。

コーディネーター:布野修司+安藤正雄+斎藤公男

1.『建築家として生きるー職業としての建築家の社会学』について 松村淳

2.討論 コメンテーター:難波和彦(界工作舎、東京大学名誉教授)、小笠原正豊(小笠原正豊建築設計事務所、東京電機大学)

参加申し込み:こちらのフォーム よりお申し込みください。


第39回AF-フォーラム
「建築構造設計に関わる基・規準の行方
 その3 「新耐震法」施行40周年 ― 次の「新耐震法」を考える」

日時:2021年11月9日(火)18:00~20:00 ★終了しました


ぼうさいこくたい2021

★動画公開しました。

▶ 2021年11月6日(土)14:00~、防災推進国民大会 2021 セッション/日本学術会議公開シンポジウム/第 12 回防災学術連携シンポジウム
防災教育と災害伝承 動画

▶ 2021年11月6日(土)18:05~、防災学術連携体・特別シンポジウム
防災教育と災害伝承への多様な視点-東日本大震災から 10 年を経て- 動画

▶ 唐丹小白浜まちづくりセンター
「三陸漁業集落の震災復興まちづくり」 動画


神田 順 まちの中の建築スケッチ 「最高裁判所—コンペ建築の威容—」/住まいマガジンびお

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