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A-Forum e-mail magazine no.41(19-07-2017)

私にとっての構造設計

 

ふり返ると、私が初めて「構造設計」なる分野や職能が建築界にあることを知ったのは大学3年の秋頃であったか。鮮やかな朱色の表紙を装った四角く分厚い書籍は店頭でも一際目を引いていた。“PHILOSOPHY OF STRUCRE”(「現代の構造設計」1960、彰国社)の原著がE.トロハ(1899-1961)によってスペイン語で著されたのが1951年。その後英訳を経て1960年、木村俊彦(1926-2009)によってようやく日本語版が出版されたという。

訳者の構造家・木村俊彦は当時34才であったが、それから約30年後に著したのが「構造設計とは―On Structural Design」(1991、鹿島出版)。その中でE.トロハの訳書についてあらためてこう述懐している。

「構造に関するこの種の文献は、その後30年近く経っているけれどいまだに皆無といえよう。実をいえば、この種の構造設計の本を書くことは、私に課せられた10年来の課題であるが、トロハの広い人柄と、慎重でありながら研究心と創造的精神に充ち溢れたこの本の格調の前に、いまだにそのような壮挙におよぶ蛮勇が湧かないというのが実感である。むしろ、トロハのこの本はまだまだ寿命があるどころではなく、構造設計の原典であり、我々がつい忘れがちになる“構造の心”を常に目ざめさせ続けているといえよう」と。

トロハの“構造設計”を再吟味してみたいという軽い気持ちで著したという前出の著書の中で木村が概観している「構造設計と構造設計者」は私にとっても共感する部分が多い。ここでは構造設計者の役割と立場に視点をおきながら、構造設計の課題(難点)とそれを克服すべき方向(戦略)について考えてみたい。

まずは構造設計の実務での問題点(面白くないことや難しいこと)は何かの問いかけがある。
第一に、人の生命・財産を守り、安全な社会資産を担保する極めて重要な仕事の割には、建築家の華やかな自己主張の影に隠れてしまう。近年、改善されてきたとはいうものの、建築界での表彰の場は少なく、縁の下の力持ち程度の認識が多く、地味で目立たない職能とういう印象が一般的であろう。耐震偽装問題や地震被害によって構造や構造設計者の存在が初めて市民に認知されるのは情けない。
第二に、建築の設計には他律的な側面が多々あるが、特に構造設計にとって施主や建築家からの不合理な欲求や突然の変更・要請は実務の推行に大きな困難をもたらす。基準や法令による拘束が非常に強く、蟻のはい出る隙間もないほど何重にも厳重な網がかかっている。膨大な計算書づくりに追われる強制労働的な思いは、時として若い人達の創造的な取り組みへの意欲を消失させる。
第三に、技術そのものとしても極めて難しいこと。大学等で学ぶことは基礎の基礎である。理論に基づく実用計算法や、コンピューター技術の習得、多様な技術・工法の実態的理解など多岐にわたる厳密さが求められ、一文字をも見誤らないリスク責任を日夜負わされている。
第四に、多角的かつ人間的な協調関係を構築することの難しさ。2つの背反する様相、つまり自然科学的厳正さに没頭する自分と世俗的な人間関係の調整に悩む自分がある。二人の自分をどうひとつの人格の中に育てていくかは容易ではなく、各自の個性にゆだねられている。

それでは一体、構造設計には何が期待し得るのか。はたして構造設計者のインセンティブはどう向揚できるのか。万能の戦略はムリとしても、上記の問題点を克服することによって、興味深い視点(明るい側面)が浮かび上がってくると考えられる。いわば否定論に対する反論(積極論)である。
第一に、構造設計の実務に対する自尊心をもつこと。意匠や設備のない建築はあっても、構造のない空間、つまり建築はない。訪れれば古代の遺跡がそれを如実に物語っている。その自負を背負い、自分自身が評価できる技術を生涯かけて磨いていくことである。その時の努力が評価されなかったとしても、真の答えは生涯を積分してみなければ分からない。設計という職能は息が永く、その姿を誰かが凝視している。
第二に、構造設計に対して能動的かつ自主性をもつこと。設計は施主の要請や法律的な制約を受けるのは当然であり、その意味での他律的な側面や拘束条件があるのはやむを得ないだろう。だから自分のなすべきことができないというのではなく、むしろ設計という無限の可能性に対する初期条件として考えたい。自主的課題を発見し、努力目標を設定できてこそ、構造設計が創造的行為となる。法規と規準のみが設計のための唯一の知識であり手引きであるとするようなレベルを脱却した処に、より自由な設計のおもしろさが生まれる。一生をかけて研鑽し、その知識と経験を自分の設計に反映させ、社会のために役立てていくことこそ、構造設計者の役割であり、崇高な使命といえる。

 安全性を犠牲にした構造は許されるべくもないが、その実体の上に+αを付加するゆとりをめざしたい。構造設計+αが構造デザイン。その魅力ある地平を若い人達が拓いてくれることを期待したい。


ASDO20周年記念誌への寄稿から抜粋。(2017.07)(MS)


第18回AF-Forumまとめ(神田順)

6月22日は、374年前のガリレオ・ガリレイの宗教裁判の日である。権力と科学の関係を考える記念日とも言えるかもしれない。たまたまとは言え、超高層建築を考えるにふさわしい。建築技術が確立したと言っても、建物も地盤も個々の特性を持っており、まして、日本一とか、世界一とかいうことになると、設計や施工に携わる者にとっても新しい力が湧くことを感じるのではないだろうか。より高いビルを建てるという人類の望みが、権力や科学者の力を借りて、超高層の歴史を作ってきたことは、まぎれもない事実である。

今回のテーマは、そんな超高層建築に関わる構造技術者の心の部分にも触れられないかと、「高さをつくる心と力」とした。「高層建築物の世界史」(講談社新書)の著者大澤昭彦氏をお呼びして、まずは、世界を時代と共に見回して、何が高層建築物を生み出しているかを解説いただいた。 

ピラミッドの高さ150mを超える超高層建築はすでに世界で3500棟にもなっており、その中心がアメリカから中国そしてアラブへと移っている。景観や住環境としてのメリットとデメリットを考えても7つの視点は、これからのあり方を問う上で興味深い。①は人間の本能、未知への冒険心、②は権力、かつての宗教から経済へ、③は利潤追求、事故にもつながるという点で要注意である。④は、国家間、都市間での競争の手段、⑤はシンボル性、⑥は眺望、そして最後に、⑦の景観が挙げられる。最後に大澤氏が紹介したのは、オヴ・アラップの言葉「正しい行いが何かを選択することについては後退してしまった」と、武藤清の言葉「建築の意味は社会的に奉仕すること」。

そして、元日建設計の慶伊道夫氏には、東京スカイツリー設計におけるプロジェクト・マネージャの立場で、主に技術の話を提供いただいた。必ずしも敷地が十分に広くない中で建てることに対して、住民は好意的であったと言う。敷地・環境への影響が大きいと同時に、地震や風に対する揺れの評価と制御の工夫、施工技術は我が国の最高水準のものである。

参加者の意見交換の中で、西尾啓一氏からハウステンボスでのスパイラル1000mタワー・プロジェクトの紹介、大澤氏からは幻の正力タワー、NHKタワーの紹介も、興味深かった。

アラップの「われわれが何をなすべきかについて、エンジニアが発言するのはよろこぶべき」の言葉に関連し、金田勝徳氏から技術の使い方の決定にあって、迷いが生ずることはないかとの問いかけがあったが、斎藤公男先生からは、エンジニアの問題と同時にアーキテクトの存在をどう位置付けるかが大きな問題であり、また、建築物を論ずるのか建築することを論ずるのかも、分けて考える必要がると指摘された。シドニー・オペラハウスの例にも見られるように、大きなプロジェクトにおけるエンジニアの役割や責任についての議論は、さらに深めて行く必要があると結んでいただいた。


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★UPしました ★
書籍紹介 日本の国富を見なおす 神田順
和田章建築・都市は生活と社会を守るもの 日経アーキテクチャー 2017/7/13
和田章くらしサイエンス 読売新聞 2017/7/2
神田順 集落再建とコミュニティ コミュニティ辞典(春風舎)2017/6/30
★8/11-16、8/26-30夏季休館となります。