第6回
伝統木構造を生かす道


コーディネータ:
神田順(日本大学特任教授、東京大学名誉教授)
パネリスト:
北茂紀(北茂紀建築構造事務所)
玉腰徹(司構造計画)
写真左より、玉腰徹、北茂紀、神田順

日時:2015年2月25日  18:00 – 20:00
場所:A-Forum お茶の水レモンⅡビル 5階
参加費:2000円 (懇親会、資料代)

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  木造建築は、古くから我が国の戸建て住宅や寺社建築の主流を占めてきている。しかし、戦後の建築基準法の仕様規定と伝統木構造とのなじみがよくないこと、国内産の木材のコスト高、集成材の普及などの問題が、木造建築の中で伝統技術の見通しをみえにくいものにしている。一方で、近年になって公共建築木材利用促進法や、国産材の集成材の振興、新しい木質構造設計への試みなど、少しずつ木構造の新たな展開も始まっている。   我が国の木造建築の、さらなる今後の展開について、複数の視点の取り組みを肯定した上で、これからの「伝統木構造を生かす道」について議論したい。以下のテーマは、伝統木構造を考える上で、避けて通れないものと思われるが、直ちに結論の得られるものではなく、木構造へのかかわりの程度によりさまざまな意見が示されることを期待するとともに、さらなる議論の深化のためのステップを残すことを目的とする。パネリストのお二人は、伝統木構造に関わりをお持ちの構造技術者で、必ずしも個々のテーマにお答えいただくというよりは、これまでのご経験を踏まえて、自由に話題提供いただく予定である。

1. 伝統木構造の魅力:マス・プロダクションに対して、職人による技の見える仕事の価値評価が、どの程度の一般性を有するか。伝統木構造の魅力が、建築主にとってどこにあると考えられるか。
2.安全性確認と構造計算法:許容応力度計算、壁量計算の仕様規定が構造部材の伝統工法の利点を反映したものになっていない。詳細な構造計算無しでも、棟梁技能の認定と簡単な仕様規定の組み合わせによる安全性確認や実験結果を直接生かした評価は可能か。
3. 継手・仕口の評価:特に、構造計算上の具体的な課題の1つとして、貫構造仕口、格子壁、落とし板壁の剛性・強度の評価法の確立が挙げられるが、限界変形角としてどの程度まで許容できると考えるか。
4. 自然材と集成材の使い分け:集成材は、強度・剛性についてのばらつきを抑えて工業製品としての安定品質が保証できる。自然材は逆にその強度・剛性に応じた利用をすることで趣のある表情が表現できる。
5.プレカットの将来と限界:プレカットにおける工作精度向上や効率化によりすでに90%を超えるまでになっている。集成材との相性が良いこと、大量化によるコスト減など、手刻みを残す必然性が見えにくくなっている。
6.利用者から見た林産業:林業政策のかじ取りによる面が多いので、利用者側からの問題点指摘は、希望や要求にしかならないかもしれないが、国内産材のコストが下がり供給の安定が図られれば、50%程度までの回復は可能か。

A-Forum 第6回フォーラム総括    神田 順


  我が国の木造建築の今後の展開において、伝統技術をどのようにして生かすことができるかを考えるために、「伝統木構造を生かす道」と題して、まず、コーディネータの神田から、6つのサブテーマが提示した。そもそも伝統木造とのかかわりは、2009年12月から、建築基本法制定準備会の活動に対して、伝統木構造の会としても協力して運動できるのではないかということで、何度かシンポジウムや勉強会に参加する機会をもったことである。

  「イタリア現代思想への招待」(岡田温司著)から、紀元1世紀のロンギノスの言葉を引用して、財産(富)への執着が、現代社会の混乱の元になっている視点を入り口として、建築基準法が市場原理への対抗手段でありながら、同時に効率性を追求することで、建築を最低基準に引き下げてしまう作用があること、そして法律以前から存在する伝統木構造を受け入れない状況を作ってしまっていることの問題が、伝統木構造を考えるきっかけであることを紹介した。サブテーマとしてあげたのは、1.伝統木構造の魅力、2.安全性確認と構造計算法、3.継手・仕口の評価、4.自然材と集成材、5.プレカットの将来と限界、6.利用者から見た林産業の6つである。

  問題は、職人技がどのようにして魅力(価値)を生み出し、それが一般の人から理解され支持されるものになるかを、われわれがどう語ることができるかということでもある。徳川時代に、林産管理から住宅生産までを持続可能な形で制御していた様子が、「Collapse」(ジャレッド・ダイヤモンド著)に記されていることを思い起こし、その中で語られている社会を滅ぼす要因の1つに、「意味のないルールに固執すること」があることを警鐘として指摘し、パネリストの話題提供に移った。

  北(北茂紀建築構造事務所)からは、「生かす」とはどういうことかの考察から、継承と才能の軸、技術と暮らしの軸を設定して、具体的にかかわった実例を通して、大工さんの存在意義が語られた。守山市の大森寺(だいしんじ)における大仏様の再現、2007年能登半島地震時の輪島の蔵の被害の考察から「修復の道しるべ」(長谷川順一著)の紹介、東日本大震災後、女川における避難所のパーティション、赤浜の集会所の建設、さらに2008年四川地震における自力再生の例などから、技術の意味を訴えた。構造的合理性と美の調和は、まさに伝統の魅力のひとつであろう。

  玉腰(司構造計画)からは、伝統木構造が適法建築として実現できないことに対して、伝統工法の木造建築物における位置づけや大工就業者数の減少傾向からの危機感が示したうえで、国会請願などの過去の取り組みも紹介された。昨年6月の建築基準法改正における付帯決議で、伝統的工法による木造建築物の建築が可能になるような基準の策定を検討することが示され、鈴木委員会における構造計算法の整備の実施に向けての動きが期待されている現状も示された。伝統は新たな未来を拓くという意気込みが欠かせない。

  意見交換も活発に行われた。そもそも伝統木造とは何かを論ずると、「伝統」と言う言葉自体への疑問や、こだわることの問題点なども指摘された。自然材の良さを感じるということは、感性をどのようにあぶりだすかにかかっている。現実には、①職人不足、②木材不足、③コストが高い、④工期が長い、⑤性能が証明しにくい、⑥法規に適合しにくいなどの問題(山田憲明氏のコメント)を、何らかのかたちで解決することが求められるわけである。社会は、少しずつではあるが、自然の味わいを求める方向に動きつつあることもあり、子供の教育の中にも反映させられると良い。

    懇談会の場においても、それぞれの立場から、さまざまな経験からの貴重なご意見を伺うことができた。技術が社会に貢献することは、その技術の生んだものが、人々から価値あるものとして評価されて可能となる。大量生産品と比べて職人の作ったものは、地球環境的にも、教育の視点からも、意味を持つと言えるが、それを人間の感性と結びつけて社会の一角を占めるものにするには、さまざまな工夫が必要である。今回のフォーラムもその模索の第1回であり、引き続き考察を深めていきたい。いただいたコメントについて十分に整理できていないが、課題はこれからも継続して議論する意味もあることから、本総括についても、ご意見をお寄せいただけると幸いである。

寄せられた意見


伝統木造構法について考える    太田統士(NPO法人 建築技術支援協会 PSATS)

1)伝統木造構法の基本的考え  
  一般に我が国において伝統木造構法といえば、寺社建築の堂塔伽藍、宮殿などの寝殿造り或いは書院造りなどの重要文化財建築を思い浮かべる。一方住まいに限ってみれば江戸時代からの萱葺きなどの骨太な造りの古民家や伝統的建造物保存地区などに見られる街道筋の古い商家などに思い当たる。また明治・大正・昭和時代に建てられた贅を尽くした数寄屋建築などもこれに当たるだろう。
  これに対してここ100年来、ごく一般の民家はこれらと又違った造りとなっている。つまり歴史的かつ伝統木造構法の前者の建物と違い、かすがいの他にさまざまな金物を使い始め、経済的な材料取りの軸組構法で造られてきた。主として大正・昭和に造られてきた一般的な住宅がこれにあたる。
   以上の全ての伝統木造構法群は、1960年以降、プレハブ住宅やツーバーフォー住宅などの構法建築に対して、我が国古来の在来木造構法建築群として位置づけられている。  
  この在来木造構法建築群の中に、ひとつは前述の寺社建築などの本格的な伝統的木造構法建築群があり、もうひとつは軸組の接合方法などを合理化・簡略化し発展してきた軸組木造構法を、近代化した在来木造構法又は単に在来木造構法と呼んでいることは周知のことである。

  2)伝統木造構法建築と伝統文化  
  伝統芸能とか伝統工芸や色々な祭礼にまつわる伝統行事など、まとめて伝統文化というジャンルがある。これらの伝統文化の現代における表現方法は必ずしも古法どおりではない。いやむしろ近代化・現代化された文明の利器を通して具現されている。例えば古典歌舞伎の世界でも、もはや百目ローソクのもとで手回しの回り舞台で演じるのでなく、今やコンピューター制御のLED照明のもと電動の舞台で繰り広げられている。また東京にいながら各地の陶土を取り寄せ電気釜で陶芸作品を創るなど、一部に例外がない訳ではないが、さまざまな場面で具現化の手段として、文明利器を用いることで伝統的な様式美表現が成り立っている。  
  一方、建築は美しく人に感動を与えるものであって欲しいが、それ以上に何らかの目的を達するための器としての絶対性が求められる。したがって、でき上がった姿・形は様式美としての芸術性追求は当然として、器そのものはたとえ伝統的建造物であったとしても、その生産手段は時代時代に応じて、さまざまな造られ方が講じられて来た筈であり、またそうであって当然と考えられる。したがって伝統木造構法の建築とは、でき上がった姿・形の様式美・構成美を指すのか、或いは古代からの伝統的手段での造られ方をさすのか。或いはその両方でなければならないのか。

3)伝統木造構法と住宅
  以上の三点を考えた場合、寺社建築などの伝統的建築物の保存や復元・修復に当たっては、様式・生産手段共に正真正銘の伝統構法でなければならない。しかし住まい造りの場合は、一部の好事家への対応は別として、ツーバイフォーでもプレハブでもない在来的な日本的住宅を求める一般庶民の立場にしてみれば、リーズナブルなコストで建設できれば有り難いと思っているはず。
  寺社建築のような文化財的な伝統構法を用いなくても、6寸角柱の田舎家でも数寄屋風あるいは普通の真壁軸組構造でも、合理的な接合金物を用いて生産できるはずだし、また部材は現場生産でなくても指定した木材で自由な設計のプレカット部材の製作が可能な世の中になっている。そうだとすれば金物を用いない伝統的工法にこだわって大工の不足を嘆くこともないだろうし、現在の技能の大工に少々経験を積ませるだけで十分に対処できると考える。こだわりの伝統木造構法の住宅が、大工の技能伝承の上からも木材の確保の上でも、今後50年先、100年先まで伸び続け得るとは考えにくい。
  文明や技術は絶えず進歩しつづけるはずで、我々が伝統木造構法と称しているものでも、さまざまな架構の変化を経ているし、その時代に使われた釘や鎹も、時代時代で進歩してきている。でき上がった姿・形は変らなく、現代としての手段で生産できれば「それはそれで良し」とする考えも間違ってはいない。
  歴史的文化財建築の保存や修復のため伝統木造構法技術を保存してゆくことは極めて重要と考える。しかしそれを普遍的に住宅の分野にまで広めて行こうとすることは、法的な問題を度外視しても、需要や生産性および建築技術の進歩に照らし合わせて疑問がのこる。現在造られている伝統木造構法住宅でも、貫構造を用いたりしていても、基礎はRCべた基礎や杭基礎を用いたりして、必ずしも総てを古い構法でやるのではなく、現代の技術を多く用いているのが普通である。
  したがって木の香りのする真壁造りの旧来風の住宅を望むならば、歴史的伝統木造構法をそのまま用いなくとも、さらに進歩した技術を取り入れた、いわば技術的に現代化した在来構法住宅であってよいではないか。

4)新在来構法住宅のすすめ
  伝統木造構法という言葉はきわめて曖昧だと感じている。一般に伝統木造構法という言葉を聞けば、歴史的な寺社建築などの姿が目に浮かぶ。「伝統木造構法を守る」或いは「伝統木造構法推進しよう」とするグループ活動があるが、伝統木造構法の何を?どの部分を?どのように?守ったり推進したりしようとしているのか、情緒的な思想のように見えて非常にわかりにくい。まして伝統木造構法で住宅を取り入れると云うことになると、伝統木造構法のどの部分をどのように取り入れるのかについては設計者各人各様であるように思える。
  要するに、一部の好事家が古式の構法で造る住宅はそれはそれでよいとして、前項でも述べたように、より現代化された在来木造構法をたとえば「新在来木造構法」又は「Modernized Native Housing System(MN ハウジング システム)」などと呼び代えて、一般のイメージを確かなものにした方がよいのではないかと提唱する次第である。
第六回フォーラムメモ    山田憲明(山田憲明構造設計事務所)

■なぜ伝統木構造の建築がつくられないか
①職人不足
②木材不足
③コストが高い
④工期が長い
⑤性能が証明しにくい
⑥法規に適合しにくい

■伝統木構造を生かすための課題(上記より)
①職人と木材をいかに集めるか
②コスト高と工期長をいかに発注者に理解してもらうか
③性能をどう証明するか、あるいは、性能を証明しなくても社会的な合意が得られる
ような仕組をどうつくるか
④いかに法に適合させるか

■伝統木構造の生かし方
・以上の課題を踏まえたうえで、伝統木構造をどのように生かしていくのか。
・現状では、伝統木構造の生かし方の具体的なイメージが共有できていない。
・伝統技術を使うことが前提の社寺建築や文化財建造物の修理では、上記項目が問題になることはないし、これらをつくれる仕組みはなにかしらのかたちで文化として存続していくだろう。
・社寺建築や文化財建造物のような既定のプロジェクトをやるだけでは、伝統技術は、よくて現状維持、あるいは形骸化していく。
・伝統技術を「生きた技術」にしていくには、定常的に「伝統的」な知見や技術を使っていくことを考えることが不可欠。
・意匠設計者と構造設計者は、実施プロジェクトにおいて、伝統技術を使うことの価値を見出し、それらを実現していってほしい。
・例えば、木材を切削し、それらを嵌め合せてつくる篏合接合は伝統技術の根幹をなしているだけでなく、現代の木構造の礎になっていることは間違いない(プレカット がまさにそうである)。篏合接合は、木材同士の直接的な応力伝達によって、接合部を効率的にローコストで美しくつくれる可能性が大いにある。
・学校や庁舎、幼保施設といった中大規模木造建築においても、伝統技術をそのまま、あるいは部分的、または改良して使っていくことで、木造建築の可能性が広がるだけでなく、伝統技術の伝承にもつながっていくだろう。