第3回
それぞれの、建築の安全


コーディネータ:金田勝徳(構造設計者 構造計画プラス・ワン)

パネリスト:
写真中央・三井所清典(建築家 日本建築士連合会会長、アルセッド建築研究所)
写真右・ 細澤治(構造設計者 大成建設)
写真左・ 日置雅晴(弁護士 キーストーン法律事務所)


日時:2014年8月28日  18:00 – 20:00
場所:A-Forum お茶の水レモンⅡビル 5階
参加費:2000円 (懇親会、資料代)

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第3回AF-forum報告 (金田 勝徳)

8月28日(木)午後6時より8時まで表記のテーマでフォーラムを開催しました。お忙しいところ御参会いただきました皆様に深くお礼を申し上げます。また当日パネリストとしておいで頂きました建築家三井所清典先生、構造設計者細澤治先生、弁護士日置雅晴先生には、素晴らしい資料の御用意とプレゼンテーションをして頂き、本当にありがとうございました。

趣旨説明
社会的に建築の安全に対する関心が高まる中、「安全」に対する認識が当事者間でずれていることがしばしば問題になる。こうしたことは、一般社会と専門家との「情報の非対称性」ないしは「知識の格差」などが原因して、ある種避けがたいことともいえる。しかしこれを放置するなら、あふれる情報の中に漂う現代において法規定がますます精緻にならざるを得なくなり、問題が複雑になることが危惧される。 今回のフォーラムでは当事者間で少しずつずれている「それぞれの、建築の安全」認識を修正し、社会全体が同じ安全認識を共有する手段を見出したい。

主題解説
細澤先生からは既存の新宿センタービルに制震ダンパーを付加して、超高層建築の耐震安全性を高めた事例が紹介された。ダンパー設置効果に関する技術的な解説と共に、「基準法を満足して安全なはずのビルを、どうして大金を払って耐震グレードアップする必要があるのか」と首を縦に振らないビルオーナーを説得したときの苦心談や、制震ダンパーを当面は最も効果的な場所に限って設置し、更なるグレードアップは次の時期を待つことにした経緯などのお話があった。そしてとかく社会も専門家も基準法を遵守しているから安全と考えがちであるが、それが直接実際の自然現象に対する安心には繋がらないことが強調された。
日置先生からは、行政法である建築基準法がどんどん細かくなる一方、民法はこれまでの100年以上(不法行為による損害賠償)第709条だけで済ませてきていて、損害賠償責任の有無は瑕疵の有無によって判断されているというお話があった。しかし民法には瑕疵に関する何ら具体的な規定はなく、建築紛争の多くは建築の専門家ではない裁判官に適切な判断ができないことから、最近は建築基準法に適合しているかどうかで、民事的な判断がなされる方向に収斂されてきているということが紹介された。また最近の裁判件数の急増が構造の安全に関する関心の高まりを示しているが、専門家が安全上支障なしと考える事項に対しても、一般市民から裁判を起こされることが多くなったことも紹介された。
三井所先生からは、2004年中越地震時の被災地である旧山古志村の復興住宅の建設関わる中で体験された、住民と専門家との安全意識の違いのお話があった。多雪地帯によく見られるRCで1階床をかさ上げし、その上に木造住宅を乗せることが山古志村でも多く行われていたが、そのかさ上げ高さがだんだん高くなり、物置や駐車場として利用されるほど高くなっても、その部分の強度は木造住宅の布基礎の立ち上がり部分がそのまま高くなった程度の構造であったとのことであった。そうしたことの改善と、将来の増築計画を視野に入れた未完成住宅が、復興に掛かる初期投資を少なくし、常に建設工事を絶やさないことで大工の技術が地元で継承され、住宅の安全を確保する上で大切なこととの指摘もされた。

主な質疑討論
・建築物は建てて終わりではなく継続性があるため、安全の程度をどのように設定するかは大きな問題である。
・何人も住んでいない土砂崩れや津波の危険性のある場所に、巨費を投じてそこを守り続ける意味があるのか。
・郷愁や同情も大切だけれど、反省もなく危険なところに住み続けることにたくさんの税金を使って、同じ災害を繰り返すのは止めたほうが良い。
・そこに住み続けるのを止めるという合意の形成は難しい。
・誰でも分かるような法の簡略化が良いはずであるが、簡略化された法で社会にどのように建築の安全性を説明すればよいのか。
・医療の世界では治療法に関する法規制がほとんどないのに反して、建築の世界ではこれだけ細かい基準法が必要なのは、双方の社会的信頼度の違いと考えられる。
・基準法では様々な数値で規定しているが、その数値だけで瑕疵の有無を判断するのは短絡的過ぎるのではないか。
・壊れるか壊れないか分からないことを予測して判断することは裁判に馴染まないため、民事でありながら民法ではなく、守るべき最低基準を数値で定めている行政法(建築基準法)が判断のよりどころになっている。
・構造設計者は「安全の度合い」ばかりを説明するが、それより「危険の度合い」を説明して、その上でどの程度の設計にするかを施主に判断してもらったほうが良い。
・現状では社会に説明内容を判断できる理解力がなく、その理解力が上がらないとそのようなシステムは成り立たない。
・安全グレードについて説明しても、その差と建設コストの差の違いを明確に説明できないため、説明に説得力がなくなってしまう。

 質疑討論の後はお酒を飲みながら、座った場所ごとのグループ討論が終了のお願いがあった夜10時過ぎまで熱心に続けられた。